最高の一歩
足が外に降りたった瞬間、ファンファーレが鳴った――
なんてことはなく、サラリーマンは電話をかけながら足早に駅に向かい、小学生達はランドセルを鳴らして家路を急いでいた。
俺が何もしなくても一日は過ぎ去るように、俺が奇跡的な一歩を踏み出しても世界は同じように回っていた。
美香は嬉しそうに、笑いをこぼしていた。
「ほら、行けたじゃない! タッくんは、やればできるんだって!」
「うるせえ。耳元で騒ぐな」
俺は、もう一歩踏み出す。
俺は、自分の声が震えるのが分かった。
世界にとっては小さな一歩であり、俺にとっては最高の一歩だったから。
美香に対して強がっているのは、その恐怖や喜びの裏返しだったかもしれない。
けれど美香は、呑気に笑っている。
俺はその笑顔を殺してやりたくて、舌打ちしそうになった。
美香が笑っていると、まるで保護者に見守られる赤子の気分になるのだ。
「青春って、どんなことするんだよ」
それでも、家を出たことは俺にとって画期的なことだった。
浮わついた高揚感に包まれながら、震える声で話を切り出す。
自分から言ったが、まだ外に出たという実感は薄かった。
「そりゃあ青春って言うんだから……。うーん、何しようかしら」
美香が首をかしげる。
「決めてないのか⁈」
「あ、そうだ! じゃ、甘くて美味しいもの食べに行こうよ!」
美香は意味ありげにそう笑って、俺たちは三歩目、四歩目を歩き始めた。
美香が「はやく!」と笑う姿に、夕陽が反射して美しいほどだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます