空蝉物語
@hizen-jyo
第1話
豪華絢爛、下品なほどに飾り付けられた神殿には神祖、この国を建国した皇族の祖先が祀ってある。元は、静謐だとか荘厳だという形容をされていただろう神殿は所々にその名残を残すだけで、殆どが黄金や色とりどりの宝石に埋め尽くされている。
その神殿の中心部では、現皇帝の世継ぎとしては末席である第四皇子の成人の儀が執り行われていた。
神殿内にある巨大な神祖の像の前で、此処ルシュタイン皇国の現皇帝がぶつぶつと何かを呟いている。その様子は、祈りにしては不遜に過ぎる。また、息子を祝うにしては喜びの感情という物が見受けられない。重要な国事であるので、仕方なく作業をこなしているというと言うのが一番近いだろう。
この国の皇族は、15歳になると成人として認められ、正式な皇族の一員としての役割を与えられる。本来ならばめでたいはずだ、しかし皇帝は形式的な言葉だけを皇子に与えたものの、儀式が終わるや否や侍従や部下を引き連れ、足早と神殿から去っていった。
「殿下、心よりお喜び申し上げます。あなた様もこれで、神の一族の仲間入り。お祝いと言っては些細な物ですが、こちらを差し上げます。」
「……ああ。」
唯一残った毛むくじゃらの男が第四皇子に差し出したモノとは、黒髪の犬の特徴を持つ亜人の男であった。亜人はその種族にもよるが、一般的にヒトよりも身体能力が高い者が多い。
神の一族たる皇族に献上する者として一応身綺麗にしてあったが、その怜悧な瞳は敵意に満ちていた。皇子に捧げるモノとしては相応しくないということは、誰が見ても一目瞭然であったが、それを気にするものは此処には居なかった。
「それの喉は潰してありますので、話すことはできませんが素早く、鼻の利く種族ですので色々と役に立つでしょう。」
「色々と役に立つ、ね。それならば、護衛役でも任せるとしようか?」
皇子は少し皮肉げにそう言った。毛むくじゃらの男は皇子の心境などには、興味も無いのだろう、気にする事もなく言葉を続けた。
「とんでもない、この国の皇族の方々に護衛などという物は必要ないでしょう。神たる皇族方に剣の切っ先を向けるなど、できるわけもございません。神祖のご加護により何者も皇族を害することはかないません。そもそも害意を抱く、それだけでも万死に値します。」
「……兎角、この者はありがたく頂戴しよう。下がっていい。」
「では、失礼いたします。」
誰もいなくなった神殿の中で、第四皇子は溜息をついた。皇族の血を継ぐ者として、その髪は白銀の色をしているが、疲れ切ったその姿のせいか、銀の輝きというよりは老いによる白という印象を受ける者が多いだろう。
豪奢を極めた神殿は目に優しくない。居心地の良い場所はないし、体よく押し付けられたであろう亜人を連れて自室へ戻ろうと皇子は考えた。
「ついて来い。ひとまず神殿から出るぞ。」
「…………」
皇子の目の前にいる亜人の男は、皇子か、皇子の背後に見える神祖の像か、もしくはその両方を憎悪のこもった目で睨み続けている。
皇子が背を向けたその瞬間、亜人の男は皇子の喉を掻き切ろうと手を伸ばした。
しかし、その爪が皇子に届くことはなく、体が硬直し動かくなった。この国の皇族は、ヒトでは無い、この国の民はみな皇族を神として讃え崇める。亜人の男は神と謳われるその理由を身を以て知った。
「どうした、お前も思う所があるだろうが、一先ず俺に着いてくるのが懸命だと思うぞ。」
皇子は振り返る事なくそう伝えた。
────巫山戯るな!!誰が皇族なぞに従うか、この国の、民の嘆きを蔑ろにし国を荒らしている張本人達ではないか!
「ああ、俺もそう思う。でも、仕方がない……どうしようもないんだ。」
────!?声は出してない、いや、そもそも潰されたから出せない、か。それならただの偶然か。
亜人の男は一寸驚き目を見張ったものの、目の前を長い杖で地面をカツカツと鳴らしながら歩く男の背中を再度恨みを込めて睨みつけた。
「偶然ではないさ、目は悪いけど耳はいいんだ。」
────!!!!
「一応、自己紹介をしておこうか。俺は、まぁ知ってると思うけどルシュタイン皇国第四皇子、イレニアだ。気軽にレニィとかイーレとかで呼んでくれ。」
────お前が病でおかしくなったと噂されている第四皇子か。皇族が病などかかる訳もないのに、可笑しな事もあるものだと思ったが………
「確かに、皇族が病にかかるなんて有り得ない。目が見えないのは、おそらく心因性のものだろう。」
───本当に聴こえているか………心因性?どういう意味だ?
「心から見たくない、そう願った。いや呪ったという方がいいのかもしれないな。此処には、見たくない物が多すぎる。……まぁそんな事は置いといて、俺は名乗ったぞ、お前も自己紹介してくれ。」
───亜人に名を聞くのか、気狂いと言われるだけあるな。誰が皇族なんかに教えるか。
「おい、とか、それだとか物みたいに呼ばれたくないだろ。偽名でもあだ名でもいいから教えてくれないか。」
─────ラスと呼べ。
「そうか、ではラス。此処が俺の宮だ、中にいくつか空いた部屋があるから勝手に使ってくれていい。」
皇族が住むには小さ過ぎるだろう、その宮を見てラスは驚いた。イレニアと名乗った皇子は、余りにも自分が想像していた皇族像と離れ過ぎていて、殺意を向けようにも困惑してしまってうまくいかない。
物ではない、とこの皇族は言った。それは、帝国の周辺部で暮らすヒトならまだしも、この帝都に住むヒトや皇族がその言葉を発するのがどれだけ難しい事なのか、帝都で物として売られて此処にいるラスには少しは理解できた。
「ああ、そうだ。明日からは護衛役として働いてくれ。お前にも悪い話じゃないだろう。」
───護衛だと、先程必要ないと言われたばかりなのを忘れたか?それになぜ殺したい相手を守らねばならない、そんなものをする気は無い。
「そうだな。ヒトも亜人も、皇族を害する事は出来ない。だから、誰かの気配がすれば俺に教えてくれるだけでいい。」
───どういうことだ。それで俺に何の理がある。
「分からないか?皇族を殺す事が出来るとすればそれは、皇族だけだ。まだ襲われた事はないが、時間の問題だろうな。」
────なるほど、俺の代わりに皇族を殺すということか……お前は、襲って来た家族を殺すのか?
「家族、家族ね。俺もあっちもそう思っていないだろうよ。俺は皇族の恥だからな。その証拠に、今日の儀式も最低限の人数が来ただけ。祝いの品がヒトや皇族に反抗的で殺意でいっぱいのお前だけなのも、まぁそういう事だ。」
────俺は厄介払いされたという事だな、だがそれはどうでもいい。話をずらすな。皇族は皇族にしか殺せない、皇族として生まれ、育てられたお前はそれを実行できるかと聞いている。
「温室育ちなのは同意するが………分からない。だが、死ぬのは嫌だ。」
────はっきりとしないやつだな。そうやって逃げても何もいい事はないぞ。
「それは、俺が一番よく分かっている。」
そう言ってイレニアは、光を写さない目を開けた。口がきけないのなら丁度いい、イレニアの事を誰に伝えることしないだろう。音など無くとも声を聴ける自分の話相手になって貰おうと考えていた亜人は随分とモノをずけずけと言う男であった。
「とにかくだ、護衛役、周囲には雑用係と説明するが、明日から行動を共にしてもらうぞ。よろしく、ラス。」
───いいだろう、一先ず手は組んでやる。だが、事が済めばお前も死んでもらうぞ。
「死にたくない、って言ってる人間に正面からの殺害宣告か。そこまで堂々とされると此方としても逆に清々しくていい。」
イレニアが笑って手を差し出すと、それを見たラスは不思議そうな顔をした。普通、帝都に住む者は亜人を穢らわしいものとして触れもしない。
宙に浮いたままの手を見てイレニアは拗ねたような顔をして言った。
「握手だよ、握手。早くしろ、なんか滑ったみたいで恥ずかしいだろ。」
そう言ってラスはゆっくりとイレニアの手を握った。なんの変哲も無い、亜人やヒトと同じ掌であった。
盲目の皇族と声の出ない亜人、共通点なんて無いとラスは思っていたが、相手はそうは考えていないのだろう、漠然とそう感じた。
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