まもりさわと同級生モブ

@kuroooo712

第1話


「ほら、手を貸すぞ」


 そう言っていつも笑って手を差し伸べてくれる千秋が、俺は好きだった。



 気が付いたら、側にはいつも千秋がいた。クラスの中ではどちらかというとそんなに目立つタイプではないのだが、そんな俺にいつも千秋は笑いかけて、気にかけてくれていた。

 家は別に近い訳ではない。それでも登下校はほとんど一緒だったし、体調を崩した千秋にノートを届けるのも俺の役目だったりした。



 千秋がバスケをするというから俺も真似してバスケ部に入った春。怖がる千秋を見るのが楽しくてわざとお化け屋敷に入った夏。案外読書家の千秋を追いかけ図書館に通い浸った秋。「寒いな」と言いながらも千秋がまるで太陽みたいに温かく笑っていた冬。


 これが俗に言う親友、というやつなのであればそうなのかもしれないと、俺は思う。


 きっとこんな毎日が、いつまでも変わらずに続くものだとばっかり思っていた。


 少しずつ日常が変わってきたのは、千秋が俺に見せた一枚の紙切れから始まった。



【第一志望:夢ノ咲学院アイドル科】



 “アイドル”


 その文字を見た途端、まるで俺はどうやって声を出すのか分からなくなったみたいに何も言えなくなってしまって、ただただ目の前で期待に胸を膨らませる千秋の目を見返すことしか出来なかった。


「俺はみんなのヒーローになりたい。その夢を叶えるためには、ここが1番と思ってな」


 何も言わない俺に驚かせてしまったな、と苦笑いする千秋を見れば、これが生半可な気持ちではない事ぐらいすぐに分かった。


「…良いじゃん。応援するよ、俺は。…そうだ、もしそうなったら俺が千秋のファン1号だね」


「おおっ!それならモブには1番にサインを書いてやろう!」


 早速、と言いながら俺の進路用紙に不慣れなサインを書き始めた千秋を止めて、自分の進路用紙を乱暴にカバンにしまい込んだ。


−−−−大丈夫、きっとこれからも、こんな何の代わり映えのない毎日がいつまでも続いていくんだから。そう思っていたはずだったのに。



 高校に上がって、千秋は無事に夢ノ咲学院アイドル科に合格した。それを追うようにして、俺は普通科に入学した。だが、千秋との交流は目に見えて減っていった。それこそ始めの頃は週に何度かは一緒に帰ったり寄り道したりしていたが、学年が上がるごとにその頻度は間隔を空けて、それがまるで俺と千秋の間を隔てる見えない壁みたいに感じて、とても心地が悪くなった。


 あまり普通科の生徒は千秋の居るアイドル科に足を運ぶことはない。校則で決められて居る訳ではないのだが、次期アイドルとして芸能活動を行なっていく生徒だからこそ、あまり深く交流を持たないように、というような雰囲気になっていたのだった。それでも俺の普通科のところまで千秋の噂が耳に届くようになってきて、俺は少しだけ胸が締め付けられるような感じがした。


 俺より後に千秋を知った人間が、俺より千秋の側に行こうとする。まるで千秋の全てを知ったような口ぶりで、千秋のことを流暢に語る。


 そんな空気が、俺はとても嫌いだ。


 定期的に掲示板に張り出される構内ライブの演目に千秋の名前を目にする事が多くなってきた頃、それとは裏腹に俺の足は千秋のステージからどんどん遠退いていった。何度かライブに赴いた事はあった。初めて千秋のライブを見た時には、まるでそのステージに立ち歌う姿が千秋であって、千秋でないような不思議な感覚に陥ったのをよく覚えている。


 キラキラと眩しい笑顔の千秋の姿が、まるで俺の知ってるものとは違うような感じがして、なんだかとても、悲しくなった。



「“俺はみんなのヒーローになりたい”」



 あの日、確かにそう俺に打ち明けたのは、まだ幼くあどけない笑顔の千秋だった。それなのに、今俺の心をひどく苦しめて居るのは、他の誰でもない、千秋自身だ。


 音漏れで風に乗って聴こえてくる歌声を、どこか他人事みたいに聞き流して、下駄箱からスニーカーを取り出して。外の風はもうじき冷たくなる頃だろう。


 1人で歩く帰り道に寂しさはもう感じない。それでも時々思い出すのは、あの頃の笑顔ばかりで。でも、その笑顔はまるで夢の中みたいに、日に日に鮮明には思い出せなくなってきていた。


 ぼやけた靄の中にある思い出は、まるで手が届かない遠い空の向こうの雲のようにふわふわと心を漂って。この気持ちが、いつか千秋に届けば良いのに。


 歩きだした頃には、もう俺の耳には歌声は聞こえなくなっていた。



おしまい




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