35

 平野清香きよか。陸ほどではないが、綺麗で長い金髪。緩くウェーブがかかっており胸の前におろしている。

 背筋をピンと伸ばした姿勢。そのせいでただでさえ大きい胸がさらに強調される。


 その後ろにいるのは小松沙耶さや

 ショートボブに強めのパーマがかかった髪型。オレンジに近い茶髪。背が小さく小学生に見間違える。

 そして特徴的な八重歯。


 そんな二人のいるD組の教室内で悲鳴が上がる。

 

 平野と小松は恐怖の真っただ中にいた。


 悲鳴を上げたのは、なにも知らされていなかった久保。


 小清水は両手を広げ、平野と小松が逃げようとするのを阻止。右手には脅しの道具が握られている。


「こんな手荒な真似はしたくなかったんだけどさ。君たちもこうなりたくなかったら俺の質問に答えてくれるかな?」


 平野と小松の目線の先にあるもの。

 それは小清水の右手に握られるパン・・。そして、嫌でも目に入ってくる湊の姿。湊は床で転がり歓喜と狂気に歪むアヘ顔。


「うめ゛えぇぇぇ――」


 ゾンビのような声を上げる湊の姿に、久保は腰を抜かした。

 小清水はパンを平野の口元に近づける。


「ひぃ――わ、わかりましたわ、なにが聞きたいのかは存じませんが。そ、そのおぞましいものを近づけないでくだ――ひぃ!?」

「清香ちゃーん。こわいよー。この人たちはなんなのー」


 平野は大きな胸を揺らしながら一歩前に出て小松を守るように手を横に伸ばしている。小松は子猫のように平野の後ろにしがみついている。


「少し目立ちすぎたなー。海山妹は幸いここにはいないみたいだし……今のうちに場所を変えるか」


 小清水が顎で平野と小松に来いと指示する。二人はそれに従った。



 移動した先は階段の踊り場。ここは生徒玄関から近い。


 正気を取り戻した湊が腰に手を当てて言う。


「あんたたちさ、なんか悪いことしてない?」


 平野は腕を組み高飛車な態度。小松はその背後で怯えている。


「なにも心当たりはありませんわ。一体なんなのですか? あんなはしたないものを見せつけて脅しとは」

「そうだよ! あたしたちがなにしたってゆーのさー!」


 小松は強気に言ったかと思うと再度平野の後ろに隠れる。


「――海山陸」 


 湊が陸の名前を口にすると、二人の表情が少し変わった。

 これを見て湊は続ける。


「加藤先輩。桃木先輩。茶木先輩。金子先輩。この四人の先輩に心当たりはない?」


 平野の高飛車な表情が弱まる。


「……加藤は知りませんわ。ただ残りの三人はわたくしの中学からの先輩ですの……」


 平野はうつむいてしまう。

 湊たちは顔を見合わせる。そしてビンゴだと悟る。


「陸ちゃんに嫌がらせをしたのはあなたたちで間違いないわね?」

「……ええ。そう言われても仕方がありませんわね」

「清香ちゃん……」


 小松は平野の後ろから顔を出し、心配そうに平野を見る。そして、眉間に皺を寄せて湊たちを睨む。


「清香ちゃんは悪くないんだからね! 悪いのはその先輩たちなのー! 清香ちゃんをいじめないで!」

「沙耶さん。もういいのです。嫌がらせをしてしまったのは事実ですわ」


「でも!」

「いいのです」


 小清水が割って入る。


「別に俺たちはお前らをボコボコにしようってわけじゃないんだ。ただやめさせたいだけだ。もしなにか訳があったなら聞くけど?

 その先輩たちが評判悪いのは俺らも知ってる。脅されたりしてたんじゃねーのか?」


 湊は納得のいかない顔をしたが、口をつぐむ。


「わかりました。聞いて下さるというのであればお話します」


 平野は海山陸に嫌がらせをするまでの経緯を三人に説明した。


 平野は中学のとき、桃木たちから嫌がらせを受けていたこと。

 高校に入学して早々パシリ扱いされていたこと。

 先日には海山陸を連れてこいだの、嫌がらせをしろだの言われたこと。

 平野と小松は陸に対してこんなことはしたくなかったということ。


「わたくしたちはあの人たちのせいで……。いえ、目をつけられてしまった自分を悔いるべきなのでしょう」

「清香ちゃんはわるくないよ。あのカラフル頭の先輩たちがわるいんだー!」


「沙耶さん。あなたも無理にわたくしの側にいなくてもよいのですよ」

「ちがうもん! ムリなんてしてないもん! 一緒にいたいんだもん」


 そのとき、誰かが階段を下りてくる音が響く。


 皆口を閉じる。


 そして音を出した正体が現れる。

 平野と小松はそれを見て固まる。


 桃木を含む三人である。


「へぇ。誰が悪いって? 黙って聞いてりゃ全部ペラペラと喋りやがって」

「この子たちにはお仕置きが必要じゃん?」

「あはははは」


 顔を見たことがない湊たちもこの三人が誰かを理解した。

 桃木は平野の横に近づき胸をわしづかみにした。


「――んっ」

「おーおーでっけ胸だなー。知り合いにさー、この牛みたいなちちが好きなやついんだよ。紹介してやろうかぁ?」


 平野は顔が歪み目には涙が浮かぶ。


「おい、やめろ。先輩は後輩にやさしくするもんですよ」


 小清水が桃木の腕を掴み、二人を引き離した。


「んだおめぇ。気安く触ってんじゃねーぞ」


 桃木は小清水を睨む。小清水は引かない、視線をそらさずに睨み返す。


 険悪なムード。沈黙。


 ここで予鈴が鳴る。


「チッ。お前のツラ覚えたかんな。クソ垂れ目」


 三人は階段を上っていく。そして、茶木が桃木に訊く。


「ねぇねぇももっち。あの垂れ目どっかで見たことない?」

「知らねーよ」

 

 三人の姿が見えなくなると平野は腰を抜かし座り込んでしまう。


「清香ちゃんだいじょーぶ!?」


 小松が駆け寄る。


「――ええ」


 小清水が平野に手を差し伸べる。


「ほら、立てよ」

「あ、ありがとう――ですわ」


 平野は赤面しながらも手を取り立ち上がる。


「みっともない姿を見られてしまいましたわ」

「気にすんな。しかし、あの脅し方は胸糞悪いな。――クソ!」


 このとき、湊の顔は恐ろしいものだった。先輩三人のせいではない。この顔を見ていた久保は震えていた。

 小清水が踵を返し湊の方を向くと、取り繕った笑顔に変わった。


 そんな湊が口を開く。


「平野さんと小松さん。陸ちゃんに嫌がらせするのはもうやめてくれるよね?」

「……ええ」


 二人は申し訳なさそうな顔になる。

 そんな二人に小清水が言う。


「大丈夫だ。次に先輩たちがなにか言ってきたらさ、俺たちに相談してくれよ。協力するからさ。あんな奴らに従ってたらだめだ」


 垂れ目が際立つ優しい笑顔。そんな小清水の顔を見た平野は再度赤面する。


「俺たちはあの先輩を黙らせるのが目的だ。情報も必要だし……だから君ら二人も協力してくれ。お互いに悪い話じゃないだろ?」

「わかりましたわ。わたくしとしては願ってもないこと。沙耶さんもいいですわよね?」

「う、うん。あたしは清香ちゃんがいいならそれでいいよ」


 笑顔の小清水が慌てる。


「やべ! さっきの予鈴だよな! 早く教室戻んねーと」


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