東の鵺と西の茨木・下
わっと観客席が湧くなか、当の魔法使い達は極めて静かであった。脳内で使用する魔法の詠唱を行っているのだ。口に出して行えば威力や精度など、多くの恩恵があるものであるが、魔法の呪文等を相手が知っていた場合初手から対応されてしまうからである。
魔法戦の初手は心理戦とはよく言ったもの。相手が準備時間に障壁を貼っていないことを願って、威力こそ低いが素早く撃てる魔法を撃つか、はたまた初手から強烈な魔法をぶっ放すか。
「ファイアーボール!!」「
サーベンティンが魔法を放った。火の属性となる初級の呪文であり、攻撃魔法の基本とも言えるものだが、ヒト一人を殺すことも出来るほどの魔力を孕んだ一撃。相当量の魔力がそそがれているのか、速度も両者の距離二十メートルをすぐに走破する。
棒立ちのマロンに轟と燃え盛る魔法の
「
「そんな戦法ありかよ……!? くっ……星よ廻れ、国よ廻れ、人よ廻れ……」
観客席がざわめく。彼らが良く目にする魔法戦と言えば、炎や雷や光の球といった華やかで煌びやかなものが飛び交い、煌びやかで美しいものなのだが、いつまでたってもそう言った光景が見られないのだ。
教員たちの多くもざわめいているが、マロンの事を知る学校長グラニスや数人の教師は苦笑いを浮かべていた。
「
「地を揺らせ、大地を、母なる大地を。我は水氷花を奉ろふ、地を砕き、この身の前に姿を現したまえ」
いてもたっても居られなくなった実況者が、苦笑いをしている教員たちに聞いた。
「先生! なにやら膠着しているような様子ですが、何が起きているのでしょうか……」
「ん? そう見えるか? 勉強が足りないようだなぁ」
「申し訳ありません……」
マイク越しにしゅんとした実況者の声が闘技場に響く。
「まぁ……マロンさんの方が勝ってるかなぁ?」
「そうだねぇ……まぁ、沈黙がやぶられたらあれだよね、大怪獣決戦って感じの様相だろうなぁこれ……っと、そろそろかな?」
実況者が首を傾げながらマロン達の方を向くと、それぞれの詠唱が終了した頃であった。
「
「な、なぁぁぁぁぁぁ!!?」
箒を空へと掲げたマロンが唱えたのは、圧倒的な火力を誇る魔法。はるか上空から巨大な岩石が落ちてくるという、圧倒的な存在感の虚像を持つ魔法であり、大地の属性を持つ魔法の中でも最高の威力を持つ“最上級魔法”である。
威力も効果範囲も他の魔法と比べても桁違いであるが、そのぶん自身の魔力も大量に消費するという諸刃の剣であり、決して魔法戦で使うようなものでは無い。勿論、宇宙から落ちてくるというわけではないため本物の隕石ほどの威力は無いが、その効果範囲は行使した魔法使い自身までも巻き込むようなものだ。戦場で使えば魔力切れで魔法を行使出来ない魔法使いなど逃げる方法が無い。
もはや壮大な自爆用魔法のような扱いまで受ける魔法だが、マロンのことである。
「マナよ……我を守護せよ」
中央大陸大和史上でも、指折りの魔力量を持つであろうマロン。
(化け物かよ……!?)
空から圧倒的な質量を感じさせる虚像が落下してくるのを見た観客達が悲鳴をあげる。観客席には魔法の影響を無効化する強力な結界型の魔法が用いられているため、被害を受ける心配は無いのだが……やはりどうしても恐怖は覚えるものらしい。花の騎士達ですら体を強張らせているのだから。
「地を貫け、蒼穹まで貫け、星を貫け! 〔
突如マロンの眼前に二本の柱……否、巨大な棘が伸びた。地面から猛烈な勢いで噴き出す溶岩と水の棘が、空へと延び、落下してくる巨大な隕石を刺し穿つ。魔法戦の基本的な防御術として、対象の攻撃魔法の半分以上の魔力を込めた、異なる属性の魔法をぶつけることで相殺するという技術がある。
「うおらぁぁぁっ!!」
サーベンティンはマロンの隕石の魔法に対して自身の魔力の五分の三もつぎ込んで対抗する。開始前の魔力放出の際に感じた莫大な魔力について、サーベンティンはマロンの魔力について二から三倍程度と目算を付けた。たとえそれがブラフだとしても、サーベンティンが隕石を発動させるなら最低でも全魔力の九割も使う極大の魔法なのだ。
グラニスの言葉を借りるなら「魔力が一気に枯渇して急性魔力枯渇症でショック症状が起きるようなネタ魔法を、ポンポン何個も使えること自体がおかしいんじゃZOY」である。
マロンが最低の魔力量で隕石を使ったならサーベンティンの半分の魔力で打ち消せるが、それ以上に魔力を込めていた場合には打ち消せずに負け確。けれども使い過ぎれば魔法使えられなくなって負け確。
ほぼ完全に賭けのようなものだが、それ以外にどうしようもないのだ。故に、サーベンティンは自らが使える最強の魔法を持って対抗する。
煌々と赤く輝く棘と激流の如く透き通った色の棘が巨大な隕石に突き刺さる。一瞬隕石と棘が拮抗したようにそれぞれの動きが拮抗するも、次の瞬間には虚像の姿は跡形も無くなり、魔力の塊が爆発四散した。目に見えない強烈な魔力の爆風が引き起こされ、マロンとサーベンティンはそれぞれ後方に吹っ飛ばされる。
「〔
観客席にも強烈な爆風が届き、悲鳴があがったりしているが、マロンとサーベンティンの二人はいたって落ち着いて次の魔法を唱える。なおシャルロッテは平然な顔をしながら爆風を吸収しつつ観戦を続けていた。
「上昇せよ!」「ライズ!」
二人の次なる一手は制空権の確保。魔法というものの性質上、やはりどうしても頭上を取ることが重要になってくるのだ。そうすれば逃げる範囲も増え、より広範囲に攻撃がしやすくなるのだから。マロンは箒にまたがり、サーベンティンは特注で作られた自分の靴に魔法をかけて飛翔した。
しかしサーベンティンの得意な属性は火と水氷と毒であり、風の属性はからっきし苦手なのだ。現に魔法使い族が生まれつきに持つ、入れ墨のような紋章が右腕と左腕と背中にある。右腕の紋章は火、左腕は水氷、背中の紋章は毒属性の魔法が得意である事を示すのだ。
「ご、ごめんなさい……! でも私は負けられないので……っ!」
「真剣勝負なんですから、謝る必要なんてないでしょうっ…… 〔水龍弾〕!」
マロンの方が素早く上昇し、両者の差が十メートルほどになる。サーベンティンですら地上二十メートル程にまで上昇しているのだが、両者共に会話をしながら戦う余裕があるようだ。
水で出来た竜の形をした魔法がまっすぐにマロンに飛ぶ。彼の撃てる最高速の魔法であり、そこそこの威力もあるサーベンティンの十八番の一つ。
「うっ……!」
マロンが計算を誤る。研究者となってからあまり魔法戦をすることが少なくなり、そもそもここ半年は旅をしていて、余計に魔法戦に触れることが無かったのだ。
要はブランクである。
それを試合開始前から自覚していたマロンは、華やかなものを楽しみにしていた観客達などには申し訳ないが、
しかしその企みは失敗に終わる。
「障壁が……」
防御用の魔法を強化してはいたものの、やはり直感や計算が狂っており、サーベンティンの魔法を背後から不意に受けただけで消滅してしまう。
「貰った! ……焼き尽くせ、〔フレイムテンペスト〕!」
「うっ……!」
サーベンティンが無詠唱で魔法を唱えた。消費マナや方角などを感覚だけで放つという大雑把なものだが、即座に魔法を撃つならこうするしかないのだ。
彼の握った杖の先から竜巻のように渦巻いた、炎のような虚像が出る。自身に迫る魔法の迫力に、マロンが身を竦めた。
そして、魔法が掻き消える。
「雌を攻撃するとは、関心せんのぅお主。雌は守るものじゃろうて」
「へっ?」「ふえ?」
炎の嵐が消え、瞬く間に彼らの間に現れたのは金色に光る角を持った全長二メートルほどの巨大な鹿。なぜか空中に浮いており、不思議そうにサーベンティンの方を観察している。
「ふむ……お主たちは魔法使い族か。じゃがやんちゃはいかんぞい。気が付いたら隕石が降ってきておるではないか。小心者な儂は心臓が止まるかと思ったがなぁ」
「えと……あの……あなたはもしや……」
マロンが鹿におずおずと尋ねようとすると、闘技場から茨木童子の声が聞こえてくる。
「おいコラ! 碌星!! 何止めてやがんだお前!!」
「おお……酒呑童子殿!「小生は茨木童子だ!!」お久しぶりじゃな! 良い話を持って来たんじゃ!!」
鹿の名は碌星。神獣が一柱であり、統治地域を持たない神獣の中でも特に奇特な者である。
そして、碌星の出現に合わせるように、“雷”が闘技場に落ちた。
士遷富山から、横一文字に発生した、雷がである。
「……ヒョォォォォォォォォォォォォ!!」
地面に落ちた雷によって黒く焼け焦げた中心に、碌星や酒呑童子でさえ比較にならないほど巨大な生物が現れた。雷によってあまりの眩しさに視界が焼け、視力が元に戻ってきた観客が見たのは猿の頭、狸の胴、虎の脚、蛇の尾という異形の化け物。
中央大陸大和における天災中の天災。万民の恐怖の対象とされる最強の生物にして、“西の童子”の不倶戴天の敵たる神獣の一柱。
「ひっ…………鵺だ……!! 鵺が出たぞーーー!!!」
“東の雷獣”、鵺である。
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