空と地の花・下
そしてその三分ほど後、目を素ぶって魔術式を唱えていたマロンが目を見開いた。本来は茶色のマロンの瞳が、青白い光を湛えている。
「シャリ―さん、いけます!」
「よしきた! フタリも下がって!」
シャルロッテは幽霊の攻撃を払いのけると、マロンの居る後ろに跳んだ。しかしシルフの騎士二体はむしろシャルロッテも含めて守るかのように位置取りをし、危険な場所に留まったままである。
「巻き込まれるよ!」
「クス……ダイジョウブ」
花のような形をした盾を持ったシルフが、笑って、答えた。マロンだけでなくシャルロッテすら驚いた様子を見せたが、マロンはシルフの言うことを信じて、起死回生の魔法を発動させる。
「〔
二人の視界が紫色に染まった。周囲を取り囲むように展開される、雷の様相を成す魔法の
かつて瞬火の村を襲った巨大機壊、機体名アウグセム・エウグレムを屠る決め手となった、超火力を誇る雷属性の上級魔法。
「うきゃっ!」
あまりの光景にシャルロッテが悲鳴をあげる。稲妻が空を焼き、草木を焼き、視界を焼き、そして幽霊達を
シャルロッテ達の周囲を覆うかのように円筒状に虚像が発生し、その範囲内に居た“魔力が干渉可能な存在すべて”に、凄まじい電気が走ったという結果が残る。
「ギッ」
幽霊達は雷の高熱や熱せられた鎧によって全身が焼け、瞬く間に消滅していく。
「すっご……」
虚像と共に周囲のほぼ全ての幽霊達が祓われて消え去り、一体の景色が妙にスッキリとしたのを見たシャルロッテは思わず感嘆の声を漏らす。あれほど苦戦していた幽霊達が一瞬にして倒されたのだ。どことなく気分が良く感じるのも仕方がないであろう。シャルロッテ的に言えばプチプチの梱包材を、雑巾のように絞って一気に潰しているような感覚である。
「うっ……」
「マロンちゃ!?」
背後で膝を付く音が聞こえた。シャルロッテが振り返るとマロンが苦しそうに息をしながら俯いており、まるで全力で運動をした後かのように冬でありながらうっすらと汗までかいていた。
「大丈夫です……その、魔力の半分ぐらい使ってぶっ放したので、魔力欠乏で疲れが出ただけです……」
「それだいじょばないやつ」
マロンの状態を気にかけて抱き起しながらも、シャルロッテは周囲を見て状況確認をする。まだオベロン配下の幽霊は残っているか、地形に何かしらの変化が生じたか、シルフ達はどうなったのか、オベロンはどうなったのか。
シャルロッテが視認できる範囲には活動している幽霊はオベロンしか見当たらず、一方でシルフの騎士は怪我など追っていない様子で。むしろカラコロと鈴の音のような笑い声を奏でていた。
異次元の存在である精霊には、特殊な空間魔法を用いなければ直接の干渉は一切不可能である。幽霊に干渉するための魔法を常時発動している現在、先ほどの切迫した状況も踏まえれば、マロンがわざわざ味方を削るような魔法を併用・発動しているわけがなかった。
ようするにシャルロッテが無駄に心配していたという話であり、本人はホッと肩をなで下ろす。
「死したか」
オベロンは部下の騎士達が全て祓われたことを理解すると、呆けたように一言だけ喋った。絶望しているようにも、悲しんでいるようにも聞こえるが。その瞳は“笑っている”。
「仲間達がやられた事。余が悪いと思うかね」
「……誰に聞いてるの」
「勿論お前だ。余の、“子孫”よ」
「うなっ!?」
シャルロッテが全力で驚いた声を出す。先ほどまでは反逆者など、あまりにも狂ったようなことばかり言っていたというのに。唐突に、真実を突いてきたのだ。戯言として言っている様子もなく、穏やかな表情と声音で。
「子孫……?」
マロンが訝しげにシャルロッテを窺う。心の整理などとは聞いていたものの、それがまさか血縁関係のある存在が敵だったとは思っても見ない事であった。子孫という言葉からかなり離れた血縁であると読み取ることが出来、さらに言えば一人称や言い回しなどから高貴な身分であるとも。
そしていつの間にか居なくなっているが、フォー・ストームがこの幽霊のボスらしき存在の名を呼んでいたのを聞いた。
「難しい推理ではない。我が鎧を身に纏い、妖精槍術を振るう。故にそなたが妖精族であり、血縁関係があることは明白。我が家系が没落するなどあり得んからな」
「自信過剰だね……合ってるけど」
シャルロッテは嫌そうな顔を浮かべながら正解だと答える。そしてチラとマロンの方を見た。
マロンはその一瞬に見えたシャルロッテの表情を見て、シャルロッテのルーツについての事を忘れた。いや、ヒトである以上は意識的に忘れるなど不可能なのだが。シャルロッテの事を考えないようにして。考えてしまうことが無いようにと、記憶に蓋をしたのだ。
(シャリーさんは、今日だけで様々な一面を見せてくれたから。もうお腹いっぱいだから大丈夫、なんて)
マロンはシャルロッテの横に並ぶと、横目に見てくる彼女に向かってふわりと笑いかけた。朗らかに、穏やかに。
「なんだか頭が働かないです」
と、冗談めかして。
それから三秒ほど経って、シャルロッテは屈託のない笑顔を見せた。
「美しい友情だ。何があったのかは知らぬが」
バチバチと巨大な腕で拍手をするオベロン。まともな抑揚で、台詞と比較しても違和感のない顔で語っている。
「余は死んだらしいな。その当時の記憶は無いが」
「……ご先祖様……」
一体だけ残った皇帝は。空を見上げた。追憶にふけるかのように一瞬目を閉じたが、遠くに聞こえた鳥の声を聞いて、瞳で天を覗く。
「美しい世であるな。ここは、【最果て】ではないが……壮健なる草木。揺らぎては陰る木漏れ日の波。凍える寒さだが、春になれば胡蝶も舞うのだろう」
「元に、戻った……?」
オベロンの言葉に茫然と耳を傾けていたマロンがぽつりとつぶやく。それに答えるかのように優しげな瞳と笑みを向けて。
「お前達を殺そう」
「なっ!?」
「得物を構えよ。この腕は“破壊”の権能を持ちし、“カミの御手”。森羅万象を掌握する、“絶対殺傷”の力である」
手の甲を顔の辺りまで持ち上げて見せ、腕の力についての説明をするオベロン。しかしマロンとシャルロッテはオベロンの心情を掴み切れず、だらりと得物を手に持っているだけであった。
先ほどまで冷静でいて親愛すら感じられていたというのに、殺害宣言によって混乱が引き起こされたのだ。声音はまったく変わらず、狂気的と言うよりもむしろ淡々とすらしている。
「な、なんで! 元に戻ったんじゃ!?」
「余はそのような事は一言も語っておらぬさ。おかしい事だとは完全に分かっている。だが、余はお前達を殺さなければならん。手心も無く、全力で、無惨に、ヒトであったと認識できぬ程に。潰さなければならない」
傍から聞けばまったくもって理解不能な論理。マロンはひとまずじりじりと後ろに下がったが、シャルロッテはランスと盾を地面に刺したまま、オベロンを見上げていた。
「子孫よ。我らは戦わなければならない。殺しあわねばならない」
「話をすることも、出来ないの?」
「……お前達を殺すことが“黒花獣”としての宿命であり、呪いであり、使命であり」
「そして私を滅ぼすのがお前達の役目だ」
少女は祖先の言葉を聞いて、盾と槍を地面から引き抜いた。
神聖銀製のそれらはどろりと溶けるかのように姿形を変え、二つに分かれていた物が一つに纏まり、棒状の物体へと変化していく。シャルロッテの身長以上はあろうかという槍。先端の刃物部分が三つ又に分かれた独特な形状をしたもので、北部系大陸ではトライデントなどと呼び称される武器。
さらにシルフ達を一瞥して、二体どちらもが頷いた(ように見えた)のを確認すると、『
「よろしい。だが、一人で良いのかね。そこの娘も一緒で構わんぞ」
「……シャリーさん」
風によって木々が揺れ、葉っぱの揺れる音が鳴る。
マロンは槍を右手に持って石突で地面をつくと、大きく一つだけ深呼吸をした。オベロンは何も言わず、両腕を上に伸ばして伸びなどをしている。
緋色の髪をなびかせながら、シャルロッテは振り返って、はにかんで言った。
「キツイかもだけど、一緒に戦ってくれる?」
そして開いた左手を手の平が上になるように、マロンに向けて差し出す。その手を取ろうとして、直前でマロンは躊躇した。
「良いん、ですか……? シャリ―さん一人じゃ、なくて」
「マロンちゃんのおかげ……というか、ごめんなさい、なんだけど。……守ることの気持ちは、わかったから。乗り越えるきっかけがわかったから。だから、絶対に勝つために、マロンちゃんの力を、貸して」
シャルロッテの返答はとても拙い言葉であった。言葉をまとめきれず、まったく簡潔ではないが、マロンはクスリとちょっとだけ笑って、シャルロッテの手を取る。
「わかりました。ですけど、もうあんまり魔力も残ってないですよぅ?」
「花の力があるでしょー」
「まぁそれもそうなんですけど……ふふ」
二人は緊張感なく冗談を言い合いながら、手を繋ぎつつ横に並んだ。
シャルロッテは“黄宮堅護”を身に纏いながら、
マロンは黒のローブと魔法使いの三角帽という出で立ちに、神聖銀製の銀色に輝く箒の形をした杖を持ってニコリと笑った。
「そうか」
オベロンは満足したかのように鼻を鳴らして一度だけ笑い、そして怪腕の目立つ両腕の脇を絞める。
「では行くぞ」
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