不許可06

 子供の頃からずっと聞いている声があった。実家にいるときずっと聞こえていて、それは例えば夜寝ているときだったりとか、昼間一人でいるときだったりとかだったのだけれど、大学に入り、単身生活を始めてから、それが聞こえなくなった。

 それは例えば小さな頃の子守歌だったりとか、語り書けてくる疑問系の声だったりとかして、しかしそのどれもが母のものとも父のものとも違った。その声は様々な聞こえ方をしていて、時として複数人、また単数の人の声だったとしても、それは日によって時間によって全然違う人の声であった。

 その時は「子供の頃の多感なものの一種だったのだろう」と思っていたのだけれど、ふとそれがある種の現実味を帯びてくる出来事があった。

実家では両親が亡くなり、自分も自立して家族もいたので、実家を取り壊す手はずとなった。

 その時に、実家の清掃をしていたら、子供部屋の押し入れの奥の奥から一冊のスケッチブックが出てきた。

 それは、様々な筆跡で書かれた、文字がびっしりのスケッチブックで、それそのものは当然見たことがなかったのだけれど、その内容には全部既視感があった。

 話しかけられたり語りかけられたりした内容が、そのまま文字としてそこにあったんだ。

 見開き一ページにつき一人の筆跡で書かれていたり、一ページにたいして複数人の筆跡があったりもしたけれど、そのどれもが、子供に対する語りかけや、子供が出来た親に対する祝福だったりした。

 それぞれのページの端っこには、年月と筆者名が書かれていて、そのほとんどが知らない人たちだったけれど、端々に、両親の友人や、顔も覚えていない祖父母の名があり、また年月が僕の誕生日の直前であったことから、背景はなんとなく想像された。

 きっと、子供の頃、僕のことを、たくさんの、たくさんの人が見守り、語りかけ、心配してくれていたのだろうと、そう思うと、僕はそのスケッチブックを捨てることが出来なかった。

 今も、僕の新居の自室の引き出しには、そのスケッチブックがしっかりとしまわれている。

 今は全然、声は聞こえないんだ。

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