胸囲の格差社会

秋雨ハイド

プロローグ

 財政や国民、技術面でも豊かになり始めたこの『バスト王国』は、いつにも増して賑わっていた。

 大量の紙ふぶきが舞う中、街中には出店が立ち並び、絶え間なく花火が打ち上げられ、パレードの一団が国中を行進して回っていた。

 このお祭り騒ぎには当然理由がある。それは、バスト王国に新たな国王が誕生する記念すべき日を祝うためだ。

 一般国民では普段なら決して入ることを許されない王宮だが、今日の記念式典には貧富を問わず、全国民の立ち入りが許可されている。

 とはいえ、王宮庭園の立食パーティーに参加している者の多くは、煌びやかなドレスやスーツを身に纏っている上流階級の貴族たちで、参加しようとする一般国民は気後れしてしまっていた。

 それでも、王宮周辺には新国王を一目見ようと、柵越しではあるが多くの一般国民たちが詰め掛けていた。


「新国王様はイヴァン様なのだろう? あのように気高い御仁が、爵位も無い元平民だったなんて信じられない」


「ええ。それでもこの国に数多くの繁栄をもたらした方ですもの。それに、気の毒だけれど、前国王様はご子息に恵まれなかったものね……。ご息女のフレイア様は身体が弱くて、早くに亡くなったと伺っていますわ。イヴァン様もさぞお辛かったでしょうに……」


「それでも、イヴァン様は過去に騎士団長を勤めていたし、退役後は技術開発局でいくつもの成果を上げられていた」


「その通り。だからこそ、我々貴族だけではなく国民や王家の方々からの支持も厚いのだ。前国王様もイヴァン様になら後を任せられると安心して天に召されたに違いない」


 貴族たちがワイングラスを片手に雑談をしていると、王宮内から衛兵が歩いてきて、皆に呼びかけた。


「皆様、静粛に願います。これより、第十八代バスト王国新国王『イヴァン陛下』より御言葉を頂戴致します」


 衛兵の言葉に粛々とした拍手が上がり、皆一様に上層階にあるバルコニーに視線を向けた。

 そこから現れたのは、重々しい鎧に身を包み、王家の紋章が刺繍されているマントを羽織った新国王イヴァンだった。その後ろには大臣と現騎士団長ジークハルトが控えている。

 イヴァンの姿が見えるとその場にいる者たちは拍手を止め、一礼した。それを合図にイヴァンは口を開いた。


「先ず皆には、此度の宴に足を運んでくれたことに礼を言う。私は前国王陛下からこの国を託された。亡き陛下や其方ら国民の期待に答え、この国をより良い国にすることを約束しよう」


 国民たちは皆、イヴァンの言葉に聞き惚れて笑顔を浮かべていた。これから作り上げられるイヴァンの国はどのようなものなのかと思いを馳せ、国民一同が期待に胸を膨らませていた。


「そこで、私は今一度この国を見直す必要があると判断した。具体的な改正内容は追って知らせるが、この場を借りてその一部を読み上げる。先ずこれからのバスト王国では、国民の全てをAからFまでの地区別に分ける。区分けをするにあたり階級による選別を行うが、国民一人ひとりの階級を分ける際の判断基準は従来のものとは異なっている。男は能力・容姿・学力などから判断し選別する。女は能力や学力以上に容姿、主に胸囲のサイズを基準に選別する。尚、この判断基準には男女ともに財力や血統は考慮しないものとする。これに逆らえば反逆罪と見做し、その場で斬り捨てる。……以上だ」


 その場にいる大臣や貴族を含め、国民たちはあまりに唐突な出来事に思考が追いつかなかった。

 イヴァンの口から冗談である事を告げられるのを願い、国民たちは次の言葉を待つが、イヴァンは何も言わずにマントを翻し王宮内へ戻ろうとした。それを見た貴族のひとりが声を張り上げた。


「じょ、冗談だろう……? そ、そんなこと急に納得できるか!」


「そ、そうだ! いくらなんでも横暴だ!」


「嘘だと言ってください! イヴァン様!」


 これらを皮切りに次々上がる不満に、ようやく我に返った大臣がイヴァンを説得しようとする。


「お、お待ちください陛下! いくらなんでもそのような不条理は……!」


 イヴァンは足を止め、大臣に目を遣った。


「不服か?」


 大臣を見るイヴァンの瞳には一切の光が無く、大臣は自分の心臓を握り締められているような寒気を感じた。それでも、前国王からイヴァンの補佐を頼まれた使命感に駆られ、どうにか口を開く。


「こ、このままでは暴動が起きます! 歴代の国王が築き上げてきたバスト王国の伝統をこの様な形で終わらせ――――」


 大臣はそれ以上言葉を続けることができなかった。

 大臣が視線を落とすと、そこには自身の体に突き刺さっている剣とそれを握るイヴァンの手。そして、溢れ出始めた自らの血を見てようやく大臣は自分の状態を知った。

 イヴァンの凍りつくような眼を最後に大臣は意識を失い、バルコニーから転落した。

 貴族や一般国民による暴動が起きかけていた王宮庭園に、血まみれの大臣が落下してきた。その無惨な姿を見たひとりの女性貴族が悲鳴を上げ、それを皮切りに国民たちの暴動は逃走へと変わった。

 逃げ惑う国民たちを兵士たちは何もせずただ見ているだけだった。そして、バルコニーではイヴァンと騎士団長ジークハルトが何事も無かったかのように話し始めた。


「状況は概ね予定通りだな。そちらはどうだ? ジークハルト」


「は。こちらも手筈は整っております。既に国境の壁は強固なものになり、壁周辺には兵を配置してあります。国境を一歩でも越えようとする者がいれば即座に排除できます」


「よろしい。では、武装した兵を率いて国民の選別を開始せよ」


「了解しました。閣下」


「……よせ。私は疾うの昔に退役した身だ。今の私は、ただの国王に過ぎん」


「失礼しました。陛下」




 国王イヴァンの勅命により、国民の選別という名の粛清が始まった。反発する国民たちは王宮兵士によって反乱分子へと変わる前に迅速に弾圧された。これにより国民たちは団結することすら叶わず、武力と権力による圧政を前に為す術なく従わざるを得なかった。


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