chapter2 妹

24

 五月も終わりに差しかかる頃のことである。


 高校の体育館へ繋がる廊下。その廊下の途中にはトイレがある。

 放課後の部活がある時間は込み合うトイレ。しかし、それまでの時間は殆ど使われることはない。


 午前中。授業の中休み。そんなトイレに一人の女子がいた。

 彼女は必死に洗面台で髪を洗っている。洗っている部分は肩から下の毛先。

 排水溝に流れていく水は黒く濁っている。


 彼女は唇を強く噛みながら必死に髪を洗う。

 涙で視界がぼやけても気にせず洗い続ける。



****



 時は五月に入る頃。日曜日昼過ぎ。


 空は自室でクニツルを使って調べ事をしていた。

 インターネットの検索欄に打ち込まれた単語は『モテる条件』。


 空は机で真剣にメモを書きとる。

 自信があること。笑顔。気配りができる。ファッションに気を遣う。会話でリアクションをする。


 空が見つけたサイトに書いてあったことはこの五つ。


 クニツルはインターネット画面を表示したまま話しかける。


「空坊。お前はなにか自信があるものとかはあるのか?」

「ない」


「それでは笑顔はどうだ? 俺様に笑顔で話してみろ」

「こ、こんな感じか? ど、どうだ?」


 口角はピクピクと片方だけが上がり、なぜか鼻穴もひくついている。笑顔とはほど遠い。不気味である。


「んん。昔の知り合いにそんな顔の悪魔がいた気がするな」

「おい。俺は悪魔みたいな顔ってことかよ」


「まあ。笑顔は作るな。負の効果だ。……気配りはどうだ? これならできているのではないか?」

「どうだろうな。そもそも六班のメンバーと陸くらいしか話す相手いないしな。一応自分なりにはできているつもりではある」


「なんだ、はっきりせんな。次のファッションはどうだ?」

「服は苦手だな。自分で買ったことがない」


「あのタンスに沢山入っているであろう?」

「あれは全部親が海外から買ってきたお土産だよ。一応お気に入りはハットリバー王国のTシャツ」


 このTシャツは、マリンブルー色で鳥と天秤を模したワンポイントが入っている。


「会話でりあくしょんというのは? りあくしょんとはなんだ」

「相槌打ったり、驚いたりとかだろ? 手とか動かしてへぇー凄いじゃん、みたいな」


「ああ。あの垂れ目小僧がよくやっているな」

「そう、春君みたいな感じだな。俺は相槌は打っても手は動かさないな」


「そもそも空坊。モテるというのは異性に好かれるということだろう。なにもこんなややこしいことしなくてもいいではないか」

「なんでだよ。こういうことができていないから俺はモテないんだろーが」


「いや。お前は川谷の嬢ちゃんに惚れているだろう?」

「――な! お前、頭ん中覗くのやめろ」


「そんな照れんでもいい。お前は最初、嬢ちゃんは自分を嫌っていると思っていたはずだ。だが、顔を間近で見たときに気づいた。可愛いと。

 嬢ちゃんは、お前に今調べたようなモテる要素を行っていたのか? 嫌われているというお前の負の感情が一気に正に向かったのはなぜだ? そう、顔だ」

「うーむ」


「お前は顔を見て可愛いと感じ、女性として嬢ちゃんを見たんだ」

「うーむ。確かに川谷さんは可愛い」


「ならば空坊も眼鏡を外して素顔を出せばよい。垂れ目小僧もそう言っていた」

「春君が? いや、男に言われても気色悪いだけだぞ。それに俺が素顔を出してもキモがられるだけだ」


「お前はイケメンだ。俺様を信じろ。だからコンタクトレンズとやらにしろ」

「俺がイケメン? んなわけあるか。それに前にも言ったけど、コンタクトは嫌なんだ!」


 空は中学に入った頃、親の勧めでコンタクトにしたことがあった。しかし、合わなかったのか目は充血し、できものまでできる始末。

 それ以来トラウマとなっている。


「本当に強情なやつだ」


 と、今は普通に話している空とクニツルだが、河川敷での一件で一度喧嘩をしていた。


 クニツルは河川敷の日から二日程で動くようになった。

 当然のように陸はお仕置きをしていた。煮る。炙る。縛る。殴る。

 しかしクニツルは『結果良ければすべて良しではないか』と、平然としていた。

 陸は、空が完全に乗っ取られると思っていたらしく、空の顔をボコボコにしてまで追い出そうとしたのだ。

 クニツルは乗っ取る気などなかった。

 

 空はクニツルの言い分に腹は立っていなかった。二人の仲を取り持つために協力してくれたのだからと。

 ただ小清水とキスをしたというのが納得いかなかった。


 クニツルは『あの女子おなごの気持ちを動かすには垂れ目小僧との接吻が一番だったのだ』と言う。


 そしてファーストキスを奪われた空は、もっとやり方はなかったのかと問う。

 ましてや川谷の前でのキス。


 らちの明かない流れが何時間にも及んだ。


 結局折れたのは空。

 そして、ひとつ約束ごとが追加された。『憑依は禁止』と。


「空坊。ならばもう少し見た目の良い眼鏡はないのか? その丸眼鏡ではどうも格好がつかん」

「これが気に入っているからな。変えたくはない」


「むう。まずはモテようとする前に、その強情をなんとかせんといかんな」

「うるさいなぁ」


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