第3話 少女の正体

 時は現在に戻る。


「……誰だ、コイツ……?」


 いつの間にやら晴人のベッドで眠っていた裸の女の子。眉間にシワを寄せながら呟く晴人に健一は呆れ顔で言った。


「おいおい、一夜を共にした女を誰だって、なかなか大胆なことを言ってくれるじゃねぇか」


「いや、俺は知らん! 何もしてない! こんな女知らん! だいたい俺、昨日お前より先に寝ただろうが!」


 必死に申し開きをする晴人だったが、建一は聞く耳を持たない。


「いや、お前のことだ。俺が寝てからこっそり……」


「笑えねぇよ……ってか、お前、俺の事をどういう目で見てんだよ!」


「いや、俺もお前の事は信じたいんだが、実際こうやって女の子が寝てるんだからな。心配すんな。みんなには黙っといてやるから」


「だ・か・ら・そーゆー問題じゃ無いだろ!」


 いくら言ってもわかってくれない建一に業を煮やす晴人。しかし建一は建一で晴人の事を考えているらしく、真剣な顔で言った。


「そうだな。とりあえずこの子をどうやって外に逃がすか考えないとな。バレたら退学モンだからな」


 どうあっても建一は晴人が女の子を連れ込んだという考えを曲げない様だ。『退学』この言葉は晴人の心に重く圧し掛かった。と言うのも、カナダに住む事になった両親としては当然晴人もカナダに連れて行きたかった。しかし彼は日本に残りたいと強硬に言い張った末にこの全寮制の豊臣学園を見つけ出し、幾度と無く家族会議を繰り返した末に晴人は豊臣学園に入学、そして日本に残る事を許されたのだった。但し、条件として春・夏・冬の休みにはカナダに来る事、そして問題を起こさずちゃんと勉強する事が条件として付加された。まあ、どちらの条件も高校生として至極当たり前の事で、条件と言う程のものでは無いのだが、身に覚えの無い事でまさかの『問題を起こして退学処分』という危機に晴人は直面してしまったのだ。


 そうこうしているうちに、女の子が目を覚ました。


「う~ん、おはよう晴人君」


 布団から顔だけ出して呑気に朝の挨拶をする女の子。


「ああ、おはよう……って、違うだろ!お前誰だよ? いつの間に俺の布団に!?」


 晴人は焦った。この子は自分の名前を知っている。という事は、やはり自分がこの子をベッドに連れ込んだのか? いやいや、そんな記憶は全く無い。じゃあどうして? そもそもこの子は本当に誰なんだ? 頭の中がぐちゃぐちゃになり、顔面蒼白の晴人に向かって彼女は恐ろしい言葉を発した。


「え~冷たいな~、いつも撫で撫でしてくれるのに~」


 建一の目も気にせず布団にくるまったままゴロゴロと甘えてくる女の子。


『いつも』だと? 建一が晴人に殺意を覚えたその時、布団から二本の尻尾がピョコっと顔を出した。


「ネコ耳だけかと思ったら尻尾まで……お前……なんてマニアックなんだ」


 それに気付いた建一が醒めた目をして呟いた。晴人の妙な趣味に呆れて殺意も吹っ飛んでしまった様だ。両手をブンブン振り回しながら否定を続ける晴人。まったく往生際の悪い男だ。


「いや、本当に知らねえってばよ! そーいえばタマが潜り込んで寝てたよな」


 晴人が尻尾をくいっと引っ張ってみる。


「うにゃん!」


 色っぽい様な声を上げる女の子。


「晴人く~ん、いきにゃりそれは反則にゃ」


 目を潤ませ、か細い声で言う彼女に晴人と建一は即座に反応した。『声』では無く、『にゃ』という語尾に。


「おい、コイツ『にゃ』って言ったぞ」


「可愛い顔して残念な子なのかもしれんな。もっともネコ耳と尻尾着けて晴人のベッドに居る時点で既に残念なんだけどな」


 一言多い建一。正直なところ羨ましいのだろう。ちらっと見た時はわからなかったが、彼女は大きなツリ目が印象的な、超絶と言って良い程の美少女だったのだから。


「いや、それは置いといて……ちょっとこっち来い!」


 晴人は建一を部屋の隅っこへ引っ張った。


「アイツ、タマじゃねぇか?」


「そーにゃよー。私、タマにゃよー」


 晴人の説にベッドの中から女の子が肯定するが、建一はそれを無視し、晴人と話を続ける。


「はぁっ? お前、何言ってるんだ?」


「二十年生きたネコは尻尾がふたつに分かれて猫又になるってゆー説があるんだ」


「それは怪談だろ。んなコトある訳無いじゃん。あほくせー」


「しかし見ろ。あの尻尾、二本に分かれている」


 横目でベッドの方を見る晴人と建一。彼女は二本の尻尾を器用に振ってアピールしている。


「見て見てー。私の尻尾、二本に分かれてるんにゃよ~」


 だが、あえて二人はそれもスルーして話を続ける。


「おお、本当だな。で?」


「それに、あの『にゃ』っていうべたべたなネコアピールの言葉遣い」


「それはお前がそうリクエストしたんじゃ無いのか?」


「するか、んなこと! ともかく非常に非現実的ではあるが、コイツはタマだとしか考えられんのだ」


「晴人、俺とお前の仲じゃないか。悪い様にする訳無いだろ。そろそろ本当のコト言ってくれよ。それとも何か、俺にも言えない事情でもあるのか?」


「俺は真実のみを話している。俺は女の子を連れ込んだりしていない。アイツ、絶対タマだ」


「俺はお前のコトは信じてるぜ。だがしかし、こればっかりはなぁ……猫又だなんて……」


 建一がもう一度ベッドの方に目をやった時、彼女と目が合ってしまった。


「にゃーかーらー、私タマにゃって言ってるでしょー!!」


 いきなりベッドから飛び出して建一に襲いかかる女の子。その素晴らしい跳躍力は正にネコ科の猛獣を思わせるモノだった。

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