狼と龍・上

童子は蛮勇たるヒトを好く。出会えば宴に招き杯に酒を注ぐ。

鵺は蛮勇たるヒトを嫌う。出会えば爪と牙をもって内の臓まで裂き殺す。

大和霊峰の南北を分かち、大勢誇りし両雄は相反せし価値観を持つ。


 片や鬼人の長。

 片や孤高の雷獣。


 片や呪法の使い手。

 片や精霊を従えし者。


 群と個。

 陰と陽。


荒々しき気質のみが彼の者等の共通点。

もし相対し、死合(しあ)うならば、

万物は呪われ、朋(とも)を失くした大地は死に絶えることであろう。


破滅は罪。罪深き所業の末に起こる、最も悪しき大罪である。

さて、彼の者等は本当に使徒なのであろうか。



   中央神獣院認定、第一種警戒宗教団体『ヲクィス教』教理書より。


 ********


「いちについてー。はっけよい、のこった「まてまてまてまてまて」なんZOY」


 マイク越しに運動場に響き渡る学校長グラニスの声と、思わずツッコミを入れる若い男性職員。


「なんだでよはっけよいって相撲だよ普通そこはレディーゴーだろ」

「横文字は苦手なんZOY。仕方ないじゃろう」

「あんたいっつも横文字でラップモドキやってんでしょうが!」

「あーあーわかったわかった、もううるさい奴じゃな」

「こっちが言いたいよ……ッ!!」


 グラニスのマイペースさに思わず悲痛な声をあげる職員。職員や一部の生徒に「自由人すぎて嫌になっちゃうおじいちゃん」の異名を持つ彼の、本領発揮であった。


「はいはい行くZOY。れでぃごー」

「やる気のないスタートだな……」


 ごーの掛け声を共に、おじいちゃんの指先からポンッという軽快な音が鳴った。走る選手四人の中に居たリリアは轟という音のごとく、一緒に走る者達を引き離した。

 リリア・トールは巨人の中でも特に筋力の高い一族の生まれである。まともに競争して勝てるとすれば、それこそマオウや貴族等の純血の吸血鬼族ぐらいなものであろう。とは言っても直線と同じ速度でのカーブは苦手どころか失格になるため、ジョギングペースなのだが。


『なんという速さでしょう! この競技では技による筋力強化は許可されていますが、それにしても速い!』


「大人げねぇな……」「まぁ大蔵省殿には譲れぬのでしょう」「大蔵省とかいう死語を普通にのたまうガチムチノッポが俺の後ろに」「うるせぇ」


 実況・解説席のアナウンスを聞きながら、前後のアルマスとマオウが剣呑なのか仲が良いのか掴みかねる調子で会話をしている。その二人の後ろでは萌華が尻尾の毛繕いをしている様をシャルロッテが「もふもふだぁ」などと目を輝かせて見つめており、アリサが欠伸あくびをしながらボーっと順番を待っていた。レオンは面倒くさいため走る競技には参加せず、ゼルレイシエルはそもそも体力も脚力も無いことから一等を狙うのも厳しいと判断したため参加していない。


『さて現在一位のピンク色の髪の女性! もうパンの場所へと来ております! パン喰い狂騒では最近話題のパン屋である緋ノ屋様よりご提供いただきました、アンパンとなっております。どうです解説のベリスさん!』

『美味しいわよぅ。甘くてぇ小豆感あってぇ甘くてぇ』

『ベリスさん以外と語彙力貧弱ですよね』

『だったらなんで私を解説に呼んだのよ……』

『学校長がクジで決めたそうですよ?』

『ちょっと学校長ォ!!』


 解説席から怒った声が聞こえて来るなか、リリアは巨人の脚力をたくみに用いて軽々とパンの入った袋を口にくわえたままゴールしていた。無論アンパン自体も目的ではあるのだが、リリアの目当ては一等報酬であった。


『見事一位となった方には冬のお野菜詰め合わせセットをプレゼントしておりまーす!』

「これこれ!」


 鼻歌を歌いながら賞品受け渡し口と書いてある札のつけられた机の前へと向かう。ゴール直後に受け取っていた「1」という数字が書かれた、小さなフラグを受付の二口女に手渡すと、代わりに立派なカブや白菜、チンゲン菜やレンコン。それにほうれん草やえのき茸などの、冬が旬と呼ばれる野菜やキノコがビニール袋にぎっしりと詰まっていた。

 基本的に旅を始めてからのいつもの食事はレオンが作っているとはいえ、五人兄弟の八人家族という巨人族にしては家族の多いリリアである。家で料理の手伝いもしていたためそれらの食材をどう料理するかという知識はそれなりにあった。


「冬だし無難に鍋とか……カブの雪見鍋なんかが良いかなぁ……おろすのは皆でやればいいし。レオン兄に頼んでみよ」


 などとリリアが呟いているとアルマスとマオウがいがみ合いながら近づいてきた。無論、その手には「1」という数字の書かれたフラグが各々の手に握られている。


「なんで二人ともいつもは仲良いのに今日はそんなに剣呑なのさ……」

「流石にマオウの種族とはいえヒトのことを見くびり過ぎだからな。ここらで一発ぶん殴っとかねぇと、強者が故の驕りやらでいつか死ぬぞ」

「驕らねぇよ、俺より強いやつなんざ腐るほど居やがる」


 嘆息と共にマオウの口から出た言葉を耳にしたアルマスとリリア、そして丁度その背後で一番でゴールしていた萌華は微妙にだが、三人とも信じられないものを聞いたかのようにマオウのことを見た。


「おいなんだその顔、殴るぞ」

「いやまさか我は天下無双とか言いそうなほど傲慢なマオウからそんな言葉が出るとは「テメェらマジで面貸せ」


 二口女から素早く野菜を受けとり、アルマスとリリアが観客席にいるゼルレイシエルとレオンたちが居る場所へと、逃げるようにして走りながら向かう。仲の良いことである。


「ったくよ……クソッ。……だからこうして喧嘩売ってんだろうが……」


 マオウは二人の背中を目で追いかけながら、フラグと交換したビニール袋の中に入っていたブロッコリーをそのまま食べながら歩いて移動した。

 土を落としてはあるが水でも洗わずに受け取った直後から食べるという行為に、受付の二口女は顔面についた口と後頭部についた巨大な口をあけてポカンと見送る。そんな受付の前で七尾の狐は訝しげな目線をマオウに向けていた。


「よっしゃ盛り上がってきたZOY。位置についてぇぇぇイエェェェェェ!!」

「だから校長うるさいですっての!!」


◆◇◆◇


 昼食後のデザートにと楽しみに購買で買っていたアイスクリーム。クーラーボックスに入れられていた甘味は、自身が競技に参加しに行っている間に、目ざとく見つけたマオウに全て食べられていた。

 甘味に目が無いシャルロッテが買った物であり、同時にマオウと大食い競争をするほどに食意地の張ったシャルロッテの物である。普段喧嘩ばかりしていることから考えても、勿論シャルロッテは泣きながら怒った。

 返してという問いに、「午後から喧嘩があるから無駄に体力使いたくねぇ」とマオウ。リリアやアルマスを差し置いて、異常なスタミナを持っているのを知っている他八人からすれば全くふざけた理由をもって返答。お前が買いに行けよと当事者ら以外の七人から総ツッコミを受けるも、レオンよろしく珍しくも口先だけで回避したためシャルロッテがさらに怒る。

 あわやどちらかが傷を負うような大喧嘩になりかけた頃に、アリサが慌てて代わりのアイスを買ってきて自体が収まるという珍妙な事件が起きていた。


 今から始まる競技名は『男の素手喧嘩(ステゴロ)祭り』。男性だけが出られる金的・目つぶし・武器の持ち込みなどが禁止された、己の肉体だけで戦う野郎達による体育祭の花形競技である。


「うげぇ……」

「大丈夫かよ。全力疾走でアイス買って来てたみたいだけど……」


 運動場の端に位置取りタスキの形をした緊急退場用装置を背負いながら、青い顔をしてうめき声をあげるアリサ。傍にいたアルマスは軽く背中をさすってやりながら


「……まぁ、俺は別にお前らと争うつもりもないし適当に戦っとくさ。アルマスとマオウより強いのがそう居るとは思いま……せんかね」


 急に何かを思いついたように顔をあげて、髪を掻き上げながら色気()のあるポーズを取りながらかっこつけたような声音で喋った。


「……」「まってシカトはつらい」


 思わず一瞬目の前のヒトに憐みの視線を向けてしまったあと、そっと顔を背ける。アリサは傷付いた。だからどうしたと言うこともないが。


『さぁ男の素手喧嘩祭り! 今年の注目選手と言えばやはりこの人! 入学式に翼竜族(ワイバーン)を一撃で沈めた自称喧嘩屋ことマオウ・ラグナロク選手~!』


 ある男が運動場へと入ってくると、会場内はワッと大歓声に包まれた。アルマスが身に纏っていた準備運動中の多少のんびりとした雰囲気は、その男を見た途端に途端に消える。今や身に纏っている気配など何もない、狼が獲物を狙うように自然と、雑念も闘争心も消え失せた。


 普段は乱雑に伸ばしたままである紫紺色の髪。肩より下まで伸びるような龍の髪は、珍しく背後に纏められていた。人間の姿を持っていながら鬼の如き身長を持ち、その外見からも窺える隆々とした腕には巨人の力をも凌駕する破壊の力が在る。

 目は闘争心の炎に滾り、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。彼の姿を見た観客達から歓声の声が湧くが、ヒトを魅せる仕事に就いているわけでもなく、ただ己の為に戦う者にその歓声に答える義務も無い。ただ一度、拳に手を重ねて音を鳴らした。


 パキリ


 観客には聞こえない程度の音。しかし彼の周りに居た男達には十二分に聞こえ、密かに闘争心を煽り、また、恐怖心と畏怖を煽った。


 幾人かの男達が慌ててその場から離れる。遠くへ、もっと遠くへ。こいつに殴られることだけは、蹴られることだけは絶対にあってはならない。ましてや、目を付けられるなど絶対にあってはならないのだ。

 龍は一度、辺りを見渡した。自分に背を見せる者、ギラギラと敵愾心に満ちた目線をぶつけてくる者、毎日の如く挑んできては負けている顔馴染みの者。特に気になる者もなく、彼は有象無象と見做して一度興味から外す。目標は強者のみ。気配から姿を探していたがなぜか見つからず、同等の実力を持っている剣士の気配を探し、やっと見つけた。


 白狼と柴龍は睨み合った。

 僅か数秒ほどのことではあったが、意識を普段と同じように周りへと向けるには多いと言えるほどの時間。


 まず周りの奴らを倒してからだ。

 そして最後にお前をぶん殴る。


『さぁさ皆様! これより我が魔法学校体育祭の花形! 男の素手喧嘩祭を開始いたします! 武器は厳禁、魔法も厳禁。己の肉体と技術のみで戦う、野郎共の戦(いくさ)! 始まるぞオラァ!!』


 昼の間に観客席の一角へと移動していた実況者の掛け声。それに答えるように観客席を埋め尽くす大観衆はおおいに沸き、爆音とも言えるような歓声に紛れて競技開始の花火の音が鳴った。

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