最高の一歩

足が外に降りたった瞬間、ファンファーレが鳴った――


なんてことはなく、サラリーマンは電話をかけながら足早に駅に向かい、小学生達はランドセルを鳴らして家路を急いでいた。


俺が何もしなくても一日は過ぎ去るように、俺が奇跡的な一歩を踏み出しても世界は同じように回っていた。


美香は嬉しそうに、笑いをこぼしていた。


「ほら、行けたじゃない! タッくんは、やればできるんだって!」


「うるせえ。耳元で騒ぐな」


俺は、もう一歩踏み出す。


俺は、自分の声が震えるのが分かった。


世界にとっては小さな一歩であり、俺にとっては最高の一歩だったから。


美香に対して強がっているのは、その恐怖や喜びの裏返しだったかもしれない。


けれど美香は、呑気に笑っている。


俺はその笑顔を殺してやりたくて、舌打ちしそうになった。


美香が笑っていると、まるで保護者に見守られる赤子の気分になるのだ。


「青春って、どんなことするんだよ」


それでも、家を出たことは俺にとって画期的なことだった。


浮わついた高揚感に包まれながら、震える声で話を切り出す。


自分から言ったが、まだ外に出たという実感は薄かった。


「そりゃあ青春って言うんだから……。うーん、何しようかしら」


美香が首をかしげる。


「決めてないのか⁈」


「あ、そうだ! じゃ、甘くて美味しいもの食べに行こうよ!」


美香は意味ありげにそう笑って、俺たちは三歩目、四歩目を歩き始めた。


美香が「はやく!」と笑う姿に、夕陽が反射して美しいほどだった。

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