第28話 妖《あや》とり
落下する救急車は先程まで、2人が居た小さな滑り台やプロトケラトプスの石像を押し潰す。
「モルタ!? 落ちるぅう!」
「なら、ワシの胸でも尻でもよい。どこかしがみつけ!」
女子の身体に触れる自由を与えられるなど、夢のような特権だが、恐怖でその恵まれた状況に感謝はできない。
モルタに身を任せ、クロトは宙を舞っている間、真向かいに青空を舞う人影を目で捉えた。
人影のはためくスカートや袖は、まるで炎をまとっている印象だった。
真っ赤なドレスに身を包んだディキマは、距離が離れている為、フランス人形ほどの大きさに見えるが、離れていても、鬼の形相でこちらを睨むのが見て取れた。
鬼に睨まれたクロトは「ひぃ!?」と、なんとも情けない声をあげた。
しかし、そんな細かいことを気にする余裕は、危難のクロトにはない。
モルタはクロトを抱えたまま一足飛びで、開けた交差点値へ移動すると、影が交差点を覆った。
見上げると、1台の消防車が真下に顔を向けながら落下する。
モルタの髪が風でなびくと、クロトの頬を彼女の髪がなでた。
そして髪が輝くと、再び青く染まり腰まで伸びた美女の髪に、単線の地平線が浮かぶ。
蒼天の女神モルタは、封じていた真理の力を解き放つのだった。
彼女が住宅から伸びるパース線を掴み、青空へ爪痕を刻むように引っ張る。
ゴムのように伸ばされる住宅もさることながら、爪痕のような線に落下する、消防車が当たると、消防車はまるで、シュレッダーにかけられたかのようにスライスされ、無数の赤い帯となって2人の頭上から降り注いだ。
危険を遠ざけたと思いきや、足元の影が大きく広がり、交差点を包む。
今度は空を埋め尽くす程の、何台もの救急車やパトカー、消防車が落下してくる。
クロトは見上げると慌てふためき、抱えられたモルタの腕で暴れる。
「モモモ、モルタァー!? にげ、逃げてぇぇええ!!」
「えぇい、女々しい! 暴れるでない!」
モルタは駄々っ子のようなクロトを叱り付けると、疾風よりも早く、その場を立ち去り回避する。
上空から地面に叩きつけられた、いくつもの車は、正面を潰し豪雨のような騒音を周囲に響かせた。
無表情でありながら、モルタは弾みのある言い回しをする。
「あやつめ、ワシを倒そうと息巻いておる」
宙を舞う2人の横を風圧がかすめる。
クロトが眼下に広がる、地図のような街へ目を凝らすと、歩道に並べられた標識が跳ね上がり、矢のように向かって来る。
蒼天の乙女は、海中から海面を目指して登る、イルカのように泳ぎながら、飛び交う標識の矢を華麗にかわす。
が、モルタは攻撃をかわすことに気を取られ、脇が甘くなり、クロトにかかる蜘蛛の巣に気付かなかった。
「モル……だあああぁぁぁーー!!?」
「いかん!」
クロトは蒼天の乙女から、すり抜けた。
引き寄せられる彼の視界に、燃え盛るドレスをまとった、ディキマの顔が近づく。
彼女は笑みを浮かべ、言葉を投げかける。
「久しぶりね、クロト君? あんな青くさい女より、私と遊びましょ?」
クロトは空中でもがくが、異能の力から逃げることは皆無。
カエルの舌に巻き取られた虫のように、ディキマの線に引き寄せられる少年を、モルタは手放しで見送ることはしない。
蒼天のモルタも追うように手をかざし、クロトを捕縛する。
クロトは、ディキマの魔の手から逃れ、今度はモルタへと引き寄せられた。
少年の絶叫だけが、ただただこだまする。
真紅のディキマは、手中に収めるはずだった戦利品を奪われ、苦虫噛むと、すかさず手をかざし取り戻そうとした。
2人の異次元人が放つ線に捕縛され、綱引きをする蒼天と真紅の間で、クロトは
「またかぁぁぁあああ!?」
捕縛されるクロトと女神達は、そのまま地上へと降りていった。
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