才能の全肯定・前編

 この国がまだ皇国だった時、レンは子供だった。

 レンは貧しい農村の出だ。都市部から遠く離れた場所で、貧しくとも運よく干ばつを逃れた農村だったからこそ生き延びた。生活に余裕はなかったが、飢え死にが出るほどではなかった。親の庇護のもと、都市部の混乱に巻きこまれないことだけを祈って爪に火をともす生活を送っていた。

 だからあの時代、皇国の中心でなにが起こっていたのか、レンは伝え聞いた話でしか知らない。

 ウィトン・バロウがなにを思って『勇者』をしていたのか。

 イーズ・アンがどんな過程で『聖女』と呼ばれるようになったのか。

 近衛騎士だったスノウ・アルトがなにを理由に離反し『聖騎士』として祭り上げられたのか。

 裏社会の住人である『盗賊』ボルケーノが、どうして教会側である革命に協力したのか。

 彼らの表舞台の活躍は聞きかじっていても、彼らがなにを考えていたのかは知らない。さらにいえば、あの革命で最も重要ながら伝聞ですら聞いていないことがある。

 皇帝のことだ。

 よくよく考えてみれば、レンはハーバリア皇国最後の皇帝がどうなったのか、具体的にはなにも知らない。

 フーユラシアート・ハーバリア四世。

 皇国最後の皇帝が、罪人として幽閉されたという風聞はない。公開処刑をされたという話も聞かない。外国に亡命したというわけでもなさそうだ。

 ただ、皇帝は打倒されたとしか聞いたことがない。

 皇帝を打倒したというのは、どういうことだったのだろうか。よくよく考えてみれば不明瞭なことだ。

 レンは、それを知りたいと思ってしまった。


 『皇国よ、永遠なれ』


 その標語は、皇国がまだ安寧を保っていた時代に、皇帝をたたえるために標榜されていた一文だ。いまなお現存する皇国主義者たちは口をそろえて主張する。

 例え現世の国土がなくなろうとも、玉音を持つ皇帝の証は世界に残り、皇国は永遠不滅に栄え続けるのだ、と。

 皇国主義者が唱える妄言なのか、あるいはなにか深い意味があるのか、レンにはわからない。


「はァ」


 体に残った疲れが少しでも呼吸ともに外に吐き出されないだろうか。

 吐いた息の大きさに、そんなバカな考えが生まれる。どうしようもなく考えが行き詰まっていることを自覚して苦笑する。

 昨日、スノウとイーズ・アン、そして記者さんと話した時によぎった、奴隷少女ちゃんの正体についての仮定。


「……ま、いくら考えでも仕方ないよな」


 考えるだけではなにも解決しない。

 大きく伸びをして、外に出る。今日はダンジョン探索の日だ。

 動くためには、糧がいる。日々の糧を得るために、レンはダンジョンに向かった。







 その日のダンジョン探索は順調だった。

 リーダーのレンが方針を立てて前を歩き、狐憑依で狐耳と尻尾を生やしたリンリーが鋭敏になった感覚で探索をこなし、一番経験の長いミュリナが助言を入れる。

 いざ戦闘になれば『信仰の壁』が使えるレンが魔術を併用して小器用な盾になって好きに動きたがるリンリーが気持ちよく戦えるようにし、遠近のバランスのいいミュリナがパーティーの隙を埋める。


「ミュリナ、援護がおそーい! もっとあたしに合わせてよ」

「あんたが好き勝手に動き過ぎるから、後ろから制御してやってんでしょ。感謝しなさいよね」

「はぁー!? ミュリナごときが何様!?」

「あー……リンリーはすごかったぞ。さっきの魔術とか、かっこよかったし!」

「でしょ! えっへへー」

「……」

「で、ミュリナの援護のタイミングもバッチリだったよ。ありがとう」


 時々、リンリーがミュリナを煽ってケンカをはじめそうになる。そういう時はレンがリンリーを持ち上げて落ち着かせ、小声でミュリナにフォローを入れる。

 レンがいないとなりたたないパーティーである。

 そんな調子で探索を切り上げて戻る途中だった。

 レンたちの歩く先に、女性の姿が見えた。見覚えのある相手にレンは声を上げる。


「教官?」

「おお、隊員じゃないか」


 ダンジョンにいながらも一人、軽装のまま散歩と変わらぬ歩調で歩いていたのはスノウだった。

 立っているだけで存在感のある身長と、すらりと伸びた手足。持っている長剣がアクセサリーに相変わらないように見えるほどの自然体といい、普段着ですらはっきりとわかるグラマラスな体つきといい、内面さえ知らなければ見惚れそうなほど麗しい美人である。


「教官は、また部門の人に頼まれてダンジョンにいるんですか?」

「ああ、そうだ」


 スノウは少し前にコネで神殿の治療部門長に就任したのだが、婉曲的な「いないほうが仕事がはかどります」という現場の熱い要望によって部門長なのにダンジョン内で要救護者の救出作業に当たっていることが多い。

 今回も体のいいやっかい払いとしてダンジョンをうろついているのだろうというレンの予想に、スノウはあっさり頷いた。


「よくわからん机仕事よりはよっぽどいい。適当にぶらぶらしていれば遭難者やら壊滅しかけのパーティーやらによく遭遇するしな」

「そ、そうなんですね……」


 この広いダンジョンで、適当に歩いているだけでどうして必要な場所にたどり着けるのか。悪運が強すぎて怖いくらいだ。

 そうやって何人か危険な状態に陥った冒険者を救出しているものだから、スノウの対外的な評判はうなぎ登りだった。


「スノウ・アルト……」


 友好的に会話をはじめたレンとは違い、スノウを見てはっきりと顔をしかめたのはミュリナだ。ミュリナだけではなく、リンリーも嫌そうな顔をしている。


「久しぶりね、『聖騎士』さん。あたしのことは覚えているかしら」


 ミュリナが前に出て挑発的に挨拶をした。リンリーはここが自分の安全地帯と、レンの後ろに隠れる。


「ん? ああ、お前はあの時のめんどくさい女か」

「……覚えてはいるようね。あんたのことは聞いてたけど、犯罪者がのうのうと神殿にいるなんて教会も腐ってるわよね」

「終わった話をぐちぐちと引きずるなぁ。そもそも、教会は私が生まれる前から腐っているぞ。定期的にイーズ・アンみたいなのが生まれるから中枢部が腐りきってはいないのが救いだがな」

「ご自分を棚に上げるのが得意なのね。時効にはまだ早すぎると思うわ」


 レン自身はスノウのことを『教官』などと呼んでいることからもわかるように、誘拐されたことをこれっぽっちも気にしていない。

 レンを誘拐した件だと、むしろ一番肩身が狭いのはリンリーである。もちろんミュリナやレンへの罪悪感ではない。イチキへ逆らってしまった事件という汚点だからだ。


「そういえば、お前。ウィトン・バロウの妹らしいな」

「……だったら?」

「別に?」


 不意に話題を変えたスノウが突っかかるミュリナをせせら笑う。


「らしいな、と思っただけだ」


 ミュリナの怒りが危険水域に突入した。

 和解した兄を嘲弄され、青い瞳に激怒が宿る。腰もとの短剣に手が伸びた。


「それは、まずいって」


 ミュリナの感情が激発する寸前、レンが間に割りこんだ。とっさにミュリナの手を握って前に出る。

 この二人は、というよりも、スノウの態度がミュリナと相性が悪すぎる。ここは引くべきだと、手を握られて顔を赤くしたミュリナに気がつく余裕もなく、レンは頭を下げる。


「そ、それじゃあ教官。忙しいところにお邪魔しました」

「ああ、隊員も頑張れ。よかったら、またマンツーマンで教えてやるぞ。君が満足するまで、たっぷりな」

「とっとと消えなさいこのクサレ聖騎士!!」


 スノウはミュリナの怒声に気をとめた様子もなく、レンに手を振る。

 その姿が見えなくなってから、レンの後ろに隠れていたリンリーが、ひょいと顔を出した。


「……スノウ、行った?」

「消えたわよ。ていうか、リンリー。あんたってスノウ・アルトと知り合いじゃなかったの? なんで隠れてるのよ。」

「知り合いだけど、スノウはきらーい。話が通じないから会話したくないもん。あたしがどうこう以前に、スノウの性質が根本的に合わないんだよね」

「性質? 性格じゃないのか?」

「そりゃ、スノウのてきとーな性格もヤだけどさ」


 性格ではなく、性質。その表現に引っ掛かりを覚えたレンの問いに、リンリーは眉根を寄せる。

 スノウの状態は、魔術的に少し専門的な話になる。自分が理解していることをどうかみ砕いて説明したものか。

 リンリーはレンをしげしげと眺めて彼の理解水準を見定め、人さし指を唇に当てて考えこむ。


「レンおにーちゃん、第六感っていってわかる? あたしとか、イチキ尊師がそうなんだけど……」

「この国でいうと、ギフトね。学術名は『先天性血継思想概念定着現象』になってるわよ」

「ご、ごめん。どっちも聞いたこともないな……」


 第六感にギフト。どちらもレンの生活に関わりはないと、申しなさげに首を振る。


「ええっと、じゃあ……わかりやすいのはあれかも。先天の秘蹟!」

「先天の秘蹟って……皇帝の『玉音』!?」

「それと比べるのは酷よ」


 それはさすがに知っている。驚きに声を上げたレンを、ミュリナがたしなめる。


「いまリンリーが説明しようとしてるのは、能力じゃなくて感覚の問題だから、もっと小規模なもの。国じゃなくて、一族に授与される功績が感覚として一人の人間に付与されることがあるのよ」

「まー、ミュリナの言う通りかな。先祖代々の思想を継続して血脈で受け継ぐと、たまーに血族の中で積み上げた概念と生まれながらにつながる人が生まれるの。それが第六感」


 リンリーは自分の能力を矮小に見られたことを不満そうにしつつも、紫のお方と比べられてはたまらないと賛同する。


「へー、なるほど」


 それでも、ぴんとはこないがレンでもわかることがある。


「リンリーやイチキちゃんがってことは、すごい才能だろうってことはわかる」

「えっへへー! でしょー」


 褒められることはプライドの補充に等しい。ふんにゃりと笑ったリンリーが、ぐりぐりと頭を寄せてもっと褒めろと催促する。


「あたしはねー、すごいんだから! レンおにーちゃんなんかじゃ一生リンリーには勝てないだからね? そんなあたしが一緒のパーティーにいることに、レンおにーちゃんはもっと、か・ん・しゃ、してよね!」

「ありがとうだなっ、リンリー!」

「えっへへ!」


 リンリーの持つ第六感は、霊感。人や動物の死後の世界の観念だ。一族が奉じていた祖霊信仰につながるため、その感覚をもっていたリンリーは天才児としての名をほしいままにしていた。イチキによってさらに六感を広げられて精確に処理できるようになったが、それ以前でさえ才能ありと太鼓判を押されるギフトだ。

 無邪気にレンへとじゃれついているリンリーの首根っこを、ミュリナがむんずとつかんでひっぺ剥がす。


「六感は先天性のものだけど、必ずしも絶対の才能じゃないわよ。あたしだって感じることはできなくても、観測はできるもの」

「……んん? 違いがわかんないだけど?」

「人体の五感じゃ感じ取れなくても魔力観測のデータとしては収集できるし、それをもとにして対応するための魔術も組めるってこと。イチキがすごいのは、先天性の感覚に振り回されることなく理性で御してる知性だもの。あの子の魔術には『なんとなく』が存在しないの」


 このガキと違ってね、と指さす。

 比較にされたリンリーは、狐憑依で鋭くなっている犬歯をむいて威嚇しつつも反論しない。

 第六感は処理をすることこそが難しい。通常の五感以外から入力される道の感覚を脳が処理しきれず、魔術として手綱を握ろうとも意識がうまく付いていかないのだ。事実としてリンリーはイチキに出会う前まで、第六感に振り回されていた。

 対して、イチキはその点が完璧だといっていい。現世からの概念領域への観測とすり合わせがずば抜けている。魔術師として非常にバランスがよく、高度に完成されているのだ。


「イチキ尊師は特別の特別の大天才だけど……スノウは逆に、バランスがしっちゃかめっちゃかなんだよねー」

「教官も第六感持ちってことか?」

「そ。スノウって、皇国の由緒正しい武家の出なんでしょ? 皇国主義の概念領域につながっているんだろうけど、かなり感覚に影響でてるよ、あれ」

「は?」


 皇国主義と聞いてミュリナが露骨に眉をしかめる。

 ミュリナは皇国主義者に対して、いい感情がない。なにせ過去に屋敷に押し入って母親を殺したのは皇国主義者の凶行だった。


「ふうん? いいこと聞いたわ。皇国主義なんて、テロリスト予備軍の別称みたいなものよ。いつか合法的に殴れるいい口実になりそうだわ」

「で、でも教官って、皇国打倒の勇者パーティーだぞ? 本人が皇国主義ってことはないと思うけど……」

「そこら辺のことは、しーらない」


 ミュリナの暗い笑みにおののきつつも、弁護をする。そこの事情に興味のないリンリーは説明に戻る。


「そもそも概念領域につながっててもあくまで感覚的なもので、思想が流しこまれるわけじゃないもん。あたしだって祖霊信仰じゃないでしょー?」


 言われてみればそうだ。身体能力の強化で狐憑依で狐耳と狐尻尾を生やしていることからもわかるように、リンリーが使うのは主に稲荷の呪いである。


「たださぁ、神秘領域に意識が寄ると、肉体の五感がズレてくるんだよね。皇国主義って国粋主義らしいから、スノウの視点だと外国人ってほんとーに見分けの区別つかないんだと思う」


 この現象が特に極端なのが、聖人や仙人だ。

 彼らの場合は概念領域にこそ意識の本体があるため、現世を観測する五感や肉体そのものに変異が生じる。イーズ・アンが限られた聖職者以外の顔を把握せず、洗礼名以外の人の名前を憶えないのはこれが原因だ。

 彼女は聖職者とそれ以外の人間を区別しているわけでも、ましてや差別しているわけでもない。

 彼女の視点では、西方教会の教えを知らぬ者は、本当の意味で人間に視えていないのだ。


「つまりスノウって、あたしの顔がわかんないの。だからヤダ」


 美少女であることを自認するリンリーにとって、自分がそこらの並な容貌と十把一絡げにされるのは耐えられないとぷんすかしている。

 なるほど、イチキに対して以外は自尊心の高いリンリーらしい納得の理由だ。

 苦笑しながらレンたちは、ダンジョンから教会につながる出口に向かった。









 一方、レンたちと別れてダンジョンをぶらぶらしていたスノウは、ぽつりとつぶやく。


「昨日、隊員が陛下のことを探ってきたのはともかく……勇者の妹と、一緒のパーティーか」


 少し、気がかりだ。

 足を止めたスノウ・アルトは、過去に思いを馳せる。

 レンに問われた革命の終わり方。皇国最後の一日は唐突だった。

 とある日に、突然、イーズ・アンが告げた。


 ――皇帝が、失せた。


 その一言で、革命が終わった。

 スノウたちが決着をつけるまでもなく、本当にある日突然、イーズ・アンが皇国の終わりを告げた。

 半信半疑のまま王宮に入り、そこで皇帝との面会を求めた。出てきたのは伝令官だけだ。勇者を先頭にして入って来たスノウたちに、彼は縋り付くように感謝を述べた。


 ――暴虐な皇帝が、いなくなりました。


 涙を流して感謝を告げたあの男は、ボルケーノと一緒にどこかへ消えた。

 皇帝が消えたと聞いたスノウと勇者は、彼女が逃げたのだろうと最初は考えた。

 教会の後押しを受けた勇者の活動は、それだけ大きいものになっていた。情勢を察した皇帝が国外に逃げた場合、玉音の力の失われるが、その力をもとにした探知が不可能になる。

 行方もつかめなくなると同時に、少なくともイーズ・アンにとっては『皇帝が失せた』状態になる。

 イーズ・アンにとって、皇帝が許せぬ存在なのは、皇帝を現人神にまで祭り上げた『玉音』の力なのだ。

 だから皇帝の国外逃亡は、ある意味で勇者たちが最も恐れていた終わり方だ。皇国主義の勢力は根が深い。皇帝が国外にかくまわれてしまえば手を出せない。そして玉音を欲しがる勢力は、いくらだろうと存在した。

 その時に、すべてを知っていたのは何食わない顔をして伝令官を連れ去り、その後、勇者たちに顔を見せることをしなかったボルケーノだけだ。

 最善はなせなかったが、次善の策で皇帝の権威を失墜させるために皇族の逃亡を喧伝しようとした寸前で気がついたのは、勇者だった。


 ――子供、部屋……?


 幼い妹がいた勇者だからこそ、皇帝の居室が子供部屋だったことに気がついた。

 スノウが知っている限り、フーユラシアート・ハーバリア四世の御代は二十年以上続いている。即位した時に、二十代半ば。確かに若い皇帝ではあったが、子供というわけでもない。

 だから、深く考えないまま答えた。


 ――確かフーユラシアート四世には、一人、娘がいたはずだ。その部屋だろう。

 ――そうだとしたら、もしかして……いや……そんな、バカな。


 勇者が顔色をなくした。その時のスノウは、勇者がなにを考えているかわからなかった。

 『皇国最悪の十年』を治世の末期とした皇帝が、どこにいったのか。

 そして、彼女の一人娘だった幼い皇女殿下が、どこに消えたのか。皇居をどれだけ探しても皇家の痕跡が見つからなかった時に、スノウは勇者の仮定を聞いた。


 ――馬鹿な。


 最初は一笑に付した。あり得ない仮定だと思った。

 だが、調べれば調べるほどに、そうだとしか思えない証拠ばかりが重なっていく。

 普通ならばできないことも、玉音を使えば不可能ではない。ウィトンが聖剣を使い皇帝臣下だった重鎮たちの記憶や思考を正常に戻していくにつれて確信は深まっていった。

 真相を知ったスノウは憔悴していった。数度、自死を選ぼうとすらして、そのたびに死に損なった。

 彼女が近衛から離反して皇国の革命者になったのは、正義を選ぼうとしたからだ。

 だが、反逆を選んだ主こそが、最大の被害者だったとしたら。

 本来ならば、近衛であった彼女が守らなければいけなかった。守り通せれば、少なくともここまで大きな被害はでなかった。

 全力で、紫色の髪をした子供を捜した。そのような髪の色をした人間がいれば、見つからないはずがなかった。

 だが、目撃情報が集まることはなかった。

 スノウはすべてを捨てて国を出た。とても、皇国だった場所にいられなかった。もしかしたら国外のどこかにいるのかもしれない。かすかな希望にすがるように放浪しても、足跡すら見つからなかった。

 自分は、間違えた。

 間違えた自分を責める人間すらいない場所に、残れるはずがなかった。

 流れるまま戻ってきたこの都市で、身命をとして仕えるべき主に出会えたことは僥倖だった。

 いまもなお、ボルケーノが我が物顔で主の傍にいるのは気に食わないが、それが些細に思えるほどだ。


「私は、あのお方を守らなければいけない。だから、なあ、隊員」


 自分が裏切ることは二度とない。だから自分の失敗だらけの過去を、あの少年に話すつもりは、スノウにはなかった。

 勇者の妹を連れた少年の姿を思い出し、スノウは目を針のように鋭くした。


「君は、どっちだ」


 誰が敵になろうと、スノウは刃を鈍らせるつもりは、微塵もなかった。

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