とある冬の日・上
天使とは八体の存在を指すらしい。
我々の常識なら天使の九階級というものがあり、天使とは無数に存在する存在とされているが。
それぞれ火、水、鉱石、草木、金属、酸、雷、風を象徴しているらしく、また花の化身なのだという変わった話もあった。おそらく冗談か何かだろうが。
各天使には性格なども象徴しているものがあり、
「火炎と憤怒のエ・ラ・フレミオ」(・は必要不可欠らしいとのこと)
「水氷と冷静のアクア・エリアス」
「岩骨と怠惰のロア・ロックス」
「草木と慈愛のリューフローザ」
「金属と野心のガロン・メタリカ」
「煙毒と悲哀のマクロディウス」
「電気と悦楽のジシ・ボルテオ」
「烈風と勇猛のフォー・ストーム」
などと言うように言い伝えられているようだ。なお、一部地域や高齢の方の話では他の物も象徴しており、略称のようなものとも言えるそうだが。
天使と言われれば神の使いというイメージが強いため、悲哀や野心、怠惰などというマイナスイメージのある要素が含まれているのは変わっていると言えるかもしれない。
…………
『幻人類の宗教についての報告書』より
********
「一、二、三……一、二、三……」
魔法学園第二体育館。普段ならば夕方でヒトもあまり居ないのだが、この数日ばかりは幾人かの男女が利用していた。とはいえほとんどの者に面識はないが。
そんな場所で彼らが何をしているかというと、1、2、3というリズムを刻みながら脚を動かす練習をしていたのだ。
「一、二、三……うおっあぶねっ……!」
「下手くそ」
「三点」
「何点満点中?」
「百点に決まってんだろ」
「横からうるさいってのこんチクショウ!!」
ボリボリとスナック菓子を頬張りながら失礼にも点数を付けるマオウ。菓子のツマミには、目の前でこけかけたアリサである。ついでに隣でジャーキーを噛みながらアリサの練習に付き合っていたアルマスが合いの手を入れた。
「つかアルマスはなんなんだよ。一緒に練習するとか言ってジャーキー食ってんのはなんで?」
「腹ごしらえ」
「俺も腹減ったんだけど?」
片手で腹部をさすりながら片目でアルマスとマオウを見る。ジャーキー入りの袋を背後に隠し、スナック菓子を目の前で食い尽くして袋を丸めてゴミ袋に入れた。
「どうせそんな反応だろうと思ったよ!!」
呻き声をあげるアリサ。恨みがましい視線を浴びせるも、なんだかんだで笑った後に食べ物をわけてくれているためやはり仲が良いものである。性格はともかく顔は超のつく美形ぞろいな花の騎士だ。体育館に居る女性の何人かは目の保養……というかイケメンを見るために居たりするのだが……それは別の話である。
「こんなところに居やがったか」
「お、レオン。お前の端末にメッセージ送ったと思ってたが……」
「あぁ? そうか? ……あー……なんでかホーム画面で通知来てねぇな……」
「なんでだろな? まぁ、そんでどうしたんだよ」
ポケットからミントタブレットを取り出して一噛みするレオン。カリッと良い音を鳴らしながら噛み砕きつつ、手元の資料をアルマス達に見せた。
「えーと……冬季文化祭のお知らせ?」
「見りゃわかんだろ。プログラムっつーかなんつーかそう言うやつ」
「おぉ……マトモなプログラム名だな……歌唱王だの絵画コンテストだの模擬店だの……」
「なんかマロンのおじいさん、ぎっくり腰になったらしいな?」
「マジか。あの元気な人がどうしたってんだ」
「なんでも漫画だかゲームに感化されて野性の馬……の代わりに鹿に乗馬をしたら、それが暴れ馬……暴れ鹿? で、振り遅された拍子にやらかしたとかなんとか……」
「文字通りに馬鹿じゃねぇか」
「誰が上手いことを言えと」
流れるような漫才のようなやりとりをした後、文化祭の案内を良く見る三人。「魔法学園・歌唱王決定戦!」「絵画コンクール・最終選考展」「学園一の小町は誰ぞ。ミス魔法学園コンテスト!」「集え! 己の美しさに自身のある者達よ! 第壱四参回、女装コンテスト!」などなど、気になるイベントが目白押しである。
「んで?」
「うん……何かしらに参加してみろとかなんとか……」
「めんどくせぇ……」
後頭部をガリガリと掻くマオウ。レオンはそんな彼を、お前に一番食費がかかってんのに何言ってんだ的な目線で睨んでいると、アルマスがこれかと、とあるイベントを見つけた。
「晩餐会……これだろ? アリサ、お前が言ってるの」
「ん……まぁそうだな。うん。そこでダンスがあるらしい」
「まぁ別に絶対踊らないといけないわけじゃないんだろうが……なのにどうしてよ」
アルマスがアリサに練習の理由を聞く。そう、ただっぴろい体育館の一角でアリサが練習をしていたのはダンス……それも、社交ダンスと呼ばれるものであった。美形だのイケメンだのと良く呼ばれるアリサではあるが、所詮は庶民の出である。趣味で練習したことでもあれば別であろうが、片田舎の村、それも外来人種の少ない村の出身。さらには復讐の為に、剣術の腕を磨き続けるという青春を送ってきたためなおさら無縁な事であった。
一方で実家が大金持ちのマオウである。父親とはかなり仲が悪いため、仕送り等をリリアに頼めないかと言われても断固拒否するような彼だが、幼少期には金に物を言わせた親の力で英才教育を受けてきたのだ。そのうちの一つとして絵画趣味があるが、社交ダンスも一般教養的なモノとして当たり前のように習得していた。
アリサは「いやまぁ……」と言いよどみながら頬を掻く。若干頬が赤くなっている。
「ゼルシエを誘ってみる……かなぁ……なんて」
「おいどうしたアリサ! お前熱でもあるんじゃねぇか!!?」
「全くの健康体だよ、今日はなんだってんだ!!」
アリサの発言に驚くあまり、素っ頓狂な声をあげるアルマス。同じく驚いた表情をしているレオンと顔を見合わせ、普段から大胆不敵というか超然としているマオウもアリサの事を見開いた目で見た。流石にちょっとイラッときたアリサは怒鳴るようにツッコミ返す。
「だってお前がゼルシエを誘うとか……」
「お前らのなかで俺の扱いはどうなってんの!!?」
「へたれ」「頓馬」「アホ」
「よーしお前ら表に出ろ、殺してやる」
怒りに呼応してか思わず手から電気がバチバチと漏れ出るアリサ。温厚なアリサとて怒る時は怒るのだ。とりあえずどうどうと宥め、謝る三人。幸運にも気付かなかったようだが、電気が起きているのを目撃されれば面倒な事になるのは明白である。
「ったく……」
「悪かったっての。しかし……でもなんでゼルシエを? 他の女子でも良くねぇか?」
「良くねぇよ……」
小さく反論の音をあげるアリサ。消え入るような言葉であったため、三人は訝しげな表情でアリサを見た。
「そもそも他のクラスメイトとはあんまり面識っつーか、会話も少ないし……」
「マオウは故郷の幼馴染が偶然居るから別にしても」
「アイツと会話なんかしねぇよ。ボコって食事券奪って終わりだ」
「ゲームの雑魚キャラ的な悲壮感漂ってくるからそういう発言やめろ」
マオウの物言いにすかさずツッコミを入れるレオン。
「……んで、まぁそうなるとゼルシエ達かミイネか……あぁ、萌華さんも居たか」
「狐女はやめとけ。碌な目に合わねぇぞ」
「アルマスうるさい。お前はともかく、俺等は色々配慮してもらってるわ。悪い人じゃねぇよ」
目の敵にしている人狐族の名前が出た途端に噛みつくアリサに対して、すかさずツッコミを入れるレオン。
「…………ミイネは自分から丁重にお断りしてるし……まぁ機械だから嫉妬とか妬みとか関係ないってのはわかるけど……」
「いやほんとおかしいと思うわこれ。男女ペアじゃないと会場入り出来ないとか」
レオンが言っているのは晩餐会の参加資格のこと。某自由人過ぎて困っちゃうお爺ちゃんが決めた、若者にとっては畜生すぎるルールである。
魔法使い族の初等部や中等部は参加できないイベントのため、魔法使い族でも思春期相当から参加できるものである。ぶっちゃけて言えば参加出来なければ負け組確定なのだ。そう言ったことに興味が無ければ別に問題では無いかもしれないが……花の騎士とて青少年である。たとえカップルではなくともとりあえず知り合いでも組んで参加するのが一般的なのだ。(とはいえ母親や父親と参加すると、逆に盛大に恥をかくことになるのだが)
「リリアとかマロンも悪いわけじゃないんだけど……四・五歳も歳離れてるとちょっとな……うん……事案というかその……」
「言いたいことはわかる」
「うん……シャルロッテも……うん……」
アリサは現在二十一歳。マロンやリリア達は十六歳。人間に年齢の近い種族であれば警察に通報されることもある年齢差だ。いや、二十歳を超えていれば四歳差も問題ではないのだが……どうにも花の騎士の面々はゼルレイシエル以外に見た目年齢が成熟しきってないのである。
「おい待てその理論だと俺があのクソチビとかよ」
「おうわかってんじゃねぇか」
「勘弁しろよ……」
ゲッソリとした表情になりつつ、またミントタブレットを口に入れて噛み砕くレオン。大の面倒くさがりの彼からすれば、マオウやシャルロッテのようなトラブルメーカーは天敵でしかない。本当に嫌なのか、頭痛がしているかのように頭を手で押さえた拍子に、ミントタブレットが入っている箱を取り落した。
目の前に落ちてきたため、マオウが手に取って何気なく見る。
「テメェが良く食ってるタブレットって……良く見たら医薬品扱いなのか。まぁ普通の店でも売れるヤツなら強い効果もねぇんだろうが……内容物は……「もう良いだろめんどくせぇ。これが一番美味いんだよさっさと返せ」
好物を取られてムカついたのか、マオウから箱をむしり取るレオン。マオウはその行為にムッとしていたが、何かを言い出す前にいいことを思いついたレオンが言った。
「そういやこれ料理食べ放題らしいぞ」
「むっ」
「ある程度自重しろって感じではあるが……あのチビと大食い勝負でもしてたらどうだ」
「いや、いい……かったりぃ、やってられっかよ。それよりアリサだろ」
マオウが納得しそうな表情を見せたものの、すんでのところで思いとどまる。が、その様子を見てレオンは確信が持てたようで、今度シャルロッテを焚きつけてやろうと企んだ。
「お前そんな理由でゼルシエのこと誘うのか?」
「い、いや……」
「あ?」
「練習してんのは……ゼルシエに恥をかかせたくないからで……」
「おう、理由になってねぇぞ」
「な、なんだよ! 俺はゼルシエとその……一緒に行きたいだけだっての、ちくしょう悪いか!」
「「いいやなんも悪くねぇけど」」
アリサの台詞に思わずニヤリとする三人。呆れるほど鈍感なアリサが自分から積極的に絡んでいこうとしているのだ。これをニヤけずにどうしろというのか。下世話とはわかっていても止められるものではない。
「ゼルシエと行きたいってのはどう言うことですかね、アリサさん。コメントをお願いします」
アルマスが何かの記者のようにマイクを向けるような仕草をとる。その向いた先はもちろんアリサ。
「な、何がだよ……!」
「いやぁ、ゼルレイシエルさんをどう思って居るんでしょうかって事ですよ。女友達? 仲間? それとも?」
「ぜ、ゼルシエは……ただ……なんか気になるだけの仲間だって!!」
そう言い放ったアリサの顔をまじまじと見る三人。アリサの顔は赤くなっているのだが……まったく嘘を言っている表情ではなく、ゼルレイシエルのことを意識はしていても自分の気持ちに気が付いていないのだ。
「はぁ……これだからこの男は……」
「なんだよほんとに今日は、俺なんかしたぁ!?」
興が削がれたとでも言うのか、三人は一様に溜息を吐いて文化祭案内を見る。「俺はこれにでも出るかな」「お前はこっちで良いだろ」「出るわけねぇだろ誰が女装なんざするか」などなど、もう完全に興味を失くしたようにふるまう彼らに、アリサは思い切り抗議の声をあげて体育館中の人物の注目を集めるのであった。
なお花の騎士達の会話を聞いていた……聞き耳を立てていた女性達のうち、アリサ推しとされる者達が失神していたのだが、それは別の話である。
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