Special Bouncy Ball

小紫-こむらさきー

1:一緒に遊んだらなれる?かな?

「え?なに?」


 賑やかな縁日の中でぼうっとしていたら聞こえた声。


 今日は叔父さん夫婦が出張海の家でかき氷の屋台を出すらしくて、家の都合で友達もいないこっちに夏休みを過ごすように言われた私は、一人で家に留守番も危ないからってことで夏祭りにつれてこられた。

 特にすることもなく、ただ屋台の横で椅子に座って浴衣姿の色々な人が行きかう様子をぼんやりと眺めていた。そんな時のこと。


 ぼんやりと空想に耽る私を現実に引き戻したのは、耳慣れないどこか外国の言葉でこっちに話しかけてくる小さな子供だった。

 ブロンド色でふわふわとした癖っ毛…それにやけに真っ白な肌…外国の子かな?迷子?


「…このキラキラしたの、おねーちゃんわかる?」


「おねえちゃん?わたし?」


 てっきり片言か英語で話すと思ってたのに、男の子の口からはかなり流暢な日本語が飛び出してきたことに驚く私を無視して、男の子は話を続ける。


「そう!わかる?」


 その子は、やけに真剣な顔をして、外国の飴みたいなカラフルなゴム質のボールを、私の目と鼻の先に唐突に突きつけてきた。

 特に断る理由もなかったし、お姉ちゃんって言われたことがなんだかうれしくて目の前にいるその子からボールをとりあえず受け取った。


「スーパーボールだよ。…えっと」


 目の前の男の子はそんなに大きくない。

 多分…小学校はいりたてとかなのかな…小さい子だしどう説明すればいいかな…。


「すごい跳ねるボールで…これ…」


「きらきら、好きな子にあげたらりょーおもいになれる?」


「うーん、一緒に遊んだらなれる?かな?」


  手渡されたビー玉くらいのピンク色のスーパーボールを手にしながらどう説明すればいいかなって悩んでると、綺麗な金色の髪の背の高い女の人が人混みをかき分けてこちらに一直線に向かってくるのが見えた。


「ナツキ!」

 ダメデショ?ママ、シンパイシタ…」


 女の人は、男の子のことをぎゅうっと抱きしめて屈みこむと、男の子のほっぺを両手で挟むようにして真面目な顔でそう言った。


「アリガトゴザイマス…コドモオセワニナリマシタ」


 女の人は、少し片言気味だけど子供の私に丁寧な言葉でそう言いながら頭を下げて慌てる私に気が付かないまま急いだ様子で背中を向けて歩き出す。


「あの…その…」


 人混みの中に戻っていく2人を見ていたら、男の子から受け取ったスーパーボールを返せていないことに気が付いて慌てて声を張り上げる。

 それに気が付いた、男の子は大きく手を振りながらこちらを振り返って大声でこういった。


「おねーちゃん!それあげるー!」


※※※


 何年前の話だっけ…小さい頃の夢なんて久しぶりに見た…。

 汚れて黒ずんだピンク色のスーパーボールが寝起きの視界に入ってきて思い出す。

 あの後捨てることが出来ないまま無くなっていた思い出の品は、部屋を掃除した先日見つけたんだけど、なんとなく捨てる気になれなくて机の上に飾ってある。

 別にスーパーボールが忌々しいわけではないけど、それで夏を連想してしまって私は思わず溜息を漏らした。

 今年もまた私の大嫌いな夏がきてしまった…と憂鬱になる。

 重い気分を切り替えたくて、寝癖がついた長い真っ黒な髪を手櫛で雑に整えながら一階のリビングに向かった。


 私は叔父さん夫婦の家に居候してる。

 高校は、今までの自分のことを知っている人がいないところがいいという思いもあって、親を必死に説得したお蔭で、「一人暮らしをするよりは…」と、私は家から2県も離れた叔父さんの家に下宿しながら今の高校に通うことになった。

 高校デビューとまではいかなくても、今までの自分を知らない人の中で新しい自分として生活するのは前ほど大変ではなくて、中学の時と違って今は学校にいるときくらいは話をする間柄の知人以上友達未満みたいな相手もいる。

 それでも、相変わらず夏は嫌いだった。こっちにきてから余計に嫌いになったかもしれない。

 薄着にならなきゃいけないし、近隣の県からだけではなく、遠方からも海を目当てにいろいろな人が来る。

 女性にしては背が高くて男性にしてはそこまででもないこの中途半端な身長で目立ちがちな私は、生まれ故郷の知人に会うのが嫌で夏は海に近付かないことに決めていたのだった。

 今日は病院の予定もないし…図書館に行こうかな…いや、ゲームでもいいかな…。

 通知をオフにしていたクラスのLINOライノグループチャットをスマホでチラチラ流し見をしながら、食べるものはないかと冷蔵庫の中身を確認していると玄関のドアの開く音がして、見覚えのある体格の良い髭面のおじさんが汗を拭きながら入ってくるのが見えた。


「あれ?叔父さんどうしたの?こんな時間に珍しいね」


 時計はもう10時を回っていた。この時間に家に戻ってくるなんて珍しいと思ってると、叔父さんは私をみてなにかを閃いたような顔をした。あ…嫌な予感がする。


「ちょうどよかった!豊、手伝ってくれないか?」


 嫌な予感は見事的中…。

 まぁただで家に置いてもらってるし、お小遣いを弾んでくれるということだし、叔母さんがぎっくり腰になって働けない間だけなら…と、私は渋々ながら叔父さんの海の家で働くことを了解する。


 うーん。中学時代は短かった髪も伸ばして見た目も変わったし、多分気が付く人いないよね。いたとしても知らんぷりすればいっか…と無理矢理自分を納得させて、海の家でてんてこまいになりながら働いた私は、やっと休憩の時間にありついた。


「今のうちに休憩行っておいで。ほら、これ食べていいから」


 厨房の隅で軽く立って休もうとしていたら、人の波もひと段落したからと、叔父さんが厨房から青いシロップのかかったかき氷を手渡して言ってくれた。


 もう…文句いいそびれちゃうじゃんって心の中で思いながら、お店に出すものよりもフルーツがたくさん盛られたスペシャル仕様のかき氷にうれしくなってしまう。

 単純だなーなんて思いつつもやっぱりかなりルンルンになりながら店の裏口から外に出た。

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