犬と猫の仲(非常に仲が悪いことの意)・中


「ウナァァァァァオ」

「ニャアアアアオ」

「うっせぇんだよこのクソ猫がぁ!!」


 苛立ち混じりにハルバードの刃の逆側についたかえしをハンマーのような形に変化させ、アウグセムの尻尾を叩き潰さんとするマオウ。だがひらりと簡単にその攻撃を避けると、反撃とばかりに鞭のようにしならせてマオウを殴打せんと迫る。


「くっ……」


 武器の柄で攻撃を受け止め、マオウは弾き飛ばされつつも無傷を保つ。


「あれは一人じゃ無理だろ」

「つってもどうするってんだ。俺はもう抗体が出来たから良いが、お前らじゃすぐさまぶっ倒れるぞ」

「うーん……やっぱ、あの技かってウワッ!」


 アリサが謎の奇声を上げつつ散開する前衛六人。前方に跳ぶように跳躍し、エウグレムの爪でひっかくような攻撃を避けた。


「卑怯者~! 話してる最中は攻撃しないのがお約束でしょ!」

「どこにそんな生易しい思考の黒花獣が居るってんだよ!!」

「お約束口にしただけだから気にしないで! そうでも言ってないとやってられないもん」


  リリアのエウグレムに向けたツッコミに、さらにツッコミを入れるアリサ。そんなやりとりを聞いていたレオンが、「何言ってんだこいつら……」というような視線で二人を見た。


「魔法をっ……」

「魔法って……まだ使ったこと無い魔法あったのか」

「そうなの?」

「能ある鷹は爪隠すと言いましょうか……ごめんなさい、嘘ですお願いですからその目で見ないでください……!」


  後方のゼルレイシエル達の元まで下がって来たレオン。呼吸を整えるようにしながら二体の機壊の方を向いていると、横に居るマロンの言った言葉にどこか冷ややかな視線を向けた。あわてて弁解するマロン。


「威力はあるんですけど、使い勝手が悪くて……今の今まで忘れてたんです……」

「忘れんなよ。……んで、この状況を覆せる魔法なのか?」

「はい。威力だけなら、私が使える雷系魔法の中でも三本指には入ります」


 呼吸の落ち着いたレオンがゆっくりとマロンの方を向いた。二人の前に居るゼルレイシエルが、リリアを狙うアウグセムの攻撃を逸らすために一発、水の銃弾を放った。マロンはそんなレオンのことを見つめ返し、コクリと頷いた。レオンは「はぁ」と溜息をついて気だるげに、そして期待を込めた声音で言った。


「そんで、詠唱にはどれくらいかかる」

「……五分ほど。今まで観察した感じですが、私が長い時間詠唱している場合は優先的に狙って来るようなので……少しでも集中乱されると……」

「わかった、五分だな。やってやる。つかまぁ、決定打につなげるにゃあそうするしかなさそうだしな……」


 のんきなのか緊張しているのか、唾を飲んだ後にポケットからミントタブレットの入った容器を取り出し、四個ほどミントタブレットを口に含んでガリッと噛み砕いた。そして、自身の体に立てかけていたバトルハンマーを担ぐと、二体の機壊と戦う五人のもとへと走る。


「五分持たせれば良い。マロンの魔法で攻撃するらしいから、詠唱してる間、守りきる」

「了解!」


 一か所に立ちどまって淡々と、マロンが呟き続けているのを察知した二体の機壊達が、魔法の詠唱をやめさせようと近づいて行く。されど花の騎士達もそう易々と通す訳も無く、二体と肉薄し、狙撃しながらなんとか食い止める。クロバリ草の煙は何度も使えるものではない様で、その煙も徐々に尻尾から出てこなくなってきていた。


「これでも……くらえっ!」


 レオンとアルマスに作ってもらった少々変わった形をした手甲。指先についた返しに、金属製のパーツを取り付けると、人差し指の先に爆発のごとき炎を出す。その人差し指の先にあるのはエウグレムの瞳のような、最もセンサーなどが多く配置された部分。爆発によって金属のパーツが返しから外れ、そして相当な推進力を持って吹っ飛んだ。

 レオン曰く、手甲型簡易指鉄砲。と称されたそれは、まだあまり命中力も良くないため、エウグレムの目より下の部分に当たって弾かれてしまった。リリアが舌打ちしていると、マロンの大きな声が上がった。


「皆さん! その二つの中央に逃げてください!」

「りょ、了解!」

「…………〔紫電冠染サンダリアズ・クラウン〕!」


  場所の指定、中心点を自身の前方三十メートル。

  直径八メートルの円のうち、外縁を一メートルの幅とする。

  発動高度七メートル。

  込める魔力量は三百二十。

  マナ解放後即時第一発動。

  速度を秒速百メートルとし到着次第、第二発動。

  なお、術者本人より低い場所で直撃した場合、その効果は無効とする。


 魔法の制御の為に、脳内で長々と文字に言葉を連ねるマロン。前方につきだした神聖銀ミスティリシス製の箒から。一瞬、眩いばかりの光が放たれたと思えば、アウグセムとエウグレム、二体の中間位置を中心した円形の形に、雷が地面へと降り注いだ。

 紫電と染めるという文字を持つその魔法は、言葉通りに電撃によって辺り一帯を紫色に染め上げた。そして、円の形に無差別に落ちてくる電撃は、あたかも巨大な雷(いかずち)の王冠のごとき姿を見せた。


 だが雷の王冠は、そもそも実体を持たないまやかしである。その光は周囲へと拡散することなく、あたかも子供の描く絵のごとく不自然に雷の形だけが見える。いわゆる魔法学において虚像エフェクトと呼ばれる、そんな光景を中央で目の当たりにしつつ、その雷に体を飲み込まれたアウグセムとエウグレムの二体をジッと観察する前衛の六人。雷が止み、光が晴れた後に現れたのはガクガクと不可解な行動を取る二つの巨大な機壊。


 結果。雷に打たれた金属は、その熱量などにより溶断される。または


 中の回路がいくらかショートしたのであろう様子を見て、笑みを浮かべたあとにガクリと膝をついて荒い呼吸をするマロン。ありったけの魔力をつぎ込んで行った魔法であったため、体力や精神力なども消費してしまったのである。そんなマロンの様子を見て、好機だとでも思ったのかカメレオンのような動きになりながらも前進する二体の機壊。

 そんな姿を見て何かが琴線に触れたのか、致命傷を与えたことに喜んでいたマオウとシャルロッテが揃って表情を冷酷なものにした。近くにいたアリサの方を向き、何かを求めるように見る。アリサもどこかイラッと来たのか、渋りつつも首を縦に振った。


 マオウとシャルロッテはそれぞれの得物を担いで走ると、ガクガクとノロく走る二体を追い越してそれぞれアウグセムとエウグレムの頭部……いや、首に当たる部分に向いた。

 そしてそれぞれ得物を大きく頭上に振りかぶった。いわゆる大上段の構えとも呼ばれる姿勢から、覇気の籠った声でその技を呼んだ。


「“鎌首”!」「“槍鼬やりいたち”!」


  縦向きに放たれた、強酸物質のものと、空気が揺らいで見える、二つの三日月型の斬撃。アリサの“雷光斬”に近しいそれらは片や腐食によって、片や圧縮された空気によって、二体の機壊の首を切り落とした。

 二体の歩みが止まる。


「……この業(わざ)っつうのは、やっぱ速度がおせぇな。使いにくいたらありゃしねぇ」

「やたっ倒した! もっと壊して良いよね!」

「やめい。壊れてるかもしれんが、こいつの頭部にあるとこからデータを取り出せるかもしれないんだっつの。そもそも動かないフリをしてるのかもしれねぇし」


 動かない敵に、更に追撃を加えようとするシャルロッテの襟首を捕まえて止めるアリサ。それを傍らに立っていたマオウに預け、子猫のようにぶら下げられているシャルロッテを横目に見つつ、また動き出したりはしないかと確かめはじめた。そんな彼らを見ていたアルマスが、とある臭いを嗅ぎ取った。


「この匂いは……ヴィクロス? なんであいつらがここに……」

「え、ヴィクロス? 森に居たオルトロスだっけ」

「あぁ。あいつは魔獣だし、群れの長だからこんなとこまで来るわけが無いんだが……正門の方か」

「ちょ、ちょっとアルマス!」


 全身を獣化し、シエロたちの居ると思われる正門へと走るアルマス。戦闘を続けているなか戦場が移動しており、正門が家屋の影に隠れてしまったため確認が出来ないのである。あっという間に姿が見えなくなり慌てるシャルロッテ以外の女性三人。

 二体が動作するかをあらかた確認したアリサがそんな三人を見つつ言う。


「うん、倒せてる。動作停止してるな。……ただ問題が……二人の技のデータも取られちまったみたいだ」

「へっ!?」

「おい」

「…………切り札、無駄に使っちまったな……あはは……」


 シャルロッテを下ろし、首を左右に揺らすマオウ。そして横に並んだ二人は同時に拳をパキパキと鳴らした。


「ちょ! ご、ごめんて……やめっ……あっあっ……あっーーーー!!」

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