Paint it Blue.

賤駄木さんbot

序 帰省

 私は改札をくぐり、列車へと乗り込んだ。夕方より少し前の時間である。車内にはまばらに人がいて、特急列車の指定席は空席が目立った。人々は各々に、隣りに人のいない座席を選んでいて、配置もまばらだった。外は雨だったので、傘からはみ出た私のコートの右肩には雨粒が付着していた。私はそれを手袋をした手で払い、一息ついて傘を見やる。傘の先端から雫がぽつりぽつりと落ちている。車内の床を汚しているようで気兼ねをした私は、傘をそっと隠すようにして、指定を取った座席にもぐりこんだ。

 進行方向を向いて右側の窓際に、私は座っている。その車両にはざっと十名ほどの乗客がいた。座っている乗客はみな一人客ばかりで、何かにはばかるようにこそこそと食事をとったり電話をしていたりしていた。

 私は手元の携帯電話に目を落とす。メールの受信ボックスを開く。何も新着メールは届いていない。次いで、メールの重要フォルダを開いた。つい二週間ほど前に届いたメールが映った。

「雨は降っていないから、出かけよう」

 メールの相手はいま向っている、私の故郷に住んでいた。今日は朝からずっと雨が、降ったり止んだりの繰り返しだった。この一ヶ月、そんな天気が続いている。きっと、その雨の切れ間に送ってきたメールなのだろう、と私は解釈した。そうして窓の外へと目を移す。車窓から見ると、小さいながらも大量の雨粒が窓に当たって雫を形成し、斜め下方へと流れていった。

 私は、通路を挟んで反対側、進行方向左側の座席へと目を向ける。特急列車の座席に背中を預けている女子高生がいた。私は時計に目をやる。十三時を回ったところだった。

 女子高生はずっと窓の外を見つめていた。先ほどからずっとずっと、同じように視線を外に向けているのだろうと推測された。車窓からの風景は、私の側は開けているけれど、女子高生の方は町並みが線路に近すぎて、視界の流れる速度が速すぎて何一つ見えやしない。それなのに、女子高生は窓の外を見つめていた。


  ■■■

 

 まぶしい。そう感じた。駅前の舗装された道はやけに白くて、久方ぶりに帰省した私はなんだかシラけた街になったな、と思った。

 木枯らしの吹く駅のタクシー乗り場でタクシーを捕まえると、私は行き先を告げ、後部座席に乗り込んだ。運転手は手荷物をトランクに積もうと提案したが、手提げの一つだけだったので持ち込んで乗車した。女性の手にもあまり重くない、私の手土産だ。

 昨日、佐久間が死んだ。電話でやつの母親から連絡があった。その葬式に出席するための帰省だった。今日は死に顔に対面する予定である。葬儀は明日かららしい。タクシーはゆっくりと走り出した。

 高校生の当時と比べれば、応用力や適応力が付いた。意固地にもならなくなった。そうして変わっていく私を見て、佐久間はどう思うのだろうか。思いすらしないのだろう。奴は死んでいるのだから。そんなことを考えながら、私はポケットサイズのウイスキーの栓を開け、そのまま口を付けた。そうして一口飲んで、あぁそうだ、この味だ、と思った。佐久間の知りえなかった、私だけが知っている、二人を分かつ味だ。そんな些細なところに不変を見いだし、疲労感も相まって、私は窓際を流れる景色をみつつ、しばらく目を閉じることとした。

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