第26話 魑魅魍魎。火と戯れる女
夜が明けた武蔵境駅は、見るもおぞましい
コンクリートは、溶岩のように溶けて塊、ガラスやプラスチックは飴細工のように引き伸ばされ、混ざり合い、ヘドロに瓦礫が埋没しているような光景だった。
それ以上に不気味なのは、固まったヘドロに飲み込まれた、駅周辺の通行人が生き埋めにされていることだ。
ヘドロの塊から、片腕や片足を出した人々は、泣き叫び、救急隊に助けを求めた。
しかも、倒壊していない、建物の壁や木々の幹に、埋まっている通行人までいる。
まるで、最初からそこへ埋められていたか、壁を通り抜けようとして投け出せず、めり込んでしまったように見えた。
壁から助けを求める彼らに、現場で作業を行う救急隊も、どう対象し処置をほどこせばいいか、困惑する。
かつて、ルネッサンス期に育まれた、天才芸術家達が思い描く地獄を、遥かにしのぐ異様さだ。
この現場だけで憔悴した、ベテランの救急隊員は、異常な風景を見渡しながら言葉を漏らす。
「21世紀のフィラデルフィア・エクスペリメントだな」
側にいる若い救急隊員が探るように聞いた。
この状況から、逃げ出したいという心理を、悟られぬよう、冗談めかして言う。
「な、何ですか? そのハリーポッターの呪文みたいなやつ?」
「第二次世界大戦中に、アメリカ軍が行った極秘実験で、実験で戦艦が消えてたって言う、都市伝説だ」
「せ、戦艦が消えたのと、この惨事がどう繋がるんですか」
「消えた戦艦は、その後あらわれて、救急隊が駆けつけたんだが、乗組員は皆、戦艦の壁や床に生きたまま、めり込んでいたらしい」
若い救急隊員は青ざめた顔で黙る。
救助活動の現場となる駅から、少し離れた場所で、瓦礫が崩れる音が響く。
雪崩のように、瓦礫が転がって行くと、塊からボロボロの服をまとう、半裸に近い姿の女が全身を現す。
腰の中程まで伸びる、淡い栗色の髪は、汚れでベトついたように、彼女の肌に張り付く。
女に気付いたベテラン救急隊員は、驚愕の表情で女に駆け寄り、声をかけた。
「大丈夫ですか!? 怪我は――――」
気遣いをかける前に、ベテラン救急隊員のパースの線を、彼女は手刀で切ってしまった。
彼は弱まる噴水のように、液状化して崩れる。
それを見た若い救急隊員は、腰を抜かしへたり込む。
彼女の肌に張り付く栗色の髪が、深海のクラゲのようにゆらゆらとなびくと、真紅の輝きを放ち、蜘蛛の巣を思わせるパースが、髪に浮き出た。
真紅のディキマを見た若い救急隊員は、絶叫し背を向けて救急車へと逃げて行く。
その姿を妖魔は手で追うようかざした。
男の悲鳴が感に触ったのか、彼女はパースの線を掴み腕を引く。
パースの線は、若い救急隊員が駆け込もうとしている救急車に繋がれており、ディキマが線を引っ張ったことで、車両は鉛筆のように転がり、ハエを叩き落とすように救急隊員を巻き込んだ。
若い救急隊員は、
尚も失速することなく、転がり続ける救急車は、赤いランプを割り、白い外装が剥げて行く。
その勢いのまま、ディキマに衝突。
救急車はくの字に折れ曲がった。
燃料タンクから漏れ出たガソリンに、機械類がショートして火花を散らす。
火花はガソリンに引火し、炎をふきあげた。
炎にさらされているにも関わらず、ディキマの身体は、日光浴でもしているかのように、平然としている。
だが、異界の悪女の内心は、囲まれた炎をよりも、憎悪で煮えたぎっていた。
歯を猛獣のようにむき出しにして、目を血走らせる。
「モルタ……私の戦争に、あんたは邪魔なんだよ……」
ディキマは燃え盛る炎に手を突っ込む。
炎から手を引くと、炎は彼女の腕にまとわり付き、火の粉を撒き散らしながら、胸から足にかけて絡みついた。
炎は真紅の髪と同じような、赤いドレスとなり、袖やスカートには、紅蓮の焔を模した装飾が現れる。
光の角度により、服に描かれた焔の装飾が、蜃気楼のように揺れた。
仕上げに、火の粉を指先ですくい口に当てると、艶めかしい彼女の唇に、ルージュが塗られる。
救助活動を行う消防隊や警察官が、悲鳴や激しい物音と火災に気付き、何事かと駆け寄って来た。
集まって来る烏合の衆に、真紅の妖魔は、不敵な笑みを浮かべる。
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