ラブ・オア・ライブ

宗竹

一章

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[最後の質問です。あなたはヒロインのために命をかけられますか?]

「……。死ねるわけ、ないだろう」


 成一せいいちはスマートフォンの画面に向かって呟いた。いま表示されているのはダウンロードしたばかりのゲームアプリ。

 タイトルは【ラブ・オア・ライブ】――どこかで聞いたような名前の恋愛ゲーム、ギャルゲーである。

 そのアプリを先ほど初めて起動したところ十の設問があり、十一問目がこれだった。

 だがそれまで【はい・いいえ】の二択形式だった中に、

「【わからない】が、ある?」

 三つ目の選択肢が存在した。

 成一はその設問で初めて一分ほど長考して。

「……こっちだな」

 選んでいた、【わからない】を。

 確かに誰かのために命をかけることは高潔で純粋な行為かもしれない。

 しかし誰かのために死ぬなんてことは馬鹿げている。

 その考え方を踏まえれば後者を選ぶほうが自然だが、まだ高校二年生だった成一は、そんな己の性格を酷薄で不純で汚れていると思うくらいには青かった。

 だから選んだ、【わからない】を。

 そしてその瞬間に、自室のベッドで寝転んでいたはずの成一は急に視界と意識とを暗闇に飲み込まれ――


 ――目が覚めた。

 そこは確かに六畳間の自室だったのだが、


「やあ新成一あらたせいいちくん! ラブ・オア・ライブの世界へようこそ!! ボクはこのゲームの案内役、マスコットキャラのサーペントだ。気軽に【サーたん】と呼んでくれて結構だよっ」

「……おい」

「ん? 突然の登場で驚いたかい? だけどクリスマスイブの昼間にこんなゲームを起動して一人さみしく聖夜を過ごすはずだった君にとって、これは嬉しいプレゼントになるはずさ! だからこれからする説明を、よおく聞いてくれたまえっ」


 それはサーたんではなくサンタの仕事ではないのかという冷静なツッコミを、しかし成一は口にしなかった。できなかった。


「一つ! この世界に招かれた君はプレーヤーとして特定の美少女ヒロインの攻略ができる!!

 二つ! 見事ハッピーエンドを迎えた暁にはヒロインを現実世界に連れ帰ることができる!!

 そしてみっ――」

「これはいったい、何の真似だ?」


 自室の空中に、拳銃が無数に浮いている。

 それら全てが成一の顔面に銃口を向けている。

 成一自身はというと愛用の椅子に座らせられ腕も足も動かせない。

 いつの間にか、どちらも手錠で縛られている。


「……説明は最後まで聞いてほしいんだけどなあ……」

 ため息したいのはこちらのほうだと思う。だが成一は騒がず状況の理解と把握に努めていた。

 自分が脅迫されているのは分かっている。できれば夢であってほしいとも思っている。いやむしろ、夢としか思えない状況だった。

 何せすぐ目の前でぬいぐるみが空中に浮かびながら喋っている。

 全長は50センチくらい、やや大きめ・太めのデフォルメされた白蛇だ。

 その自称サーたんというぬいぐるみは、 


「もう一度確認するよ? ボクはこのゲームアプリ、LOLラブ・オア・ライブを起動した君を、ここに導いた案内役のサーペント! こう見えて忙しい役でねー、それにあんまり横道にそれた話は君のためにもならないと思うんだ。……わかるよね?」


 半目になって睨んでくる。

 この表情豊かな白蛇を、成一は確かに見知っていた。


(……確か、このゲームアプリの起動アイコン……)


 そのぬいぐるみの容貌は、シルクハットに燕尾服というマジシャン風。

 着ているジャケットに左右の袖はなく、一対の白い翼が生えている。

 もしただのぬいぐるみだったなら抱き心地は割と良いほうだろうとも見て取れる。

 そしてそうやって冷静に観察するうち、激動していた心臓も鎮まってくるもので。


「……お前の目的は、なんだ」

「君の案内役だよ。君がこのLOL世界でヒロインを攻略し、ハッピーエンドへの道を歩むにあたって、ある程度のサポートを行うために設定されたキャラクターさ」

「拒否権は?」

「アプリのインストール前に、ちゃんと注意事項を読んだかな? 駄目だよー、同意ボタンを押す前の確認を怠ったら。きちんとそこに記載してあったんだよ、起動するとプレイの中断が出来なくなる場合もありますってね」

「ああ、よくある詐欺の手口だな」

「まあね。でも君もよく落ち着いていられるねえ、たいていはパニックになるんだけど?」

「……。夢だと分かっていても、バカバカしい話には付き合う気も失せるんだよ」

 ため息と共に吐き捨てた。

 成一は二十一世紀育ちの多分に漏れず、ネット社会にどっぷり浸かっている高校生だった。そのためアニメ、漫画、ゲーム、ライトノベルとジャンルを問わず荒唐無稽なフィクションに触れる機会が多くあり。

「転生系、VRゲーム、召喚系……もう飽きた設定だ。せめて呼ばれた原理はもっと詳細に」

「なるほどね。つまり君は、――頭でっかちなんだ」

「え?」


 どうん、と。

 銃声が一発、弾丸がこめかみを掠めてそしてもう一発。

 音と同時、右足の親指がえぐれていて。


「ち? あ? があああああああああああああああああああああッ!!」

「うるっさいなあ。これは夢なんだろう、脳味噌の見ている幻覚なんだろう? だったらさ、自分の意志でこの現状をどうにかしてみなよ。明晰夢なら自分で操作もできるって話は聞いたことあるだろう? ……ああ、痛みが酷くて聞けちゃいないか」


(――ッ、俺はっ、なんでこんな目に遭ってるんだ?! ただニュースサイトに出てきた広告を思わず押して、そのアプリをなんとなくインストールしてそれで……)


 理不尽だった。

 因果関係があまりにも飛躍している不条理だ。それでも痛みだけは物理的に容赦なく正しく突き刺さり、全身が脂汗にまみれていく。

 しかし。


「だーから言ったでしょ。パニックになるのは構わないけどさ、横道にそれるのは君のためにならないって。ほら、さっさと治る!」

「ぐが!! が! は、はあ! は……?」

 傷痕を白い光が包みこみ、成一は灼熱の激痛が急速に冷却されるのに戸惑った。

 サーペントはさらに距離を詰めてきて、


「よく理解してほしいんだよ、アラタ・セイイチ。確かに君は選ばれた存在だ、このLOLのプレーヤーとして導かれた主人公だ。だけど出来ることに限りがある一般人で勇者じゃない。だから君には真剣になってほしいんだ、この世界でハッピーエンドを迎えるためにね」


 そしてサーペントは最初に言いかけた口上を再びこちらに宣告する。

 それを聞いて成一は、改めてこういった状況でのセオリーを、今はもう消えた右足の銃創の焼け焦げる痛みの非現実さと共に思い出す。


「ではもう一度、最初から。――ごほん。

 ラブ・オア・ライブの世界へようこそ! まずは大原則の説明だ!

 一つ! この世界に招かれた君はプレーヤーとして特定の美少女ヒロインの攻略ができる!!

 二つ! 見事ハッピーエンドを迎えた暁にはヒロインを現実世界に連れ帰ることができる!!

 最後に――」


 そのお約束は、



「三つ! 三週間の期限以内にハッピーエンドを迎えられなかったら、君の生命は奪われる!! 無事に現実に帰りたいのなら、頑張ってヒロインを攻略して、ハッピーエンドを迎えよう! ただしッ、ハーレムエンドは存在しない!! 連れ出せるのは一人だけ! たったのひとり!! そのルールが分かったら、さあまだ見ぬ新しい恋を探しに、ボクと一緒にレッツ・ゴー!」



 ――デス・ゲームだ。

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