空と地の花・上
シャルロッテはランスと、左手の大盾を構える。一対の翼と、一対の三日月、一対の花、そして中央に樹のような模様が描かれた盾。“
北部大陸のプレートアーマーと中央大陸大和の甲冑が合わさったような形の鎧。腰鎧に当たる部分には二対の白い翼が設けられ、シャルロッテの動きに合わせて微かに揺らいでいる。お世辞にも“
「シャリ―さん、その恰好は……」
茫然と、マロンはシャルロッテの姿を見て呟く。一年近い付き合いを経てなお、知らない姿であった。
突如として相手が鎧を身に纏ったため、幽霊達も警戒をして包囲を緩める。
「うへー重たー……」
「重たいんですか……」
開口一番の台詞に、思わず脱力するマロン。普段から金属製の槍を振り回しているため、全身鎧でもなければ大丈夫、かと思いきややはり重かったらしい。右手のランスを地面に突き刺してもたれ、ダレたようなポーズをとっていた。
「動けるけど重い物は重いのー」
「は、はぁ……」
何をさも当然のことを聞いてくるのかという調子のシャルロッテの言葉に、曖昧に返すマロン。そんな反応を見てか、当の本人はケラケラと陽気に笑っていた。
「笑っていられる状況下では無いぞ貴殿」
「わかってまーす」
若干間延びした声でフォー・ストームの忠告に答えるシャルロッテ。緊張が解けたためだろうか。それにしても気が抜けすぎのようにも思えるものだが。マロンの記憶を辿ってみると、普段のシャルロッテはマイペースであった。戦闘中にここまで気が抜けているのは流石に見たことがないが。
「鎧でねー気が抜けるんだー。気分が軽くなると言うか落ち着くと言うか―」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「リラックス? 効果があるだけだし、だいじょぶー」
会話をすれば会話をするほどマロンの方としては不安になってくるものの、シャルロッテはのんびりと槍と盾を構える。シャルロッテの言う鎧の力の影響下もしれないが、幽霊達やオベロンを相手に臆しているような様子もなく自然体で武器を構えている様に見えた。
「げに珍妙な事態よなぁ。こうして余が“生きている”というのに、我が鎧を身に纏う不審な者が居るのだから!」
「ナンデダロネー」
露骨な棒読みで話を逸らそうとするシャルロッテ。普通ならばさらに追及するのだろうが、相手は言動が狂いに狂っているオベロンである。
「愛いぞ愛い。愛でてやろうあぁぁぁ……死ね! クハハハ! 潰せ殺せ蹂躙せよ! 余は悲しいぞ……あ、あ奴等を早く殺せ! 恐ろしい……っ!」
取り乱しつつも怪腕を振り、オベロンは岩石化した地面から抜け出そうとしている。もう膝小僧あたりまで掘り出しており、あと少しで抜け出しかねない状況であった。
「マロンちゃ、魔法唱えといて」
「ふぇ?」
「他の“業”使えないから、倒すのは任せるねーっと!」
「えぇ!?」
オベロンの命令を受けた瞬間、躊躇なく襲ってきた騎士の一撃を盾で受け流し、右手の槍で牽制の意味もある心臓部分狙いの突きを放つ。だがいくら“神聖銀”の槍でも『風槍《エアーランス)』の発動していない状態では金属の鎧を穿つことは叶わず、わずかに傷をつけて警戒させる程度しか出来ない。
「ほらー!」
「あ、えっと……集中しますっ」
マロンが状況に困惑しつつも、たしかに他の業が発動していないことを確認すると、無理にでも頭の整理を行い、再び深い思考へと没入していく。
「私だって守る術(すべ)くらい持っちょるわーい。使って無かっただけで……」
ガインと金属同士が強くぶつかり合うけたたましい音を奏でながら、盾と剣が交差する。剣を受け止めるのではなく、“力を別の方向へ受け流す”技術。生来、力の弱い妖精族が武器を持ち、そして防御を行う際に力でやられぬ様に磨くもの。
シャルロッテが普段ランスを両手に携えながら無意識的に使っているが、この技術を本来適性とされた盾で用いたならば。
「ギッ!」
「じゃっま、じゃぁ!!」
渾身の一撃を盾で受け止められたと思った瞬間、剣が滑って体勢が一瞬だけ崩される。その隙をついて胴体部分に全力の前蹴りが放たれると、体幹がズレていた騎士は派手に仰け反って後ろに倒れた。
そんなシャルロッテの右後方ではシルフの騎士が短剣を持った騎士と肉薄していた。
「クスクス……」
敵の剣を、風の盾という物理的な原理が不明なもので必死に受け止めながら、なぜか笑い続けているシルフの騎士。しかし幽霊が手に持っているのは短剣である。ボクシングのジャブでも放つかのように、何度も何度も短剣を突きだすような攻撃をしていた。
「あぇ!? 強いと思ってたら……大丈夫なの?」
ふと後ろに目を向けて見れば、明らかに幽霊に押されているシルフの姿。一度見た時、あまりにも強キャラ感を醸し出していたため安心していたのだが、どうやら技量に関しては業の使用者であるシャルロッテに及ばないらしい。
「シャッ!!」
「クス……」
幽霊の短剣がシルフの騎士の胸部らしき部分へと迫る。半透明の剣は、胸部装甲など存在しないために容易くその胸を抉り……と、思いきや。するりと剣がすり抜ける。
「えぇー……」
シャルロッテは困惑したような声を漏らしたが、そもそも別次元の生命体である精霊にヒトは触れることは出来ないのだ。七法上で隣り合った存在というわけでも無いため、同じような存在に見えたとしても、幽霊が“精霊そのもの”に触れることなど出来ようはずも無かった。
「フフフ……」
幽霊の意表を突いたのが楽しいのか、シルフは怪しげに笑い。あたかも鈍器を扱うかのように、右手に持ったランスで幽霊の騎士の頭部を殴り飛ばした。
元が女性の腕のように細く美しいと称されるシルフの腕だが、今は風を取り込んでオベロンもかくやという巨大な腕にも見える。その腕は第一印象というものをまったく裏切らず、凄まじい怪力でもって幽霊を祓った。
「つよっ!?」
思わずシャルロッテも唸る攻撃。先ほどから周囲で響いている金属音とシャルロッテの呟きに、マロンは周囲の様子がかなり気になるようであったが、頬を叩くなどして気合いを入れ直している。
「ジョン、リグイニ、貴様らは右舷から小娘を攻めよ。リュディカとベドラは余の言うとおりに攻めよ!」
ふとオベロンから幽霊の騎士達に指示が入る。
「うわっ……いやな位置どりぃ……」
「余が弱点を知らぬとでも? 愚かな反逆者も居たものだなぁ?」
「……うざーぃ……」
オベロンの自信満々な物言いに対し、珍しくも辟易とした表情になるシャルロッテである。いくら憧れであろうと、こうも煽られればイラつきもするであろう。
「袈裟、左、左後方」
しかしぶつくさと一人ごちる暇も無かった。盾を持つ左手側の方に敵から少しの隙もなく攻撃を加えてきており、更にはオベロンの指示に忠実に従った長剣使いがシャルロッテの意識が逸れた一瞬の隙を付いてくるのだ。声を聞いてからの一瞬のラグがあるため対処は可能であるが、反撃をしても回避されてしまうのだからタチが悪いと言う奴である。
「グオァ!」
「んなの喰らうかー!」
シャルロッテが身に纏っている鎧の腰部分。そこに取り付けられた白い翼のような装飾が不自然に蒼穹へ向けて伸び、シャルロッテのがら空きの首元を貫かんとしていた槍を、やんわりと受け止める。
「おーとしーるど。とか言うんだっけ」
何やら感慨深かったのか、「ほぇ~」と気の抜けた声を出すシャルロッテ。
「初めて見た」
さらりととんでもないことを言い出す見た目ロリである。マロンが目を開けてその光景を見ていたならば、顔を真っ青にしていただろう。口ぶりからするに機能の存在は知っていたようだが、実際に見たことが無かったならば博打もいいところである。
「クッハッハッハ! やはりそれは、余が定めし“三種の神具”が一つ! 絶対なる防御を誇る守護の鎧……! だが……」
オベロンが高笑いをし、シャルロッテが身に纏う鎧を指してその名を呼ぶ。情緒こそ不安定であれ、生前の記憶はハッキリとしているようであった。オベロンは何か違和感を感じたようで。“脚を地面から抜き出しながら”シャルロッテに問う。
「“何故兜が無い?”」
「知らない」
シャルロッテは即答した。嘘をついているわけでは無く、本心として
オベロンは真偽を確かめるかのようにジロリとシャルロッテを睨んでいたが、やがて脚にこびりついた石を掃う作業へと移る。潔癖に見えるほど丁寧に取り除いており、巨大な手でよくも正確に、破片だけを取り除いていた。
だがそちらにオベロンが集中し始めた影響で、指示に従って攻撃していたオベロンの動きが対処しやすいものになり、時折シルフ達が援護攻撃もしてくれるため余裕が出てくるようになった
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