とある冬の日・下

「おお、しゃるろって殿!」

「か、角王さま……」


 夕食後のおやつにチョコケーキでも買いに出ようかと、リリアに金を貰って外に出掛けたシャルロッテ。風に対しては完全な耐性を持っているのだが、流石に冷気までは防げないため、今はもこもことした見るからに温かそうな恰好をしている。

 桃色のガウンコートに濃緑色の手袋をつけ、毛糸で編まれた赤いマフラーとニット帽を被っていた。その時点でかなり温かそうなのだが、薄いピンク色の耳あても付けているためかなりあったかである。


 ついでにニット帽に、ワンポイントとして猫のキャラクターが描かれたものと、花の模様のかかれた缶バッジをつけており、少女らしい可愛さも見せているようだ。

 まぁ飲酒も可能な十八歳の女性なのだが。


「な、なんですかその恰好……」

「おう? 凄いじゃろう! 幼子たちが儂にくれたのじゃよ。くりすますつりーと言うらしいのぅ」

「クリスマス、ツリー…………あの……えっと……」


 花の騎士公認のアホの子たるシャルロッテですら全力で困惑する光景。見るからに立派な角王の角に電飾やらモールやら人形やらが吊り下げられているのだ。普段から酒入りの壺などが吊られておりゴテッとしては居るのだが、今日にいたっては目も当てられない様な惨状であった。


「お、重くないんです……?」

「うむ? 確かにそうじゃのぅ。楽しげなんじゃが、少々重たいかもしれんなぁ……」

「ツリーって言葉の意味は知ってるんです……?」

「いやぁ。横文字には疎くてのぅ。じゃが、クリスマスというのはあれじゃろう? 冬に行う行事のことじゃろう? みんなが赤と白の服を身に纏って、街を練り歩くとかいう……」

「う、うぅん……? そんなのだっけ……でもなんか違うような……? でもここ最近たしかに多いような……?」


 なんとなく知ってはいても、その手の事には酷く疎いシャルロッテである。博識なゼルレイシエルならばサラリと説明できそうなものだが。それでもツリーの意味ぐらいは知っているため、そのことを角王に教えるか教えないべきか暫し黙考する。

 この状況を見たミイネならば「無知シチュですか、最高だと思います」などと言うのだろうが、そんな特殊なモノなど知らない彼らは考えもつかない。


「まぁそれは良いのじゃが。しゃるろって殿はどこに行くのじゃ?」

「チョコケーキ買いに行くの。いばらき……茨木? さまの家の前に美味しいケーキ屋さんがあるんです!」

「いばらぎ。じゃな。うむ、うむ。そうして食に舌つづみを打つのも大事な事じゃよ。ジン生を楽しむにはのぅ」

「……そうなんですかー」

「そうなのじゃよ」


 ジン生などと哲学的な事を言われてもピンとこないシャルロッテは、適当に相づちをうつ。角王も何故か上の空な返事を聞いて満足そうな顔をして頷いており、マイペースな二人によるなんともカオスな空間が出来ていた。


「角王様ァァァァ!! こんなところに居られたんですかぁ!!」

「むぅ……見つかってしもうたか……」

「しもうたかじゃないですよぉ! 急に居なくなるのとか勘弁してください~! 学校長だけでも大変なんですから……本当にお願いしますよぅ……」

「学校長殿がどうしたんじゃ?」


 可愛らしく小首を傾げる角王。とは言っても身長が二メートル近い誇大な鹿である。半端ではない威圧感と共に、角に吊られた様々な者がチャリチャリと音を鳴らすため、真正面に立つと恐怖心がえげつないことになるのだが。角王を探してやってきた男性……シャルロッテ達のクラスの担任、ベリスはぐっと堪えて角王を見据えた。


「学園長も角王様も自由人過ぎるんです!! 私達に何も言わずに飛び出しちゃいますし、行く先々で苦情が来てるんですよ!!」

「ふむ……そうなのかの?」

「そうなんですッ!! 茨木様に頼まれて角王様のお世話をさせていただいておりますが、正直に言わせていただきますと、凄くしんどいんです!!」

「お、おぉう……それはすまんかった……」「ひぇ……」


 初めて見るベリスのガチギレに、思わず萎縮する角王とシャルロッテ。普段温和な人ほどキレると怖いとは言うが、シャルロッテでさえ驚くほどの迫力である。思わず漏れた悲鳴の言葉を聞き取り、ようやくベリスは角王の傍に居る少女の存在に気が付いた。


「あら、シャルロッテじゃなぁい。どうしたのよ。もう夕方だけどぉ」

「ケーキ買いに行こうと思ったら角王さまがいてー」

「角王様ァ?」

「何もしてないぞぃ! 冤罪じゃあ!!」


 ベリスから向けられる非難の視線に、断固として抗議する角王である。だがベリス達、魔法学園の職員たちからすれば、(変な状況になっていたとはいえ)体育祭の目玉競技を台無しにされ、さほど自分達に益があるわけでもないのに、神獣という最上級の上司に当たるような存在の世話をさせられているのだ。ぶっちゃけて言えば疫病神のようなものである。神獣院から手当こそ出るものの、到底仕事に見合っているとは思えない心労のかかり具合なのだ。


「もう角王様は報連相をちゃんと行う癖でもつけてください! 要らぬ疑いをかけられるのはそういう所が原因なんです!! っていうか中庭の芝生をめちゃくちゃに食い荒らしておいて何が冤罪ですか!!」

「ホウレンソウってなんじゃ!? そもそも儂って元は野生動物なんじゃが!??」

「今はっ、神獣でしょうがっ!!」

「わかった、わかったから落ち着いてくれぇ! あまり叫ばれると心臓に悪いんじゃよぉ!」


 神の使いとされていても鹿は鹿。本質的に臆病である為、本気でベリスの大声にビビッている角王である。流石に堪えたのか、どことなくシュンとした表情をしながら項垂れた。

 男性らしいパリッとしたスーツを身に纏ったベリスは、頭痛のする頭を抑えながらシャルロッテの方を見る。


「えーっと、ケーキ屋に行くんだったかしらぁ?」

「そうです。そうです」

「どこのお店ぇ?」

「いばらぎ様の家の前のとこの!」


 シャルロッテの話を聞いて興味深そうに頷くベリス。


「あー、あそこねぇ。あそこも美味しいけど、小町通こまちどおりにある沙羅シャラって言うお店なんかもおすすめよぉ」

「しゃら?」

「そうそう。羅刹劫宮《らせつこうきゅう》の前のMiAはクリームは美味しいけれど果物が今一つなのよねぇ。沙羅は果物が凄く美味しいわよぉ。【最果ての楽園】地方の農家から直送しているらしいわねぇ」

「おー。美味しいもんねぇ、あの地方のフルーツ」


 ポフンと手袋をつけたまま手を合わせて、ニッコリを顔をほころばせるシャルロッテ。ミイネが見れば卒倒するであろうが、ベリスはその反応を見てニコニコと笑った。妹的な感覚なのだろう。シャルロッテは自分の出身地方のモノを褒められてか、かなり良い笑顔であった。


「あれ? でもなんでそんなに詳しいの?」

「ほらあれよぉ! 私って姉が多いからその影響でねぇ。ケーキじゃなくて和菓子屋だけど、香実屋かぐみやなんかも美味しいわよぉ」

「ほうほう!」


 甘いものに目が無いシャルロッテはベリスの言葉に心底興味深そうに頷く。


「まぁ休み時間にでも聞きにくれば、そう言うことも幾らでも教えるわよぉ? とりあえずもう出かけた方が良いんじゃないかしらぁ? 門限って八時まででしょう? というか暗くなってから女の子の一人歩きは危ないわよぉ」

「変な奴がきても返り討ちにするしだいじょぶ!」


 そう聞いてシャルロッテの額に軽くデコピンをするベリス。怒っているような悲しんでいるような表情で、しっかりと目を見ながら諭した。


「こーらっ。駄目よぉ、女の子がそんなこと言っちゃあ。たしかに危険は無いかもしれないけどぉ、好きな人に心配されちゃうわよぉ?」

「恋愛とか興味ないからだいじょぶぃ!」

「あらそうぅ?」

「うん! まぁ、とりあえずわかった! 気をつけて行って来まーす!」


 男らしく腕を組みながら、元気よく走り去っていくシャルロッテを見送るベリス。角王は走り出す音を聞いて、何かを思い出したように顔をあげて叫んだ。


「しゃるろって殿―!! 他の方々に精霊のことについて、もう一度よろしく頼むと、伝えておいてくだされー!!」

「はーい! わかったー!」


 シャルロッテの元気いっぱいな返事を聞いて満足そうに頷いた角王は、ベリスの方に体を向け直した。


「ベリス殿。すまんが、もう儂は街をでるぞぃ」

「随分唐突ですね!? ありがたいですが……どうして急に?」

「お主、もう少し歯に衣着せた方が良いんじゃないかの……まぁよいが、うむ。彼らに伝えるべきはもう伝えたからのぉ」


「そんなものなんですか」と静かに返すベリス。角王――碌星は、道の端に移動を促しつつ、嘆息しながら愚痴を漏らした。


「また、狐と鼠の間で不穏な動きがあるらしくての……やれやれ、仲裁の神獣とは疲れるものじゃよ」

「またですか。この前ニュースで【流厳なる湖沼河】地方で爆破テロと聞きましたが……」

「うぅむ……実を言うとなぁ、今度は彼ら花の騎士に関することらしいんじゃ……」

「なんですって? あの子達が!? しかしなぜ……また鼠ですか?」

「いや……今度は、狐から動いておるらしい」

「狐の方が!? そんなまさか……」

「うむ……儂もまだわかってはおらんのじゃがな……」


 花の騎士達を取り巻く不穏な噂について話がなされるなか、夕日がゆっくりと、【永夜の山麓】地方の鬱蒼とした大森林の影に隠れていった。

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