小さなゲームセンター、最後の5分間。

月詩龍馬

第1話

 とある寂れた商店街の片隅に、小さなゲームセンターがあった。

 賑やかながら薄暗い店内には、モニターの明かりが浮かび上がる。ここに置かれたたくさんのゲーム機たちは、移ろいゆく時代の中で多くの人を楽しませ、そして見守り続けてきた。

 だがそんな店も、今日一杯で閉店する。開かないシャッターの並ぶこの場所では採算が合わず、営業を続けることが難しくなったのだ。

 日付が変わる5分前。人影もすっかり消えたお店の片隅で、ひたすら一台のゲーム機と向き合う姿があった。

 眼鏡をかけ、真剣な面持ちで鍵盤を叩く青年。彼はこの数日間ずっと、この音楽ゲーム機で繰り返し同じ曲をプレイしていた。

 そう、一度クリアしているはずの曲を、何度も。

 ある日、メンテナンスをしながらその理由を尋ねた店主に向け、彼は言った。

 「最後に超えたいんです。憧れのあの人を」

 そのゲーム機には、ずいぶん前に刻まれたひとつのハイスコアがある。それは青年が初めてここに来た日、とあるトッププレイヤーがこの曲を演奏し、青年の目の前で残していったものだ。

 彼はそのプレイヤーに憧れ、このゲームを始めた。そんな彼にとって、このハイスコアを超えることは、あの日見た憧れの背中に追いつくことを意味していた。

 だがそのチャンスも、あと5分。

 演奏を終えると同時に、青年は首を横に振る。渾身の演奏も、あと、3点だけ届かない。

 時間を考えると、次が最後の選曲だ。彼は力を抜くように軽く息を吐くと、躊躇わずに同じ曲を選んだ。

 一瞬の沈黙の後に流れるのは、この場所に何度も響いたメロディ。その上に、鍵盤を叩く音が乗せられていく。

 慎重な出だしから難所をくぐり抜け、これまでになく順調にスコアを伸ばしていく青年。ひとつひとつの音を積み重ねながら、これまでの全ての思いをこの一度にぶつけていく。

 ついに、最後のフレーズが一つの間違いもなく見事に奏でられた。

 切り替わった画面に映るのは、彼が今まで見たことのない数字。そして、店舗のハイスコアを超えたことを表すメッセージだった。

 「やった、超えた!」

 青年は興奮気味に拳を突き上げると、すぐさま携帯を取り出し、その画面をしっかりと写真に収める。それから慌ただしく荷物をまとめ、半分降りたシャッターをくぐって、静寂に包まれた夜の街へと消えていった。

 そして迎えた午前零時。一人の青年のささやかな夢を見届け、小さなゲームセンターは、その歴史に静かに幕を下ろした。

 この場所でいつも流れていたあの音楽は、もう二度と聞こえることはない。だがその旋律は、いつまでも一人の青年の心の奥で奏でられていることだろう。


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小さなゲームセンター、最後の5分間。 月詩龍馬 @t_tsukishi

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