第2話 女の子が三人寄れば姦しく、男の友情は美しい
「やっほー晴人君、おかえり~」
晴人がドアの方に目をやると女の子がニコニコしていた。
「おう、由紀。ただいま」
声の主は同級生の由紀。後ろには結衣と順子の姿も見える。ちなみに由紀と結衣は双子で、元気の良いお調子者が妹の由紀、大人しいがしっかり者なのが姉の結衣だ。もう一人の順子は文武両道で姉御肌のクールキャラ、同級生だが二人のお姉さん的存在といったところだ。ちなみに女子寮は男子禁制だが、男子寮には女子の立ち入りが許されている。男女平等の観点からすると女子寮に入れないのは不公平な気もするが、女子が男子の部屋に遊びに来てくれるだけでも幸せだ。実に羨ましい。
「何やってんのー?」
由紀はずかずかと部屋に上がり込むと、晴人の顔を覗き込んだ。晴人はやれやれ……といった顔で投げやりとも思える言葉を口に出した。
「ご覧の通り、アホの尻拭いだ」
「おいおい、アホは無ぇだろ、アホは……」
アホ扱いされてちょっと拗ねる建一だったが、その一言に由紀が何故か怒り出し、口汚く罵声を浴びせた。
「うっさいアホ建。お前が世話焼かすから晴人が嫌がってなかなか帰ってこなかったんじゃねーか、このボケ!」
晴人にアホ扱いされた上に由紀にはアホ建呼ばわりされ、挙句の果てに自分のせいで晴人がなかなか寮に戻って来なかったとまで言われ、建一は悲愴な顔になった。まさか親友の晴人が自分の事をそんな風に……建一は半泣きになりながら晴人に迫った。
「えっそうだったんか? 晴人、お前俺が嫌でなかなか帰ってこなかったんか?」
「ち、ちげーよ。んなワケ無いだろ。俺ももっと早く戻りたかったんだが、親が煩くってな」
晴人が照れながら答えると、建一はショックで半泣きだったのが、嬉し涙を流しかねないぐらいの勢いで喜んだ。もう一度言っておくが、二人共にそっちの気は無い。
「そーだろ、そーだよな、俺達の友情は永遠だよな晴人!」
「もちろんだ建一!」
健一の言葉に晴人が両手を広げて応えると、健一は晴人の胸に飛び込んだ。くどい様だが、二人共にそっちの気は無い。友情の抱擁とでも言ったところなのだろう。
「わーはっはっはっはっはっ」
そして、晴人と健一は抱き合ったまま笑い出した。はっきり言って異常な光景だ。それを象徴するかの様な言葉は一つしかあるまい。
「アホだ……」
「アホですね……」
「アホが二人……」
呆れて口々に『アホ』という言葉を発する由紀・結衣・順子。だがそこに、それを否定する人物が突如現れた。
「そんなことないよ。美しい友情じゃないか!」
同級生の透だった。
「おっ、良いこと言ってくれるじゃん。」
「男の友情ってもんは所詮女には解らんものさ。」
その声に嬉しそうにが晴人と建一が頷くと、もう一人の男が透の後ろから顔をのぞかせた。
「そして、その美しい友情には当然俺達も入ってるんだろうな」
透と同室の淳二だ。晴人は彼等を喜んで迎えた。
「当たり前じゃあないか!」
「わーはっはっはっはっはっ!」
輪になって肩を組み、バカ笑いし出す四人に由紀が一言こぼした。
「死ぬまでやってろアホ共。」
だが、美しい男の友情とやらの前では由紀の一言など気にならない様だ。透はコーラの1.5リットルペットボトルを差し出した。
「晴ちゃん、思ったとおり帰ってくるなり建ちゃんの尻拭きなんだね。はい、差し入れ」
そして目を輝かせて晴人に催促する。
「で、お土産は買ってきてくれたんだよね?」
「もちろんだ。みんなで食おうと思っていっぱい買ってきたぜ」
晴人は答えると、冷蔵庫からピンクの紙に包まれた箱を取り出した。
「こ、これは伊勢の名物赤福! って、お前三重県民じゃないだろ!」
建一がその箱を見て即座に言い当てるが、三重県民でも無い晴人が何故伊勢の名物を買ってくるんだと突っ込むと、晴人は平然と答えた。
「なんでって……決まってるだろ、俺が数ある土産物の中で一番好きなのがコレだからだ」
ちなみに晴人の帰省先は片田舎の地方都市……では無い。彼の帰省先は、カナダのバンクーバーだ。じゃあ晴人ってカナダ人なのか? いや、彼は名前が示す通り生粋の日本人だ。彼の父親は腕利きの商社マンで、現在バンクーバーの支店に駐在している。晴人の両親は彼を一人日本に残し、カナダで暮らしているのだった。
「普通、カナダ土産って言ったらメープルクッキーよね」
由紀が言うが、健一はそれを黙殺して赤福を一箱手に取ると包装紙を破り、透に催促する。
「透、コーラ開けてくれよ」
「おっけー。晴ちゃん、紙コップ出してよ、紙コップ」
透がコーラを注ごうとした時、由紀がまた言った。
「赤福とコーラって、あんまり合わないわよねー」
さすがは元気っ娘、ずけずけと言いたい事を言うものだ。しかし、彼女の言う通り餡子系の和菓子には日本茶が必要不可欠だ。それを聞いた順子が笑顔で言った。
「じゃあ私はお茶を買ってこよう。綾も呼びたいしな」
立ち上がり、晴人の部屋を出た順子はコンビニでペットボトルのお茶を買い、女子寮の自分の部屋へ戻った。
「綾、晴人君が帰ってきてるぞ」
「うん……」
順子の言葉に何故か低いテンションで答えるのは綾。順子のルームメイトの綾だ。晴人達はいつもこの八人で行動している。晴人が帰ってきて綾が喜ぶものとばかりと思っていた順子は拍子抜けするやら呆れるやら。
「なに言ってるの、一番会いたがってたくせに」
「そ、そんなこと……」
晴人が帰ってきて嬉しいのはもちろんだが、久し振りに会うのが恥ずかしい。年頃の女の子ならではの複雑な心境なのだろう。ぐずぐず言う綾だったが、順子は彼女の手を引っ張った。
「はいはい、早く行くよ」
「あっ、ちょっと待って、髪の毛が……」
「いいからいいから」
順子に手を引っ張られ駆け出す綾。二人は女子寮を出て男子寮へと駆け抜ける。そして晴人達の部屋のドアが開かれた。
「おう綾、ひさしぶり!」
「こんにちは。晴人君、元気だった?」
「たった二週間で大袈裟だな。」
「そ、そっかな。」
なんとなくギクシャクした受け答えの綾に晴人は気付く様子が微塵も無い。見かねた順子が口を挟む。
「まったく晴人君はしょうがないなあ。綾は晴人と二週間も会えなくて……」
順子は『寂しがってたんだよ』と言おうとしたのだが、それを察知したのだろう、綾がそれを制する様に声を上げた。
「晴人君、おみやげ買ってきてくれたんでしょ? 早く食べよ!」
「そうだな。いつものメンツが揃ったことだし、ぱーっといくか」
「帰ってくるの一番遅かったの晴人君だけどね」
晴人が言うと、由紀がそれに突っ込んだ。そして何故か健一が乾杯の音頭を取ろうとして立ち上がった。
「それじゃ、明後日から始まる三学期に乾杯!!」
もちろん乾杯と言ってもコーラとお茶でだ。乾杯の後はまたとめどなくバカ話が続く。これもいつもの彼等の姿なのだ。
「……ま、良いか」
ちゃっかり晴人の隣に座っている綾を見て、順子は微妙な笑みを浮かべると抹茶入り緑茶を喉に流し込んだ。
時間も忘れてアルコール無しで盛り上がる晴人達、気が付けばすっかり日が落ちてしまっている。透が大事なことに気付き声を上げた。
「あっ、もう晩ご飯の時間だよ」
「続きは学食でだな」
「よし、じゃあ行こうぜ」
八人は学食に場所を変え、更に話は盛り上がる。よくもまあ他愛の無い話でここまで盛り上がれるものだが、これが若さというものだろう。
「ふうっ、さすがに疲れたな」
晴人が呟いた。無理も無い、晴人は昼に寮に戻ってきてすぐに建一のレポートに付き合ったかと思うとすぐさま騒がしい仲間が集まって、ハイテンションで騒ぎ続けたのだ。気が付けば時計の針は八時を少し回っていた。
「そうだな。晴人も寮に戻ったばかりで疲れてるだろうし、お開きにするか」
「そういえば、レポートはどうなったんだ?」
「げっ忘れてた!!」
晴人の言葉に見る見るうちに建一の顔から血の気が引いていくが、晴人は冷たく言い放った。
「ま、今日は寝ずに頑張れ。明日見てやるから。んじゃ俺、先寝るわ。おやすみ~」
呆然と立ち尽くす建一を尻目にベッドに入ろうとした晴人は布団の一部が盛り上がっているのに気付いた。
「おっ、早速タマが寝てやがる。ま、あったかいから良いか」
いつの間にかタマが晴人のベッドに潜り込み、眠っていたのだ。晴人はタマを起こさない様にそっと布団に入った。
「昼まで寝てられないのはイヤだけど、やっぱみんなと居る方が楽しいよな」
などと思っているうちに晴人は眠りに落ちていった。
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