Prologue
その宝石店から警報音が聞こえてきた瞬間、
ドアミラーで車の後方三メートルあたりにある店の通用口を見た。軒下の薄暗い蛍光灯の明かりが時折消えそうになりながら、ドアの上半分ほどをぼんやりと照らしていた。
「くそっ、早く出て来いよ……」
達彦のハンドルを持つ手が震え、指の間からは汗が滲み出てくる。そのうち額からも吹き出てきた。
「達彦! 早く出せ!」
叫び声とともに、通用口から二人の人物が飛び出てきた。二人とも目出し帽にサングラスを掛けてはいたが、男であることは一目瞭然だった。
一人はその肩に大きな茶色の布袋を担いでいる。袋の紐を握り締めている手に深く刻み込まれた皺から、年齢は五十を越えているであろうことが分かった。
そしてその後ろからもう一人、前の男よりずっと小柄で、丸めた背中に初老の雰囲気を感じさせる男がよたよたと走ってきた。
達彦は助手席のドアを開けた。先に走ってきた男が乗り込み、後ろの男は自分で後部座席のドアを開けて転がり込んだ。
「早よ出せ!」
助手席の男が言った。
「えっ……でも、
「あいつのせいで警報が鳴ったんや。まったく、監視カメラの解除一つもでけん役立たずが……」
後ろの男が荒い息を吐きながら言った。
「でも、放っといたら警察に捕まるかも……」
「大丈夫や。健も必ず逃げよる」
「そ、そんなこと、何で分かる……?」
達彦はすっかり怯えていた。
「とにかく、早よ出せ! ここに長居は禁物や」
達彦は仕方なくハンドルを切った。ワゴン車は派手にタイヤの音を立てて飛び出した。
突然、目の前に一人の若い男が現れた。黒いジャンパーにジーンズをはき、車の前方十メートルほどのところから、目出し帽を持った手を大きく降って駆け寄ってくる。
「健や!」
達彦は叫び、ブレーキペダルに右足を移した。
「達彦、止まるな!」
「えっ? で、でも……」
「ええからそのまま行け! 捕まりたいんか!」
達彦はかたく目を閉じてアクセルを踏んだ。ワゴン車はスピードを上げ、立ちはだかる若者に向かって突っ込んでいった。
ぎゃあっ、 という叫び声と共に若者は吹っ飛んだ。宝石店の脇に積まれたゴミの山の中に落ち、そのまま転がるようにして道路の中央まで出てくると、そこで動かなくなった。
「……し、死んだんとちゃうか……」
達彦はルームミラーで若者の様子を伺おうとした。
「ええから、放っとけ」助手席の男は言った。「死んだら死んだで、俺らの分け前が増えるというもんや」
達彦は呆然と男を見た。そしてルームミラーに映った後ろの男に目をやると、そっちの男も何食わぬ顔で頷いていた。
とんでもない連中に関わってしまったのだと、達彦はこのとき初めて思った。
──六月、横浜。生暖かい風が夏の訪れを告げる、月明かりの美しい夜だった。
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