戦闘狂の憂鬱・上

 我が校は大陸中の人々を受けいれ、基礎から中級魔法までしっかりとお教えいたします。老若男女は問わず、どんな方でも受け入れます。

 しかし魔法は才能が重要であり、誰しもが扱えるものではないことが事実です。我が校はそんな才能の壁など破壊せんと、個人の魔法の才を限界以上に高めることに重点を置き、真摯に教育に取り組んでおります。

 魔法の理論勉強や下級魔法は属性複合クラスで行うこととなりますが、中級魔法からは各個人が得意とする属性を徹底的に磨いて行きます。

 無論、個人の差によって扱える魔法の幅は変わっていきますがたとえ扱える魔法の階級の上限に達したとしても、魔法詠唱の速度や魔力のコントロールなどと研鑽できることは数多くあり、極めるほどに研鑽した魔法は上位互換とされる魔法にも負けずとも劣らない威力を発揮することも可能なのです。


 (中略)


 ――魔術取扱い法の制定により、上級魔法は魔法使い族を代表とする少数の種族及び、資格保持者しか扱う事・学ぶことを許されてはいませんが、黒花獣との戦いに備えて多くの人が扱えるようになることを私は願うばかりです。


          魔法学術専門探究学校校長、グラニス・ホープ


********


 アリサが誕生日を迎え、レオンが仕方なくケーキを作って食べたりなどしていた雷月八日から二日経った雷月十日のこと。

 マロン以外の八人の姿はエキドナにある中央大陸最大規模の魔法学校、塔状の建物がいくつも繋がって出来た建物の一室にあった。魔法学二ヵ月半学習クラス、俗に初等科と称されるクラスに通う生徒たちが教室として使う部屋である。


 お金と軽い面接さえ通れば誰でも魔法を学べると言うこともあり、十代前半ほどの年齢から壮年ぐらいに見える者まで年齢の幅は非常に広い。更には種族の種類も豊富であることから最も数が多い獣人族や人獣族に始まり、最強の種族とされる古龍の眷属たる翼竜族ワイバーンなど、小さな生物から部屋のほとんどを覆い隠すような生物まで詰め込まれている。人数は40人ちょっとと、部屋の大きさと比較するとあまり人数が多いわけではないが、雑多感故にどこか窮屈な感じを受ける。


「ね、ねぇ……やっぱり、私にこの恰好似合わないんじゃないかしら……周りの目が……」


 女性陣四人は乳白色のカッターシャツの襟首に紅色の無地のネクタイを巻き、膝上の長さの紺色のスカートを履いている。カッターシャツの上には亜麻色のカーディガンを着て、さらに紺碧(こんぺき)色のブレザーを身に纏っている。


「そう? ゼル姉も似合ってて可愛いと思うけど。いやほらあれでしょ、ゼル姉が綺麗だからさ」

「いや、その……もう、良いから…………」


 ゼルレイシエルは他の三人と同じく、制服を取り扱っている呉服店で採寸してサイズを探していた。カッターシャツなどはすぐに決まったのだが、肝心のブレザーが身長で言えば合ってるサイズだと胸囲の部分が足りずにキツくなってしまい、その一つ上のサイズだと今度は全体的にぶかぶかになってしまうのである。

 一から仕立てるというやり方もあったが、かかる費用が尋常では無かったため、金庫番のリリアが思わず反対の声をあげたのだ。


「綺麗だと思われるであります。ゼルシエお姉様」


 顔を赤くして俯きながらボソボソと喋るゼルレイシエルとリリア。周りの気配を察知することが得意なわけでもないゼルレイシエルは、周囲のヒトビトの羨望や好色の目線を奇異の目線だと勘違いして居るのであった。リリアは周りの視線の意味を察知してもさらりと受け流しつつ、羞恥心によって顔を隠すゼルレイシエルをからかっている。

 一方でミイネの方はからかうと言うことが良くわかっていないため、率直な感想であったが。


 そもそも普段はズボンで過ごしているため、スカート自体履かないのだが、たまに履くのも膝下以上の丈の長いスカートだけである。そのため膝上のスカートには慣れておらず、さらに胸が強調されてしまうブレザーも相まって恥ずかしいことだらけに思えるのだ。


 アリサが隣でそんな二人を見てクスリと笑い、レオンが地味にセクハラまがいの言葉を口にした。


「……どこぞのまな板ブレザーより見栄えは良いんじゃね?」


 そう言った発言にあまり配慮しないのは本来は豪放磊落な性格のドワーフ族ならではであり、女性陣がいつも抗議しているが種族の習性である為かいつまでも改善される気配はない。水泳以外ならばなんでもそつなくこなすレオンの数少ない欠点である。


「うわぁぁぁぁぁん! うるさいチビぃ!!」

「お前がうるせぇよ」


 唐突ないじめに対し、一人挟んだ隣のレオンに泣きながら掴みかかろうとするシャルロッテ。更に二人の間にいるアルマスが呆れながら仲裁する。

 そんな彼らを辺りの女性達が微笑ましそうに見ているが。身長の低さから二人が幼く見えるためであろう。兄が弟妹の喧嘩を諌めているようにも見えなくはない。

 そしてアリサは前の席に座る仲間達の騒がしい様子を見つつ、左隣のマオウの方を向いて話かけた。マオウは露骨に教室の左側の方をずっと向いているため、アリサと顔が向かい合うことは無いのであるが。


「なぁ、マオウ……なんかあの青い鱗のワイバーン、ずっとお前の方凝視してないか……?」

「……俺の名前を出すんじゃねぇ。シカトしとけ」


 教室の三分の一は面積を取っている翼竜族が、その爬虫類のような目でジッとマオウの方を見ていた。コウモリと爬虫類と鳥類を掛け合わせたような見た目の二本脚の古龍の眷属は、訝しげにマオウの事を睨んでいる。


 八人を中心に謎の空気感に包まれる入学式が終わった後の教室。微妙にだらけた雰囲気であったが、教室前方の教卓付近にある扉が開いて魔法使い族の姿をした人物が入ってくると途端に静かになっていった。


「はいはい、皆さん初めましてぇ~」


 魔法使い族は教壇の上に立つとどこか語尾の間延びした声でしゃべる。どこか女性っぽく聞こえる口調の男は、男性もののローブと三角帽をかぶり、目の下には入れ墨のような魔法使い族特有の複雑な紋章が浮かんでいた。


「アタシの名前はグローロド・べリス。ベリス先生でもベリスンでも良いわよ。あ、ちなみにアタシは子供の頃から家族に女性しか居なかったせいでこんな口調になってるだけだからねぇ~? 別に性同一性障害では無いから、男の子たちは警戒しなくて良いわよぉ」


 あんまり安心できないことをのたまう、髭面の教師。男達の大半が苦笑いを浮かべているが、実際に興味が無いようで右手を左右に振って否定の意を教師は示した。


「……そう言えばぁ、このクラスに魔法使い族の子が居ないの気が付いてるぅ?」

「言われてみればたしかに」


 ベリスの言葉を聞いて、生徒の一人が一人ごちた。魔法使い族は体の紋章を隠すという理由でローブを身に纏う風習があるが、たしかに室内にはベリス以外にローブを着ている生徒は居なかった。一応学校の規則としてブレザー制服かローブを着ることが定められているが、よっぽど質の良いローブでなければ見た目が非常に悪く、かえって質が良ければブレザー制服一式を買い揃えるよりも金がかかるものであるため、普通はブレザーを着るのが普通である。


「魔法使い族の子は別のクラスで学ぶことになるのよぉ。というか、魔法に依存して生活する種族の子ねぇ。そういう子は義務教育になるから小さい子から通うのよぉ。ただあんまり小さいころから学ぶものだから、このクラスと比べると授業の進みが遅いのよぉ。その影響でね? 中等科以降は違うのだけれど」


 ベラベラとよく回る口でしゃべるベリス。あまりにもよく喋る為、本当にちゃんと異性が好きなのかと教室に居る誰しもが思ってしまう。ふとリリアが後ろの席のミイネを見たが、女性っぽい感じがする男に関してはあまり興味が惹かれないようでどこか中空に視線を向けていた。


「まぁどうでもいいかもしれないかしらね? ロリータコンプレックスとかのヒトは残念かもだけれど。まずは皆それぞれ自己紹介をしましょうか。名前と……好きな食べ物とかで良いかしらね?」

「ベリスせんせー、種族とかは聞かないんですかー?」

「うーん……そうねぇ。でもねぇ、種族を知ってちょっとしたいざこざが起きることもあるのよぉ。それに、こういう場じゃない? 気になる異性とかが居るなら、その人の事をより多く知っているのは自分だけの方が良いんじゃないかしら? まぁ自分の事を語りたいなら、それはそれでかまわないわよぉ」


 ふとベリスと花の騎士達は目が合った気がした。一瞬で気のせいだった可能性もあるのだが、それぞれ確かに目が合ったと確信している。何故なら、学校の校長であるマロンとレイラの祖父であるグラニス・ホープに協力を頼んでいたためであった。花の騎士達とベリスは一度会って、事情を話したことがあるのである。

 手を上げて質問した少年は納得したような納得していないような表情で、手を下げた。わずかにホッとする八人。


「それじゃあ……やっぱり存在感の凄いそこの翼竜族の子からかしら? 君は見た目で解ってしまうものだから……ごめんなさいね」


 自分から向かって左側で場所を取っている巨大生物に振るベリス。まったく隠す気が無い存在感であるため、種族名はすぐに看破出来たのだ。


「おう、良いって事よぉ! さて、俺の名はジュール・シードラモン。ここで俺のライバルを打ち負かす力を手に入れる為にここに来たぁぁぁ!!」


 叫びつつぎょろりと首を左側に向けるジュールという名の青い鱗の翼竜族。言っている事は凄まじくアホなのだが、その口調は酷く自信に満ち溢れていた。

 左側にいる存在……マオウが露骨に顔を合わせず左側を向いているため、ジュールは舌打ちをしつつもジッと睨んでいる。


「はいはい、ありがとう。って、好きな食べ物言ってないじゃないの」

「あー……牛肉とかっすね。ハイ。夜露死苦」


 好きな食べ物を言えというベリスの指摘に、至極どうでも良さそうに答えるジュール。ベリスは一度呆れたように息を吐くと、次々と自己紹介をする生徒たちを授業で使う為の教鞭でどんどんと指していった。

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