解けない魔法をかけに来て

無月弟(無月蒼)

解けない魔法をかけに来て

 もうすぐ12時の鐘が鳴る。


 王子様と踊りながら、シンデレラは憂鬱な気持ちになった。

 舞踏会に来れたのは嬉しい。綺麗なドレスもガラスの靴も、ずっと憧れていた王子様とこうして踊れたことも、全てがとても素敵で。だけどもうすぐ全てが失われしまうのかと思うと、どうしても……


「どうしたの?何がそんなに悲しいの?」


 察した王子様が尋ねてきたけど、気を使わせまいとシンデレラは首を横に振る。

 だけどやっぱり、内心憂鬱だった。楽しい時間は、所詮は魔法が作り出した夢幻。解けてしまえば、また継母や義姉達に虐められる日々に逆戻り。


 切なさで胸が張り裂けそうになる。

 嫌だ、お別れなんてしたくない。今まではただ、王子様に憧れていただけだった。だけどこうして出会えて、踊って。憧れは『好き』へと昇華した。

 なのにもう会う事もできなくなるなんて、そんなの嫌だ!


「魔法が解けなければ良いのに。そうすれば、これからもずっと……」

「何を言っているの?これからだって変わらないよ。明日も、その先も。僕はずっと……」


 ボーン、ボーン。


 時を告げる鐘が鳴り始めた。もう行かなきゃ。


「さようなら王子様。短い時間でしたけど、アナタと踊れて幸せでした」

「待ってよ。行かないでくれ」


 王子様の制止を振り切り、シンデレラは走る。

 舞踏会会場を出て、長い廊下を走り、お城の階段で躓く。


 ガラスの靴が脱げてしまったけど、気にしている余裕はない。

 鐘は今、何回鳴っていたっけ?鳴り終わってしまえば、魔法は解けてしまう。


 急いで階段を駆け下りるシンデレラ。その後ろで、彼女を追いかけてきた王子様が叫ぶ。


「君がどこに行ってしまっても、僕は絶対に見つけ出す!僕は君を愛して……」


 ボーン、ボーン。


 最後の言葉は、鐘の音でかき消される。だけど、ちゃんと気持ちは受け取った。

 いよいよ魔法が解ける。だけどその前に……

 シンデレラは振り返り、王子様を見つめる。


「王子様!アナタが本当に私の事を愛しているのなら、必ず私を見つけて。そして今度は、あなたが魔法をかけて!解けることの無い、永遠の魔法を!」


 煌びやかだったドレスが、徐々にみすぼらしいボロ服へと変って行く。


 長居はできない。溢れ出す気持ちを抑えながら、王子に背を向けたシンデレラは、そのまま振り返る事無く走り出す。


 ねえ王子様。アナタのこと、信じていいんですよね。

 もし本当に迎えに来たら、今度は私が伝えます。アナタの事を、愛していますって。



 シンデレラが去った後、王子は一人佇んでいた。だけど、階段に転がっているガラスの靴に気付いて、手を伸ばす。


「……見つけるよ。必ずね」



 王子様はシンデレラを探す。解けない魔法を、かけるために……

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