ヒモ野郎は全否定・後編
休憩室には微妙な雰囲気が漂っていた。
対面にレンを座らせた常連のシスターさんは、さて、どうしようかと悩んでいた。
知り合いの顔色と言動があまりにもヤバそうだったので、ついつい休憩室に引っ張り込んでしまった。とりあえず話を聞かないと始まらないのだが。
「いいんです、俺みたいなヤドカリにも劣るクソ野郎は放っておいてください……」
「ヤドカリねぇ」
いまのレンは見るからにめんどくさい上に鬱陶しい状態になっていた。
とりあえず、会話の糸口にしようとヤドカリトークを振ってみる。
「そういえば知ってる? ヤドカリって、貝に寄生するみたいに言われてるけどさ、実際は空っぽの貝殻しかおうちにしないんだって。しかも貝殻に入る時きっちり掃除するんだってさ。偉いよねー」
「ヤドカリさんごめんなさい……俺はろくに家の掃除もしないクソ野郎です……!」
なぜかネガティブモードが加速した。
座った姿勢でずーんと落ち込み世界のヤドカリに謝るその姿。見捨てるかギリギリのラインだなと内心で苦笑いする。
何か事情があるようだが、どうやって聞き出そうか。ネガティブモードに入っているレンを前に常連のシスターさんが勘案していた時、ばきん、と何かが砕ける音がした。
「ファーン」
「先輩?」
異音に入り口を見やると、なぜか真鍮製のドアノブを握りつぶしながら入室した無表情の先輩シスターがいた。
「なんでドアを壊してるんですか?」
「自然と破損した。万物に置いて精神なき破壊は些事である。気に止めるな」
「はあ、そうですか」
微妙に会話が通じていないあたり、通常運転である。鉄面皮に抑揚のない声。いつも背中に神典を詰め込んだ大荷物を抱えた、ちょっと変な人の登場だ。
圧縮して小さな塊と化したドアノブだったものを、ぽいっと捨てた。常に加護を身に浴びているこの人の身体能力は、普通の基準が当てはまらない。レンはあからさまに尋常ではない彼女の登場に怯んでいた。
無表情の先輩シスターが、じぃっと透徹した目でレンを見ている。
「ここは内陣の懐。神職の領域。なぜ埒外がいる」
「ああ、この子ですか」
どうやら部外者が立ち入っているのがお気に召さないらしい。
自分が連れ込んだ手前、常連のシスターさんは即座にこの先輩が気に入りそうな紹介をはじき出す。
「少し前に、断食のやりすぎで倒れちゃった子なんです。それでまた同じようなことをしてるんじゃないかって思って」
「ほう」
無表情で声に抑揚がほとんどないのでわかりづらいが、ほんの少しだけ張り詰めていた声が緩んだのを感じた。
「それは感心である。断食は身の清め。空腹は神より持たされた
「そうですねー」
訥々と断食の素晴らしさを語る無表情の先輩に、常連のシスターさんはにこやかに頷いた。もちろん常連のシスターさんは美容と健康に悪い断食などする気はこれっぽっちもない。だが断食が好きな人を否定することもない。
「あの、この人は……?」
「ああ、うん。すごい人なんだよ」
おそるおそる尋ねてきたレンに、常連シスターさんは笑顔で紹介する。
「有名だと思うんだけど、知ってるかな。イーズ・アンって名前なんだけど」
「イーズ・アンって……『聖女』!?」
「そうそう」
ついこの間に勇者に出会ったこともあって、レンの驚きは大きい。常連のシスターさんはレンの事情を知らないので『聖女』が目の前にいることにびっくりしたのだろうと解釈する。勇者一行のその後は、あまり知られていないのだ。
そして常連のシスターさんは、笑顔のままとりあえずこの無表情の先輩にはお引き取り願う方法を考える。
この先輩は、なんという人の心がわからないというか、人の心を認めていない節がある。別に悪い人ではないが、良くも悪くも平等思想なのだ。少なくとも、何か相談して何かを解決してくれる人ではない。
「しかして、少年」
まあそもそもレンに興味を示さない可能性のほうが高かろうと思っていたのだが、そんな常連シスターさんの予想に反して、無表情の先輩はすたすたと入室。ずいっとレンに顔を近づけた。
「いまは断食の行の最中とは違うと見える。ならば如何なるか」
「先輩、そういうのもわかるんですか?」
「無論。断食とは面相が異なる。この状態は肉体の由来ではない」
「となると、精神的なショックとかですかね。どうなの、レン君」
「あ、その……」
「ふむ」
水を向けるも、言いにくいことなのか口ごもっている。
お年頃だしいろいろあるようなと思う常連のシスターさんに対し、無表情の先輩はむしろぐいぐい押していく。
「この身は修道女ながら聖位を得ている。ゆるしの秘蹟を持ち合わせている故、告解せよ」
止めるべきか、ちょっと迷ったが事情を聴きたいのも事実だ。話せば心が楽になるのも事実。ここは無表情の先輩の強引さに任せようと推移を見守る。
「実は――」
無表情の先輩の迫力に負けてか、それとも誰かに吐き出したい気持ちがあったのか。ぽつりぽつりと話始める。
「――ということなんです。俺、奴隷少女ちゃんになら何でも話せるって思って、と、とりかえしのつかないことを……!」
「えぇー」
事情を聴いた常連のシスターさんはちょっとレンの評価を下げた。特に同居し始めた女の子から受け取ったお金で奴隷少女ちゃんに会いに行った辺りはフォローのしようがなかった。
「なんたる些事。くだらぬ世俗の在り方、嘆かわしい」
「まあまあ、先輩。そう言わずに、長い目で見てあげましょう。まだ若い子なんですから、失敗談のひとつやふたつ、成長の糧ですって」
「一理ある」
常連シスターさんのなだめに、無表情の先輩はレンを見やる。
「現世の業は重しであるが、ゆえに許しの国への導きでもある。汝は告解を成した。次なるは許しがいる」
「ゆるし――どうすればいいんですか!」
まずい、止めないと。
常連のシスターさんは焦りに襲われた。
よりにもよって一番救いを求めてはいけない相手に忠言を求めた哀れな少年を救うべく、思考を巡らせるも間に合わない。
「喜捨せよ」
「喜捨……って寄付ですよね。とりあえずこれで!」
レンが手慣れた動作で千リンを取り出した。
早すぎる。しかも動きに迷いがない。取り出す金額と動きが体に染みついているのだ。
止める間もなかったレンの思いきりのよさに、常連シスターさんは困った顔になる。レンの動きのみならず、この先輩が真っ先に寄付を勧めるのが意外だったこともあり制止をし損ねてしまったのだ。
しかし差し出されたからには寄進を突っ返すわけにもいかない。
「ええっと、寄進所に持っていきましょうか?」
「否」
少額だろうと聖職者への寄付を個人で受け取るがまずかろうと思ったのだが、無表情の先輩は首を振る。
「浄財は本人の面前で行う」
言うと同時に、掌に光が灯る。魔を滅する浄化の光だ。
なぜこの場でそんなものを、という常連シスターさんの疑念はすぐに晴れた。
無表情の先輩の浄化の光でお金が消えたのだ。
「へ?」
魔を滅する浄化の光でお金が消える。常連シスターさんの知らない現象だったので、唖然とする。
浄化の光が効果を及ぼす範囲は『神の教えに反し、地にあることを許されないもの』とされている。具体的な対象は教義の解釈によるが、おおむねの神職は魔物を対象とし、過激派でも異教徒が含まれるぐらいである。
だがこの無表情の先輩は金銭をも地上にあることを許されないものであるとしているらしい。
「あの、先輩。この子の喜捨もしましたし、そろそろいいかなーって」
「ファーン」
お金を消し去るという、正直なところ法律に触れている行為に冷や汗を流しつつも、作り笑顔でご退出願おうと頑張る。
だが、ぴしゃりと遮られた。
「喜捨の曲解は感心しない」
「曲解、ですか?」
「しかり。昨今の現世には金を免罪符のごとく振りかざす悪しき輩が多い。金銭とは糧であり、労働の対価である以上の意味などない。余剰を得ることも、余剰に費やすことも等しく愚行である。金銭に精神は宿らない。はき違えることなかれ」
「それは、確かに」
簡単に言うと、お金払ってんだからいいだろうという輩は鬱陶しいということだ。それには同意できるので、常連のシスターさんも思わず頷いた。
「金銭が労苦の対価、生活の礎である限り免償符足りえるのは認めるに吝かではない。しかし金銭の余剰放出は許しの是非にはなりえない。ましてや免罪など言語道断。求めるのは身を削る懺悔の精神。生たる糧を裂かれる苦しみこそが悔いとなる」
「んんっと……」
ちょっと何を言っているかはわからないが、とりあえず全財産を差し出せと言っていることはわかった。しかも浄化の光でお金を消せる辺り、寄付されたものを有用に使う気はない。この先輩は、浄財の名のもとに受け取ったお金をレンの目の前で全部消す気だ。
私心がないと言えば聞こえはいいが、心がないといったほうがしっくりくる。困った先輩だなぁと対処法を考える。
「少年。続けて浄財をなせ。身を引き裂き、清貧に精神を沈めよ。汝を襲う苦悩の過程こそ、罪を雪ぐゆるしとなる」
「た、確かに……こんなお金さえなければ……!」
どうやら直感的にイーズ・アンの言わんとすることを理解したレンは、震える手で財布を取りだした。
他人に影響されやすいなこの子はと思いつつも、さすがに間に入って止める。
「そういう問題じゃないからね! 先輩もちょっと待ってくださいっ」
レンの場合は、お金があるから起こった問題ではない。お金がないから起こった問題だ。仮にここで手持ちを全部、浄財したところでなんの進展も得られない。
「ファーン。なぜ止める」
「そ、そもそも紙幣が悪いって、原典にありましたっけ!?」
自分の目の前で知り合いを無一文に落とすのは忍びない。
まず神典の原著を思い返すのだ。この無表情の先輩は原典主義者。原典にないものに善悪をつけることはない。そして原典の記されたのは物々交換の時代だ。紙幣の概念はまだ存在していない。存在しないものを浄化するのはおかしいはずだ。
「無論」
即答だった。
「神典の三巻十二章一節にこうある。『布を持って許しを請うも届かず。余剰にて許しを得ようという傲慢。浄罪の炎に包まれる』。この時代の布は富の象徴、現代の金銭足りえた。それを差し出し罪を逃れんとした行いは傲慢であり、神の怒りに触れた。ゆえに、金銭でもって罪が濯がれることはなく、浄罪の炎によって消失した。つまり金銭は魔である」
拡大解釈って怖い。
金満傲然の懲罰教義が金銭の否定になっている解釈に、常連シスターさんは頬をひきつらせた。
「そもそも、その、あれだっ。じゅ、順序が違いますっ。免償で神の許しを得る前に、まずは罪の禊をしなきゃですよ!」
「ふむ。一理ある」
教会にて懺悔の告白をし、神職の助けを得て被害者に許しを請い、祈りと戒律にて神への免償を願う。それが罪を濯ぐ唯一の方法だ。
懺悔は済ませた。ならば次は本人の、この場合は奴隷少女ちゃんの許しを得るのが先だ。
「少年よ。汝が成した罪、被害者の許しを得ろ。神の禊を得て現世の罪を免償するのはそれからでも遅くない。現世で鍵を得ず、天上に祈りを捧げるのは早計であった」
「うんうん。あ、私が一緒に行くよ! 先輩は、はい。その後でいいと思います!」
「なるほど。ファーンなら適任である」
「ですよね!」
「しかり。しかし断食を成す精神。ためらわず浄財を願うありよう。見込みがある」
どうにか納得してくれたと安堵。そんな常連のシスターさんを横目に、無表情の先輩は背中の荷物を降ろす。
「神典を与える。読み込め。神の威を知れ。今よりも深く、近くあれ」
「……へ? それ、いいんですか、先輩」
「与えたものはまた記す。写本は修験の一つである。労苦を厭うことはない」
この無表情の先輩が抱えているのは活版の印刷物ではなく、原著の再現である写本だ。
十頭余りの羊を潰した皮を削りだして深紅に染め上げた羊皮紙に、金箔張りの装飾入りのページ、さらには表紙は革張りの装丁。原著を完全再現した写本となると都市規模でも中央の図書館に行かなければ手にできない程度には貴重である。
さらに言えば戒律を遵守し、聖位にあるイーズ・アンの手ずから造られた写本には神学的な意味を持つ。神学にほとんど興味のない常連シスターさんが読み込んだだけで、いくつかの秘蹟が使えるようになったほどである。
「そも、いくら分け与えようとも教えは尽きることはない。布教を惜しむことはありえない。与え、分かれれば信徒は増える。この身はこの地に任じられた。ゆえに、この地に教えが根づく礎足らんとする」
手間暇かかるものに一切の未練を見せず、手放し与える。そういう姿勢は尊敬できると素直に感じる。
「励め、少年。汝が信徒足らんことを願う」
大量の神典を置いて、ふらりと立ち去って行った。
「えっと……」
残されたレンは、こわごわ本を一冊手に取る。一冊だけでもずっしりとした重さがある分厚い写本だ。
「もらっていいんですか、これ?」
「そうね。受け取らないと、たぶん怒るからもらってあげて」
秘蹟が使えるようになるのは冒険者としても悪いことではないはずだ。
レンはぱらぱらとページをめくり、ぎょっとする。ページ事に恐ろしく手間がかかった装飾入りだったのだ。そろりとした手つきで元の場所に戻す。
「なんか、すごい人ですね」
「う、うん。すごい人ではあるんだよ、いろいろと」
どうも短い問答のやりとり、そして神典を惜しみなく与えられたことで感銘を受けたらしく、レンは目をキラキラさせている。実際、凄味という意味では圧倒的なものがあるのだ、あの人は。
この子、権威とかに弱そうだなぁと少し心配になりつつも、常連のシスターさんはレンに向き直る。
「改めて、レン君。私からレン君へ、彼女さんと一緒に暮らす際の忠告です」
「彼女じゃないんですが……」
「……彼女さんじゃないの?」
「はい」
付き合ってもいない男女が一緒に暮らすとか最近の若い子がちょっとよくわからないと嘆くシスターさんだったが、彼女はこの世が広いことは知っていた。
そういうことあるだろうと自分の常識以外の例外も寛容に受け入れる。
「まあ、それはレン君のプライベートだからなにも言いません。ただ、あんまりにも他人と暮らすっていうことへの意識がなってないから、黙って聞いて?」
「はい」
少し強めに言うと、しゅんとする。
素直なところはレンのいいところだ。ただ素直すぎて変な人の悪いところの影響も受けてしまうところは欠点でもある。
「よろしい。まずはお金についてです」
そもそも三時間以上は煮込まないと完成しそうにないそうなお肉の柔らかい手作りビーフシチューを朝から振る舞ってくれる女の子の何が不満なんだ、責任とって彼女にしろよ、むしろそんな子ならお金を払うからうちに来てほしいとシスターさんは思うが、部外者なのは承知しているのであくまで生活の助言にとどめる。
「確かにレン君は、その子から家賃を受け取る権利があると思う。そのお金はレンの自由に使っていいと思うし、誰に文句を言われるようなことじゃないのは事実だよ」
「はい」
「でも、家賃を全額を負担してもらうのはありえない。もらった分はすぐに半分返して、お金がないうちは残った半分で生活しなさい。共同生活をするなら、折半が基本。互いの収入に関わらず支出は五分五分が絶対」
「そう、なんですか?」
「そうなんです。お互いの人生に責任を持たない間柄なら、なおさら。ううん、違うかな」
自分の言葉に首を振って、言いなおす。
「その人と対等にありたいなら、そうしなさい」
「絶対そうします」
伝えればきちんとわかってくれるようで、レンは真剣な男の子の顔で頷いた。
その返答に、やっぱり関係を大切にしたい相手なんだと察する。
「で、自分のお金が入ってくるまで奴隷少女ちゃんのところに行くのは絶対禁止。わかった?」
「それは、はい」
「よろしい。で、お金が入るのはいつ?」
「五日後です」
「そう。じゃ、そのタイミングで奴隷少女ちゃんのところ行こうか。私も一緒に行ってあげるから。大丈夫よ。あの子、とってもいい子だから、真心を持って話せばわかってくれるわ」
「ありがとうございます……!」
テキパキとした問題解決の提示と補助。それにレンは感謝の瞳で見上げる。
見上げられたシスターさんは、手のかかる子だなぁと頬をかく。
レンは単純に、人生経験が少ないのだ。
若いからいいことと悪いことの区分がいまいちはっきりしていない。根はいい子だが、時としてとんでもない失敗をあっさりとやらかしてしまう。田舎から出てきたということもあって、流動的な交流の機微がいまいちわかっていないのだろう。
そして、自分の感情の在り方もよくわかってない。しかも、同居しているという相手の女の子も同じような感じだと推測できる。
なんというか、かわいらしい関係である。
レンと、同居しているという女の子。お互いのためにも線引きは必要だろうと、我ながらおせっかいだとは思いつつもさらに忠言を。
「それと一緒の共同生活をするうえで重要なことだけどね。我慢していることは、絶対に相手に伝えなさい」
「我慢してること、ですか」
「うん、そうよ。あるでしょ、レン君にも」
心当たりがあるのか、頷く。
当然だ。他人と暮らして万事快適などありえない。
「自覚がない人が多いけどね、我慢っていうのは無償で他人に与えていることと一緒なの」
「はあ」
「耐えるっていうのは行為であって、自分が他人のためにすることなの。だから報いがないとストレスがたまるのよ。しかも我慢っていうのは相手に伝わらないことが多いから、黙って耐えるっていうのはとっても不健全なの。お金と違って、数字で測れないしね」
「そう、なんですか」
「そうなのよ。目に見えないのに積み重なっていく。大変なことなのよ、これは」
他人の目に見えないのはもちろん、自分の目にも映らないのだ。
それは、とても怖いことだ。怖いことだと自覚しなければならない。
「後になってこれだけ我慢してやったのにーとか言ってもね、そんなのお前が勝手にしたことだよって思うの。我慢するなってことじゃないのよ? 我慢しなきゃいけないことは絶対あるから、何でもかんでも自分の気にくわないことに反発して矯正させようだなんて考えもだめ」
お金は数字で割り切れるが、気持ちは寄り添わせなければぶつかるばかりだ。不平不満はしっかり伝えあったほうがいいと、伝授する。
「だから、我慢をしたら、その都度自分が我慢したんだって伝えなさい。それで相手に気を使ってもらう。我慢して、伝えて、相手も自分の我慢を尊重してくれる。それが健全なありかたよ」
「はいっ、わかりました!」
「うん、よし! 私からは以上だよ、レン君!」
レンの顔色も生気が戻った。元気のよい返事に、これでお開きと解散する。
立ち上がったレンは、深々と頭を下げた。
「あの、前の時も迷惑かけて、今日も本当にありがとうございます……! 絶対、埋め合わせはしますっ」
「んー、まあ気にしないでって言いたいけど、それも無理か。ま、そのうちご飯でも奢ってくれればいいよ」
「はいっ!」
快諾したレンは、イーズ・アンから進呈された本を抱えて部屋を出ていく。
それを見送ったシスターさんは苦笑する。
「若いなぁ……」
しみじみ呟き、ぐいっと体を伸ばす。
さんざん謝られたり恐縮されたりしたが、レンみたいな子に頼られるのは――正直、悪い気はしない。
常連シスターさんは、ふふっと笑って立ち上がる。
「さて、私も仕事に戻らなきゃっと」
休憩時間もそろそろ終わりだと、彼女は自分のやりべきことが積み重なる職場に舞い戻った。
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