ヘッドフォン越しのロマンス
「この間はありがとう…おかげで濡れずに無事に帰れた。南極大陸のブリザードに比べれば全然大したこと無いけれどね。」
比べる対象が可笑しい。
仕事の関係でまたお話させて貰いに来たらマネージャーのマーゲイさんが体調不良らしくて、代わりにリーダーのコウテイさんが対応してくれた。
出されたジャパリパーク名物
…でも何でも無いセルリアン色のハーブティーを啜りながら書類を見せ、同意を貰うだけで終わってしまった。
というのは、マネージメントをすべてマーゲイさんに委ねるPPPの皆さんからすりゃ、
内容の詳細を聞き、
やるよorやらねぇよざけんな凍ってろ
の二択になる。
なのでリーダーの同意を得れれば今日はmission completeってとこ。
する事無いし暇なので、勉強の為にもお茶啜りながら世間話としゃれ込んだ訳だ。
「ブリザード…か、雪とは無縁の南国の人間だからイマイチわからないんです。」
そう、俺は南国の人間。
「まぁ全部のペンギンが寒い所にいるわけじゃ無いんだ。例えばフルルとかなら草が生える位には暖かい所の出身だ。」
「へぇ、初耳です。それにしてもフルルさんとグレープさんって仲良いですよね?」
気のせいだろうか。いや違う。
この話をした途端コウテイさんの顔がピリッと張った。
「…そうだな、仲は良いな」
言い方がどうにも引っかかった。
「仲…“は”?それっt,」
「黙れッ!」
唐突にコウテイさんが声を荒げた。
机を叩きカップをどっと浮かせた。
「あっ…えと…すまない。」
そしてへなりとうつむいて静かに座った。
「…何も無かったらこんな反応しないですよね、俺もヘンな事聞いてごめんなさい…」
目の前のペンギンは静かに顔をあげた。
「面と向かってじゃ…話せる気がしない。それくらい思い出すのも辛いんだ…
…ケータイの番号、教えてくれないかい?
いっその事全部吐き出したいんだ。良い機会かも知れない。私にとっても。」
俺は電話番号を教えた。
___________________
夜。
教えられた番号から電話がかかって来た。
テレビ電話を提案されたので従った。
「すまない…夜更けに。それで…ホントに聞いてくれるんだな…?」
ヘッドフォン越しに伝わって来る声が震える
画面の向こうには風呂上がりなのか、艶っぽいコウテイさんが暗い表情で座っている。
「ご自分で言ったんでしょう?俺は構いません、どうぞ?」
淡々と始めた
_______________
幼い頃のコウテイ。
集落で動物として生きていた頃の事だ。
好奇心旺盛な幼い彼女は、
近場の少々気温の高い岩場に遊びに行った。
{…あったか~。}
ぼけぼけと太陽光に暖められていたのだが…
そこに、セルリアンが。
{いやっ…こないでぇ…}
大きな体を起こしふよふよと浮き寄ってくるセルリアン。
ガァーッ!ボェーッ!ドォアァーッ!
声を振り絞り、小さな彼女は地に足をしっかりと立て走った。
だが、元々走行能力の低いペンギン、それもヒナである。
しにたくない…たべないで…たべないで…
こわいよ…
小さな彼女は必死に足掻いた。
だが、懇願は聞き入れられなかった。
すべて悟る前に呑み込まれる。そう思った。
「大丈夫かぁーっ!?」
そこに、
二人…いや、二羽のペンギンが走ってきた。
二人とも同じような風貌を持つ、同種族のフレンズである。
先代フンボルトペンギンと、
まだ垢の抜けきらない若きグレープ…
この頃のボルトである。
「掴まれッ!こっちだ!」
ボルトに抱えられ、セルリアンから距離が離れていく。
セルリアンの攻撃を躱しながら、攻める先代フンボルトの背中が、勇ましく見えた。
ボルトは集落につくなりとんぼ返りでセルリアンの方に走った。
だが…
しばらくして帰って来たのは、
先代フンボルトが付けていたハズの紫のバンドを握りしめた、ボルトだけだった。
___________
「私のせいだ、私があの時逃げられてれば…いや、行くこと自体駄目だったんだ…
あの時あんな事になってなければ…先代フンボルトさんは…先代達が……
ボルトさんとフンボルトさんが…」
泣き崩れ、画面の端で手を握る。
なんて声をかければ良いんだろうか…
そんな事でいっぱいで、俺が学校の檻の中で義務を塗りつけられているような時期の話は入ってこなかった。
泣き疲れたのだろうか、話の途中に飲んだ缶ビールの空き缶を額で潰し、机に突っ伏した彼女はいつの間にか寝息をたてていた。
画面の向こうに行けるなら、タオルケットだろうと布団だろうと何でも掛けてやるのに
そう思いながら、ヘッドフォンを外した。
ショートメールに「おやすみなさい」
とだけ送った。
スマホを充電し、布団をひいて寝転んだ。
もっと気の利いた事を言ってやれればよかったんだが…
気付いたらそんな事で頭がいっぱいで、
よだれを垂らしながら枕に突っ伏していた。
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