貴に贈るプリンセス



ピーンポーン…


「すみませーん、アークティ運送の者です。

 えと、お荷物お届けにあがりました。」


俺は運送会社の人間、本部で梱包したりもするがまぁ全体でみりゃ小さな企業なので配達に駆り出されることもある。


だいぶ島の上の方まであがってきた感じがする。ここパーク・ワーカーズの奥の方は住宅地が広がる溶岩台地。


「古廉…グレープ…えっグレープ!?」


家の中から足音が聞こえる。

まいった、今更だけどまさか伝説のカップルの家だったのか。


という事は、グレープさんが?

マジで?

最近今日死んでいいやって決心する日が更新されて中々死にきれないんだけど…えぇ



____________________




「ん?お客…じゃない宅配だ、シキ君出てくんない?」


グレープさんがソファの上で集まったいつものメンバーとボードゲームをしながら、俺に声をかける。

IHコンロの電源を切り、出来上がった料理をちょっとそのままにして、手を水道水で濡らしてタオルで拭きエプロンを脱いだ。


廊下を渡り、ドアを開ける。




「ありゃ…? 

 えっと、古廉さんのお宅でイイですか?」



いかにも出てくる奴違ったやんけ残念というような顔をした宅配のお兄さんはどうでもいい。


「はい、そうですけど。」


俺は特に何もヘンな事を考えずにただ機械的に返事を…したかったが届いた物が待望のモノだったのでちょっとニヤけた。

めっちゃめちゃ美味しいと話題のチーズを特注したので…頑張って働かなきゃ。


_______



グレープさんが出てくると期待したら…


ある意味期待はずれだし、ある意味期待以上の人だ…!


「あの…すみません」


僕は荷物を渡し終わった後、少し聞いてみることにした。


「あの…貴方って…」


「え、俺ですか?何かお仕事の御用ですか?ちょっと悪いですけどお仕事なら研究所の方に話通して貰ってイイですか?」


いやぁそーじゃないんだけど…


「えっと、そうじゃなくて、あの…

 失礼ですがお名前を…」


「…?リネンです、辿未 輪念。」


「…輪念。あれ…兄弟か…双子か?」


「あ、人違いですか?それとも名前違い?」


おかしいな…

ジェーンさんの彼氏さんだと思ったのに。



「あの…ごめんなさい、式さんってご存じですか?節来 式さん。血縁者だったりとかですか?」


「…俺です。」

「は?」

「俺です。」

「え?」

「俺は辿未 輪念です。」

「はい聞きました。」

「そして節来 式です。」

「何を申していらっしゃるので?」

「フレンズの間じゃ俺の名前はシキなんですけどね、ヒトとしてはリネンです」

「A~HA?」



そう、僕の知ってる彼は節来 式

      彼の本名は辿未 輪念


サーバルキャットのサーバル、フンボルトペンギンのフルルと同じ要領で

ヒト(グループ)の辿未輪念(種族名)の節来式(固有名詞)と捉える事にした(ヤケクソ)


なんにしてもこれは嬉しい誤算である、

伝説のアイドルグループPPPの清純派ジェーンさんの心を射ぬいた張本人。



これはアドバイスを受けておかなければ…!


「あの、じゃあ1つ聞いてイイですか?

 プリンセスさんの心を射貫くにはどうすればいいと思います?」


「うーん…彼女は…そうだなぁ…

 “王道” これがベストですかね?」






____________________





「よし…上手くなって来たわみんな!」


「休むって言ったり、練習始めるって言ったり忙しいなぁ…」


「無理強いした訳じゃ無いんだけど…」



メンバーを集めて、定期的にレッスンをすれば体がなまらないでしょ?


そう思ったのだ。


…と思う。


思うを重ねるの良くないだろうけど、でもそれ以外の表現はまた違うのだろう。






レッスン終わり、私は着替えて、ステージの客席でいつものように夕方を待つ事にした。




雲は冴えない。

光は見えない。

恋は冷めない。


カラカラと鳴る自転車がコッチに走って来る




微妙な顔になっていないようにもう一枚の顔を重ねる。




「プリンセスさーん!」


声だ。



「はぁ、はぁ。…ははは、僕を待っててくれたんですか?」


「そんなわけないでしょ、気分よ」


嘘。


「ま、僕はこうやって貴女とお話出来るだけで幸せ者ですけどね。」



オトメゴコロをわかっているのか何も考えずに言っているのかはわからない。

ただ、私はこの言葉に操られている。



「ねぇ、プリンセスさん?」



間を置いて、声をかけてくる。





「もし。もしも、です。

僕がここで貴女に『好きだ』と伝えたら、貴女はなんて言いますか?」


胸の下の辺りがきゅうぅぅぅっと縮む感覚に襲われた。

顔のミエミエの仮面を引き剥がされたような気分だ。



「…それを私に聞いて何になるのよ」


せめてもの抵抗としてこんな事を言う。




「僕は貴女が好きだ。これはファンとしての意見ではありません。僕個人貴女個人を思った結果です。」



「馬鹿言わないでよ、本気?」


「えぇ、勿論本気ですよ。」



「…ちょっと考えさせて」



私は走って、屋内に戻った。


______________



戻ったら、イワビーがいた。



「おっ、プリンセスおかえり…どーしたんだよ、浮かない顔して?エゴサでもしたか?」



何処で覚えてくんのよその単語エゴサ



「どうもしてないわよ、そっちこそ何も無かった?」


「危険のキの字も無いぜ。あーそういやまたいつもの奴来てたぜ?話出来たか?」


うっ。


「話?出来たわよ。」


「ほぼ毎日来るよなアイツ、話聞いてりゃメンバー全員と喋ってるみたいだけど、お前と喋ってる時が一番ピンピンしてるぞ?」


人を魚みたいに言わないの…

というツッコミをいつものようにしようとしたのに、あの人の話ってだけで緊張する。


「…やっぱり好きなんだな?アイツの事」


「何が?なんでそんな事を」



「だって、疲れ切って死んだ目してたのに、アイツと喋ってる時が増えるとイキイキしてやがるし、来たわけでもないのに見に行ったり、今でも顔真っ赤にしたりさ。バレバレ」



「何よ!私の事なんて知らない癖に!」


荒げた。


「どーせアレだろ?『私はアイドルなんだから貴方の気持ちは嬉しいけどでも~』なんつって適当にごまかして気持ちに蓋するつもりなんだろ?そーゆーのやめろって。」


うっ。


「今お前はアイドルの肩書きに縛られすぎなんだよ。お客が期待してたり、してなかったりばっかり気にしたってなんにもなんないだろ?始めたばっかりの頃、みんな楽しくやってて、お前も楽しくやってて、でも今はお前がちっとも楽しそうじゃ無い。楽しくなきゃやってる意味ないし全然ロックじゃ無い。

こんなPPPなんてオレは正直辞めても良いね。」


「イワビー!」


「へっ、知ったこっちゃねえよ。

コッチだって練習が無くなりゃ気が楽だよ、ロッカー目指しても良い。」


「貴女…!それでもPPP!?」


「そっくりそのまま返すぞプリンセス。」



お前は本当にPPPか?



気持ちに蓋はしてないのか?














蓋を。

閉めっぱなしだった。






「はぁ、やれやれ。プリンセスもまぁ面倒だな…」


部屋のドアを馬鹿みたいに強く開いて、走って行った。




____________________________







冴えない空はやがて日を眩ませ

雨を叩き出した。





「ぜってぇミスった…あーまぁ高嶺の花だったんだな、客としてちゃんと応援しよ。」



整備されたパーク内のバス停に駆け込んだ。

ここからなら走ればすぐステージ。

そのステージは見える。



「…?………!」



ばしゃばしゃと音が聞こえる。

雨が降り続く音が、それとは違う音が。




「…プリンセスさん…!?」



雨の中、傘もささずに…。

髪に水が滴る。



うわっ…

冷たい体が僕に取っ付く。




「はぁ…はぁ…。ねぇ…貴方は…私の気持ち…わかってるの…?」


「貴女の気持ち…って?」


「貴方と同じよ…。   

       

 最初貴方を見つけたのはライブの握手会。最初からヘンなお客さんが居るなぁって思っていたのよ。でも、この間の話の通り貴方は私達を心から応援してくれてて、いつか貴方が笑顔でこのライブを、PPPを応援して、自然に乗っちゃうようにしなきゃって。沢山沢山沢山沢山沢山沢山沢山たぁっくさん練習して、メンバーを集めて。いつの間にか貴方だけを考えて考えて考えて考えて考え続けてた。


 気持ち悪かったら笑って。

 もし肯定してくれるなら笑って。

 貴方が笑顔なら私はそれで幸せ者よ。

 だって私はアイドルだから。」





「アイドルだからって言うのは違いますよね…本当の気持ちを教えて下さい。」


これは嘘なんかじゃ無い。

目がそう言っている。

「これも貴方と同じ。アイドルとしても、私一人としても貴方が好きみたい。

   ……どう?笑ってよ」



僕は濡れた髪に手をかけ、しっかり微笑んで見せた。


「貴方だけのプリンセスで居させて」



抱いた僕の腕は雨でびしょぬれだった。





空は相変わらずの暗い色だが、走ってきたバスのライトが雨粒を黄金色に変えて、道を銀色に変えた。


「また明日、ゆっくり話そう。」


バスの中から、僕のプリンセスを見た。




とても、華やかだ。

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