戦闘狂の憂鬱・下

 ジュールの後はベリスの居る教壇から見て右側の手前から、要するにジュールの反対側から順に自己紹介をしていく。花の騎士達は真ん中あたりに座っているため、結果的に最後の方に自己紹介をすることになった。


「私の名前は篠生しのう 萌華ほうかと申します。見た目の通り、人狐族ですわ。皆様お見知りおきを。好きな食べ物は……魚でしょうか」

「……あの子達の存在感が凄くて気が付かなかったが、あの子も結構可愛くないか……?」

「確かに可愛いな……」


 ブレザーを無意味に着崩すことなく、七本も生えた尻尾をスカートの上部から出すために若干下げて着る程度に抑えている。人獣族や獣人族用の柄が上部に伸びた特殊な眼鏡をかけ、ゼルレイシエルにも似たような物静かな雰囲気を放つ女性である。

 同じイヌ科系の人獣族であるアルマスは人狐族のこともよく知っているのか「七本か……」と呟き、隣のシャルロッテが不思議そうに顔を覗いてきたため、心の中で気に食わないというかの如く苛立ちを渦巻かせた。


 花の騎士達とミイネの自己紹介も終わりに近付き、残りはマオウとアリサだけとなった。協力者のベリスと言えども、流れを無視して花の騎士達に名乗らせないというのも難しい話である。そのため、マオウは非常に嫌そうな顔をしつつも顔を正面に向けて名を名乗らずにはいられなかった。

 無論、それがやっちまった事態へとつながる訳であるが。


「……俺の名はマオウ・ラグナロク。好物は「やっぱテメェじゃねぇかマオウ!! テメェさっきから俺の事無視しやがって!!」……翼竜の丸焼きだな。「あぁん!!?」

「はいはい、そこ何を騒いでるの? 喧嘩しないの」


 舌打ちをした後に珍しく溜息をもらすマオウ。ジュールはその仕草が気に入らなかったようで、怒りによって丸い瞳孔を縦に細長くした。


「テメェみてぇなカスドラゴン記憶にねぇよ人違いだ関わんな」


 マオウが嫌味たっぷりに言った関わるな宣言を受けて、怒りのあまり口から白い吐息が漏れるジュール。青い鱗の翼竜は氷のブレスを吐くことが可能である。

 古龍も含めたブレスを吹ける竜達は怒りが頂点に達する程になると、ブレスに用いられる生成物が口からこぼれてしまう事があるのだ。

 温度の低いその白い吐息は、ジュールの怒りが頂点に達した証ある。周囲にいたヒトとしては急に寒くなる訳で、いい迷惑であったが。


「ガウルルルルルルルルルル」


 ジュールは残った理性を用いて、自身が生まれた時から使える一つの魔法を使う。人間のような姿になる魔法。アルマスら人獣族が用いているような魔法の一種である。


「……この姿を忘れたとか言わねぇやろうなぁ!? あん? テメェと毎日のように殴り合ったこの姿をよぉ?」

「知るか。毎日突っかかってきても一撃でやられてる雑魚の顔なんぞ誰が知るかよ。ただでさえ敵が多いッつうのに」


 ジュールは人間の姿になっていた。真っ青な髪を持つそこそこ高身長の青年であるが、マオウにはタッパも負けているし、パッと見た筋肉の量もあきらかに少ない。その顔立ちも平均より一歩上と呼べるぐらいではあるが、今は眉間に皺が寄ったりなどしていてあまり顔が良いとは認識しづらい。


「ライバルの顔忘れてんじゃねぇぞボケが!」

「有象無象の顔を覚える暇があるなら、武器の鍛錬した方がよっぽど価値があるわな」


 渾身の怒鳴り声もマオウの返しによって自身の怒りが増幅される原因となるだけであった。もっとも、現段階で既に簡単に冷静になれないほど頭に血が上っているのであるが。


「マオウ、テメェに決闘を申し込む!! 今日こそぶっ潰す!!」

「決闘!? 私mむぐぅ!」「シャリ―姉は静かにしておくと良いよー」


 いらないことを口走りそうになったシャルロッテの口を、アルマスがすかさず塞ぐ。ただでさえマオウだけでも教室内が非常にざわついているのに、シャルロッテがそこに加われば更にややこしいことになるのは明白であるからだ。


「はいはいはいはい。何言っているの。生徒指導室行きになりたいの?」

「ベリス先生さんよい、たしかこの学校にゃあ闘技場があったよなぁ? そこ使わせてくれやしねぇかい」

「……正式名称は、闘技訓練場兼運動場ね。本来は駄目だけれど……」


 ベリスはチラと花の騎士達を見た。

 実は以前に面談した時に花の騎士だという事実も聞いていたのであるが、最近【星屑の降る丘】地方の黒花獣が居なくなったこと、マロンやレイラの存在に加え、それぞれの属性の花の紋章を見せられたことで九割程は信じることが出来ていた。しかし、教師を務められるほどの優秀な魔法使いであるベリスも、自分とはベクトルの違う強さを持つマロンやレイラ以外の花の騎士達のことはよくわからないで居たのである。

 実力を知る為にも丁度良いかもしれないとベリスは考え、


「今日くらいは許してあげるわ」


 嫌悪感に眉を顰めたマオウを視界にとらえながら、許可する旨を述べた。

 そしてアリサは一人ごちた。


「……俺の自己紹介は……?」


 ◆◇◆◇


「テメェ……竜の姿でかかって来いとか舐めてんのか……? お前も人間化の魔法解けよ」「お前相手ならこんなハンデでも足りねぇよ、木端こっぱが」


 魔法学術専門探究学校の校舎(兼、寮)から外に出て三分ほど歩いた場所。そこにはコンクリート製の壁に囲まれた円形の巨大な闘技場(運動場)に、一般部初等科クラスの生徒たちの姿があった。校舎案内も含めての活動という名目で、マオウとジュールの決闘観戦をすることとなっているのだ。

 入学式の日から決闘という、前例の少ない出来事を聞きつけてクラスの人以外にも多数の人影がある。特化部高等科クラス……つまり魔法使い族達などしか学ぶことの出来ない授業を受ける者達も居た。そしてそのクラスも卒業した魔法研究者や教授達も息抜きを兼ねて野次馬として観戦に来ていた。マロンの姿がその女性グループに居るのをアリサとミイネの目が捉えている。


「……まぁお前がどうしても気にくわねぇってんなら、俺はこの木の棒でもありゃいい」

「調子に乗んなよ……ッ!!」


 今にも飛びかかりそうなジュールをベリスが諌めた。

 ベリスは両者が間を取ったのを見て頷き、気絶や降参によって勝ちとなるルールを述べた。


「それでは、」


 マオウの背丈は鬼等のそもそも身長の高い種族を除けば、普通に高いものであったが竜の姿をしているジュールと向かい合うと勝てるイメージなど、戦士では無い物なら浮かびすらしないだろう。


「レディ……」


 ジュールが前かがみになって飛びかかるような姿勢を取る。マオウは棒立ちしたままという、非常にだらけたポーズであるが。


「ファイトッ!!」


 拡声器によって闘技場内に響くベリスの声を聞くと同時に、マオウはジュールから左側に跳んだ。飛びかかりに見せかけたジュールのブレスをすんでのところで躱し、地面に着地したあと一直線にジュールの頭下へと駆ける。

 セーブをかけているとはいえ、古龍の筋力である。異常な速度でジュールの頭へと迫るがジュールも紙一重で振られた木の棒を避けた。


「馬鹿が!」


 あらぬ方向へと跳んでいくマオウの背中を見て、氷のブレスを吐くジュール。だが、マオウは地面を無理やり蹴りつけることで無理矢理走る勢いを帳消しにし、脚にかかる負担もあまり気にすることもなく空高く跳躍した。バク宙とも言えるそれの高さはジュールの背丈をも超し、丁度着地点にジュールの頭があった。


「ブレスは隙がでけぇから初撃以降使うなって言ってんだろ毎回毎回よ。何度言ったら学習しやがる」


 ブレスを吐いた直後で硬直して動けないジュールにマオウは話かけ、地面に着地ざまに木の棒で頭をぶっ叩いた。古龍の下位互換と言われる飛竜とはいえ、その鱗は固く鱗の下にある筋肉や骨も非常に固く、柔い木の棒は簡単に折れてしまったが。威力は相当なものだったようでジュールは木の棒の一撃で気絶し、翼竜族の巨体を地面に落とした。


 花の騎士達は感嘆の意味を込めて拍手をしていたが、他の観客たちは皆が唖然としていた。巨大な闘技場に小さな拍手が鳴る。


 マオウはレオンの如く面倒くさげに後頭部を掻き、大きなあくびを開いた後に審判役のベリスの方を向いた。


「……判定まだかよ」

「え、あっ……ま、マオウ・ラグナロク君の勝ち!!」


 再び花の騎士達の拍手が鳴った。

 最初はその拍手だけであったが、つられるように拍手の数は増えていきやがて闘技場に居るほとんどの者が拍手をしていた。


 ほぼ瞬殺と言っても仕方のない決闘ではあったものの、ヒトビトを感心させるには十分なものであったのだ。

 惜しみない拍手のなか、マオウは気だるげに一人ごちる。


「……ったく、ジュールの野郎も学習能力さえ持てば戦う気くらい起きるってもんなのによ……」


 という彼の愚痴は、広大な闘技場を持ってしては誰の耳にも届かないのであった。

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