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大通り公園沿い、少し西側にあるビル。
交差点の角に位置する四階建て。一二階はガラス張りになっている。三四階の外観は、大きな街頭ディスプレイとその横に大きなポスター。
ポスターは四階から三階までの大きさ。北海道で知らない人はいない俳優や女優が十数人並んで写っているポスター。
ディスプレイにはミュージックビデオが流れている。音はなく映像だけである。
そして入り口上部にある大きなロゴ。『ルナールプロダクション』とオシャレに浮彫されている。
三階の喫煙所に一人の男性がいた。
淡い茶髪をオールバックに固めた
窓際から生えるようにあるテーブルに片肘をつき、缶コーヒーの蓋を開ける。
一口飲むと胸ポケットからタバコを取り火を点けた。
窓から見える歩道を流れていく人々。向かいのビルの美容室。
歩道を歩く女性たちは浴衣姿が目立つ。
古嶋の背後から扉の開く音がした。古嶋は開けた人を確認する。
「おつかれさん」
缶コーヒーを持っている手を上げてそう言った。
そして、隣どうぞと誘うように体を開く。
「
入ってきたのは二十代の男性社員。青いスラックスに白いワイシャツ。ネクタイはストライプの入った赤いもの。
額を出し、トップをふわりとさせたオシャレな七三分けで髪は黒い。
この彼は
鈴木は古嶋の隣に立ちタバコに火を点けて煙を吐く。
「丈さんが会社の中にいるの珍しいですね。いつもスカウトで歩き回ってるのに」
「今日は祭りだからな。ほんとまいっちゃうねぇ」
「祭りだと会社にいるんですか? 人も沢山いて探しがいがありそうですけど」
「ったく。だからお前さんはいつまでたってもペーペーなんだよ」
「えー。教えて下さいよ」
「自分で考えろ」
鈴木は天井を見ながら考えるフリをする。
「あー暇だな。まいっちゃうな」
「やっぱりわからないです」
古嶋は呆れた顔をしながら、短くなったタバコを灰皿に入れる。
「そういえば。キックルズって
「ああ。再来月な。8月の東名阪ったら暑くてたまらんなぁ。まいったねぇ」
「やっぱ丈さん凄いっすね。この前までキャパが埋まりもしなかったキックルズを東名阪。札幌市内だとすぐチケットなくなるし」
「すごいのは俺じゃない。あいつらが頑張ったからだ。どんなにいい音楽でも聴いてもらえないと知らないまま終わるからな。俺はその場所を取ってきただけだ。それが俺らの仕事」
「へー」
「へーじゃない。お前さんもやるんだよ! ホントこの後輩にはまいっちゃうねぇ」
古嶋は頭を掻きタバコをもう一本取り出す。そして火を点けようとしたとき、携帯の着信音が鳴った。
仕事用の二つ折り式フィーチャーフォン。
古嶋は電話を取り喫煙所から出る。
十分程で喫煙所に戻ってくる。
「丈さん仕事っすか? 電話結構長かったですね」
「お前さんはまだサボってたのかい。まあビッグニュースだ」
「なんすか?」
「この前見つけた子から連絡きちゃったんだよ。諦め半分で名刺渡してたんだけどね。まさかくるとは思っていなかったよ。まいったねぇ」
「あー。言ってましたね。キックルズそっちのけで僕に話してたから覚えてます」
「それじゃ俺はさっそく会いに行ってくるから。お前さんも仕事しろ」
「もう一本吸ったら。へへへ」
****
古嶋は近くのカフェに足を運んでいた。ブラックコーヒー片手に窓の外を見る。
テーブル席に一人で座り、店員のいらっしゃいませという言葉のたびに入口を気にする。
祭りのせいか客は少ない。
何度目かのいらっしゃいませで古嶋は立ち上がった。
入口に立つ女の子はきょろきょろと人を探している様子。
女の子は古嶋を見つけると早足で席に着いた。
女の子は白いワンピースに淡いピンク色のカーディガンを羽織っていて、肩からは小さめの鞄が提げられている。
「よ、よろしくおねがいします」
「そんなに固くなんなくても大丈夫。こっちこそ急に呼び出したりして申し訳ないね」
「いえ。元々こっちにくる予定でしたから」
「祭りだもんね。では、改めて自己紹介をしよう。おじさんはルナールプロダクションの古嶋丈典。よろしく」
「よ、よろしくお願いします。私は川谷花菜といいます」
「花菜ちゃんか。可愛い名前だねぇ。君から連絡がきてビックリしちゃったよ」
「は、はい」
店員がお冷を持ってくる。
「花菜ちゃん。なに飲む?」
川谷は慌てながらメニューを取った。
「お、同じのでいいです」
「いいのかい? 苦いよ? これブラックコーヒーだよ?」
川谷は緊張からメニューが頭に入ってこない。
「アイスのカフェオレひとつ。ガムシロ多めに持ってきて」
注文をしたのは古嶋。
川谷は顔を赤くしている。
店員がその場を離れると、古嶋は柔らかかった表情を変えた。真剣な眼差し。
「なにがあった?」
川谷は首をかしげた。
「なにとはどういうことですか?」
「おじさんはね、色々な人をスカウトしてきたし、マネージャーもしてきた。正直言うと。君から連絡がくるというのはおかしいことなんだ」
川谷は真剣に聞いているが、話が見えてこない。
「君のような表に出ていくタイプではない子がなぜ連絡をくれたのか。おそらく相当覚悟を決めて電話をかけたはずだ。その覚悟を生み出した要因はなんだい?
おじさんはそこが一番気になる。もちろん君みたいな子が興味を持ってくれたのは本当に嬉しいし大歓迎だ」
川谷は下を向き黙る。
「彼氏にフラれたかい?」
「か、かか彼氏なんていません!」
川谷は耳も赤くなる。
「なら想いを寄せている人に彼女ができたとか?」
「そ、そんな人いないです!」
古嶋はタバコを取り出すが、禁煙席なのを思いだして渋々しまう。
「ご両親にはきちんと話したのかい?」
「……親はいません。去年事故で亡くなりました」
「申し訳ない。辛いことを訊いてしまったね」
「いえ。大丈夫です。……私は東京出身です。母方の祖父母がこっちなので面倒をみてもらっています。祖父母にはまだ話していません」
「ふむ。覚悟のことは一旦おいておこうかな。おじさんが君に求めたいことの話をしよう。これは強制ではないし、あくまでおじさんの願望なんだけどね」
「はい」
「今社内で新しいアイドルユニットを作る案が出ていてね。何人か候補も挙がっているんだけど、どうもしっくりこなくてね。みんな
我が強いのは良いことだし必要なことでもある。ただ。自分が目立てればいいって、お互いをライバルではなく敵視しててまう。
それはユニットではない。個人の内争。喧嘩してるユニットっていう色物では駄目だ」
「はあ……」
「君のようなタイプはまず人を見る。観察して性格などを考慮し、言葉を選んで話すはずだ。だから押すことも引くこともできる。候補に挙がっている数人はそれができない。
悪いところをお互いに押し付け合う」
古嶋は急に黙る。
店員がカフェオレを持ってきたからだ。
「まあまあ飲んでよ」
「はい。いただきます」
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