第五話
それから更に二週間が過ぎた。
この頃になると、流石に怪我とかもするようになる。
「――段々睡眠時間長くなってきてないか、お前?」
僕の二の腕に包帯をぐるぐる巻きながら、咲耶姫は訊いてきた。
「? ここでの活動時間が増えることは良い事だろ」
「いや……そうなんだが、その……」
「?」
「いや、いい。――そら、終わったぞ」
ぐるぐると腕を回して見る。特に痛みは無かった。
「よし、行けるかな。――次は?」
「次? ――ああ、次はまたファンタジーかなあ」
「またか……大戦争とか御免なんだけど」
「安心しろ。ちゃんと必要資源とか考えて種族も調製するから」
◇
「…………」
彼を送り出して八分。
咲耶姫は白の本を片手に異世界の遥か上空に浮いていた。
「……っ、ああもう!!」
何となく、イライラする。
遅々として進まない異世界製作ではなく、あの少年に対して、だ。
詳しく言うと、その危うさに。
「……はあ。今は、いいか」
はあ、とため息を吐き、咲耶姫は眼下に広がる世界を眺めてみる。
色合いは地球とあまり変わらない、青と緑と土色に覆われた世界。白色の世界に比べればずっと『世界』らしくはあるが。
「……今のところは、安定してるようにみえる、けど」
いつも、こうして異世界を高度一万メートルから眺めている。ちなみに雲は彼女の視界には透過して見えていた。
種族・資源・気候・生息地域の調整も今やれる限りを果たした。人類の生息域もちゃんと確保し、そして時間を十四年程進めてみたが、
「……ぱっと見る限り、大戦争にはなってない、な……」
少年の方はどうだろうか。
「――中也―? そっちはどうだ?」
『あー? いや、こっちは特に何も。でもお前、こんな森林地帯に送られても……』
「ある程度ランダムだからな……ちと我慢して……」
瞬間。
大陸の中心の空から、全方向に光の矢が放たれた。
「――――ッ!!??」
ぞわ、と背筋が粟立つ。
それは、いかなる魔法によるものか。
確かに設定として『魔法』は入れたが、
「こんなの、入れた覚えはないぞ……ッ」
脳裏に、資料として読んだ旧約聖書の逸話が思い浮かぶ。
――邪悪なる都市は、火の矢によって焼き尽くされた――
少女の形をした神様の顔が、絶望に歪む。
「……中也ッ!!」
◇
「……??」
うっそうとした木々の間を歩いていた僕は、木々の隙間から、何か光弾のようなものが空に打ちあがるのを見た。
「……あれは」
思考よりも先に、結果が来た。
打ちあがった光弾は空中で花火のように爆発し、光の矢を全域に降り注がせたのだ。
「――――ぁ、」
光の豪雨が降る。
今まで十分に人外、人智以上の現象を見てきた身ではあるが、これは――
「う――」
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!! と。
光の奔流が、轟音を伴って周囲の木々を打ち倒す。文字通りの、矢の雨。
「……嘘だろ、おい!! 流石にこんなのは有り得なくないか!!??」
逃げ場などない事が分かっていながら、木々の間を走る。
「咲耶姫!! 一体これは……」
『中也! 無事か!? まだ生きてるな!』
「あ、ああ」
『幸いと言うべきか、あと精々が十数秒だ。なんとしても生き残れ!!』
「いやいや、無理だろこれ!!」
空を仰ぐと、未だに矢の雨は続いていた。
喰らったら消し炭になるだろう。が、当たり範囲にムラがある。
当たらない確率は高くはないが、決してゼロという訳ではない。
「…………」
だから。
光の矢は、当然の様に高確率の方を引き当てた。
「あ」
――駄目かな、これは。
そう、少年は思った。
◇
――駄目だな、これは。
そう、神様は判った。
◇
「――ぁああああ、ぎ、あぁあああぁああああ……ッ!!!」
身体が爆発したような痛みが走る。
首を動かすと、僕の腕と足、肩に複数本の光が刺さっているのが見えた。肉を断ち切られている痛みと、内部に矢がある異物感に苦悶の声を漏らしてしまう。
そして、
「あー、うっせえな。女の子が全身に矢を受けてるってのに……」
「う、ぐうう、お、お前……ッ、さくや、ひめ……!!」
倒れたこちらに覆いかぶさるようにしている神様には、その五倍近くの矢が刺さっていた。
余す所なく、全身に。
「な、なんで……何を……」
「あー、あと数秒で世界が戻る。――そら、戻ったぞ」
さぁ、と霧が晴れるように、世界は白色へと戻る。
そして、世界が消えれば当然矢も消える。
僕の手足から、血がどくどくと吹き出す。同時に、
「く、うぅ、あー、ははは……、キッツいなあ、おい」
少女の全身から赤色が滝のように吹き出す。ずたずたになった紺の制服が、一瞬で赤黒く染まる。
ばしゃ、と少女が僕の上から白色の――白色だった地面に倒れる。
彼女は殆ど動かない体で、目だけを動かして傍に膝をつく僕を見る。
「生きてる、な。ははは……」
「…………」
どうして。
何で。
そう訊く前に、彼女の方が先に口を開いた。
「あー、もう……理由訊きたそうな、顔だな、おい」
「当たり、前だろ……」
彼女の手元には、白の本があった。
「――お前、言った、だろ。現実世界で、世の中に馴染めない人々を救うための世界を、創る、って……」
「…………」
「僕のために死ぬとか、おかしいだろ。理論が、通って、ない」
僕はぎり、と奥歯を噛む。
「馬鹿か、お前は……ッ! 目的と手段を、二度もすり替えるとか……、本当ッ!!」
「――いいや」
その言葉に。
咲耶姫は、そっとかぶりを振った。
「何も、間違えていないさ」
「……お前、」
「私は、何一つ間違えちゃ、いない」
「…………」
ずるり、と咲耶姫の腕が上がる。
ぽん、と優しく血濡れの手のひらが、僕の頭に置かれる。
「私が救いたかったのはな、最初から――お前ひとりだよ、中也」
「…………」
「そうだ。毎夜、一日に一度だけ病院から出て、街を少し歩き回るだけのお前を見た時から――、私が救いたい相手は一人だったよ、中也」
「な……」
「あと、半年の命、だっけか? 命を捨てたみたいに、死んでるみたいに夜空を眺めていたお前を、救いたかったんだ」
二年前。
不治の病にかかった僕は、ずっと、今日に至るまであの部屋で――あの病室で、引き籠もっていた。
身体は動いたので、両親の頼みもあって、夜に少しだけ外出することだけはできた。
ずっとずっと。
いずれ来る死に、心を麻痺させようと、同じ景色と人の営みをただ、眺めて――
「そう、だよ」
僕は血の中で崩れるように笑う彼女の上体を、痛む腕で持ち上げる。
「そうだよ、僕の命は、あともって半年だ……!! だから、だから、最後にお前を手伝って、人を救うために、異世界を残そうと……そう、」
――思っていたのに。
「なのに、助けたかったのは僕だけ、って、そんな、のは無いだろ……。僕は、」
どうすれば、いいんだよ。
「そーだな……」
じゃあ、と咲耶姫は微笑む
「――お前が異世界を創ってくれよ」
「――――、」
「目的を失った私の代わりに、人を救ってくれよ」
「無理、だ」
半年後に、死ぬんだぞ。
「いいや、無理じゃない」
死にゆく身で、彼女はきっぱりと、強い口調で言った。
そして、彼女は白の本を、僕に差し出す。
「――はい。やるよ、これ」
「……は?」
「私は、これを手に入れて神になったんだ、きっと。うん、それは覚えてる。これを手に入れて、――お前が神様になれよ」
「――何を、」
「そうすれば、お前は魂と肉体を切り離せる。この世界に魂を固定すれば、お前は生き続けられる」
「んな事言ってんじゃねえよ!!」
怒鳴ると、彼女は透き通るような眼でこちらを真っすぐに見た。
「――どうせ、私は助からないしな」
それに、と神様のような少女は続ける。
「それに、な。私はもう、死んでるようなものだ。死の瞬間を、二百年も延ばしたようなものだ」
だから、
「私を、正しく死なせてくれよ、中也」
「…………っ、あ」
「異世界の主人公には、してやれないけど――神様だ。上出来、でしょう?」
白の本を掴む咲耶姫の手が、落ちる。そして、本は下にあった僕の手に落ち、所有者が移動する。
「…………」
「――――」
「……咲耶姫」
「――ん、何?」
「少し、前に。僕の病室に来てくれた、よな」
「……そう、ね」
「――ありがとう。この二年間で、あの病室に来てくれたのは、お前だけだったよ」
「寂しい奴め」
ふ、とほんの小さく笑って。
神様だった少女は、目を閉じた。
僕は暫く彼女の身体を抱きかかえて。
そっと、降ろした。
「……酷いな、本当」
まるで、呪いだ。
でも。
もし、僕が。
彼女の夢を、異世界の夢を、見続けられるのなら。
それを、僕が叶えられるなら。
「……僕は、生きるよ。咲耶姫」
白い本を、手に取る。
僕の夢を、見続けるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます