○*◆*○


「……綺麗な人だったんだ。先生あの人は」

 回る椅子に座って戯れに左右へと揺れながら、僕は長い長い昔話をしていた。

 ここはあれから10年後の学校の保健室。僕は今27歳で、先生と同じ養護教諭になっていた。目の前には、最近不登校気味の女子生徒。ストレートロングの綺麗な髪の毛が、先生を彷彿とさせる。

「結局先生の先生は、どこで消えたの?」

「……どこだったかなぁ。家族の、妹さんが歳が近かったから先生の最期を聞いたけど、あまりよく覚えていないんだよね」

 ぺろりと嘘を吐くことも、10年あれば自然に身につく。彼女に内緒で合コンに行ったり、それがバレても自分の非は小さめにしたり、そういうことを繰り返していれば、自然と。







 先生の最期は、何にも代えられないほど綺麗だった。


 一年後の夏。18歳の僕の目の前で、先生は消えてくれたから、最期のことはいつだって鮮明に思い出せる。

 先生の香りも、白衣の感触も、やわらかい身体も、何もかも。

 最期の場所として、僕の腕の中を選んだ先生は、幸せだったんだろうか。今でも時々考える。

 彼女と同じ場所に留まり、彼女が残した仕事を続ける中で、彼女を作り上げた少しのものを僕も共有しながら。








「またね、槙田まきたくん」


 先生の声が聞こえた気がしたのは、今日があの日と同じ、夏の日だからかもしれない。


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