私の初恋は実らない

私の初恋は6歳の時。王妃様が主催したお茶会に両親と共に初めて出席した時だった。


父は宰相を勤めていて王様とも懇意にしていたし、母も王妃様とは遠縁で仲が良かったらしく、緊張しながら挨拶する私を御二方が温かく迎えて下さったのは今でも覚えている。


そこで、私は2歳年上の彼と出会った。

ハニーブラウンの髪の毛はキラキラと光を纏っていて、王族特有の金色の瞳がとても綺麗で、私はその瞳に一目惚れしてしまった。勿論、穏やかでにこにこと笑顔を向けてくれる彼の雰囲気含めてだけれど。


お互いの両親も、私達が仲良くするのは嬉しいらしく、私達は日を開けずに王宮で遊んでいた。庭園で隠れんぼをしたり、絵本を読んだり。彼は魔法使いの素質が有り、まだ幼いのに魔法学や薬草学まで勉強していて、私はそんな彼を尊敬していた。

庭園で植物の名前を教えて貰ったり、時には虫を嬉しそうに捕まえて見せて来たり。(私も幼かったから、好奇心が勝って一緒に観察していたけど。)それを、彼は何故か喜んでくれて、私を更に可愛がってくれた。



そんな日々が続き、私が8歳になった日、光の女神協会の神殿で、洗礼の儀を受けた。


それは、使える魔法の種類や、適性。それからギフトと言われる固有スキルを知る儀式なのだけど……私の適性は魔法騎士。しかも固有スキルが珍しい全対応型魔法付与の筈なのに、肉体強化に特化していて、私は恥ずかしくなった。女の子なのに肉体強化って……恥ずかしくて彼には言えなかった。


だって彼は魔法使いでも普通は3つぐらいまでしか属性は扱えないのに、光、炎、風魔法が使えるどころか土魔法も出来て、そこへ珍しい固有スキルの空間魔法まで使えるんだもの。

私は羨ましくて仕方が無かった。

けれど、流石王子様だなとも思って、一人でときめいたりしてたっけ。






「だから〜、何でそこで俺に言わないんだよ?! 金は何とかなるっつったじゃん! 」


そんな憧れの彼は、ボサボサになった髪を乱暴に掻きつつ、草臥れたローブを羽織ったその姿は、今では王子のおの字も面影は無い。

彼は過酷な旅で可愛らしさを失い、代わりに精進な顔付きと厳しい目付きと、口の悪さが身に付いた。


魔王が祖国で復活して早10年。

子供だった私達は騎士達に助けられながら命辛々逃げ出した。増える魔物に護衛は私達を護りながらも次々命を落として行き、最後大怪我を負いながらも小さな村で住まいを見つけてくれた騎士様も、怪我により病気になってしまい、1ヶ月もしない内に亡くなってしまった。


そこでの私達の扱いはまさしく腫れ物扱いで、皆魔物に怯えて自分達の生活が脅かされない様にするのが精一杯で、私達は森で食べ物を探しに出るばかりだった。

その内、村の住まいにもあまり居つかなくなった。森ではスライムを食べたり、特訓したり……色々あった。スライムの不味さと言ったら……お陰で、少しでも美味しい物が食べたいという執念で、私の料理の腕が上がったけれど。


今では冒険者として国々を渡り歩き、魔王を倒すべく修行に明け暮れている。



「だって、これから核を潰して回るんでしょ? 主が居るらしいし、いくらジークの転移魔法があるからって、そう毎日お風呂も入れるか分かんないから、長いと邪魔でしょ? 」


ジークが何やら怒っているんだけど……これから広範囲に渡って広がった魔王の結界を崩す旅に出るにあたり、私は髪をばっさりと切って町で売ってお金にして来たのだ。けど、相談が無かったのがそんなに駄目だった?


「なんで、くそっ……」


何やら悪態ついてるけど、あまり身形が良いと、盗賊に狙われたり変に目を付けられて金の無心をされるっていうのは、子供のころに嫌と言う程味わったから、髪も香油も塗らずに過ごしてパサついていたし、特に後悔は無いんだけど……。


「俺はそんなに頼りになんないか?! 確かにこの前のベヒモスは喰っちまって、角と皮しか残んなかったけど、あれでも半年生きていけるぐらいの金になったろ! 」


そうなのだ。大型の魔物を狩って歩く私達は、最早その辺の貴族よりもお金持ちだと思う。買う物も問題無く買えている。


「いや、売ったのはついでだし……お金に不満は無いって」


「只でさえお前は女らしさのかけらも無ぇのに、髪を切っちまったらもう絶望的だろうが……」


「は? 今なんつった? 」


丁寧な貴族の言葉使いは、村ではとても浮いた。と言うか、何処へ行っても浮いた。ある時なんて、人攫いに目を付けられて大変な目に合った。あの時のジークの暴れ振りと言ったら……12歳の子供とは思えないぐらいだった。

ドレスはとっくに売り払っていたけれど、言葉使いを直すのは相当苦労した。……まあ、今では何処へでも馴染むぐらい口が悪くなってしまったけど。


「あのぐらい伸ばすのはどんだけ掛かるんだ? もう切るなっ、お前の唯一の女としてのアイデンティティだろ! 」


「はあぁ?! ……決めた。もう魔王を倒すまで短いままで行く。何でジークに決められなきゃいけないわけ? 」


そう言うと、ジークは悲壮な表情になった。何なの? 本当。


「分かった。直ぐにでも魔王を潰す」


地の底から出したみたいな声で呪詛を呟くジーク。怖いんだけど。核を潰さなきゃ辿り着けないからね?



ジークは昔一目惚れしたという初恋の君の為に魔王を倒すんだそうだ。

それだけじゃなくて、魔王を抑えようとして亡くなったご家族の為も勿論あるし、祖国の罪の無い人達の命が奪われた事もジークは気に病んでいる。

私だって、私を逃す為に犠牲になった家族の事は忘れられないし、魔王は許せない。だから、魔王討伐は大賛成だ。放置するつもりも無い。


けど、何度も聞かされた憧れの君の話。

もう耳にタコが出来そうなぐらい聞かされた。その子はもういないと言うから、きっとあの魔王復活の際に命を落としたのだろう。


でも、そうしたら私はどれだけ頑張っても敵わないじゃないか。死んだ相手は美化されるものだ。

自分の頭の中で良いところばかり思い出して、補正して。そうしたら、そんな絶世の美少女だったという彼女には勝てない。


ずっと一緒に居るのは私なのに。でも彼から私は女扱いされない。じゃあ何であの時私を連れて逃げたんだ。その憧れの君と逃げれば良かったじゃないか。偶にそんな暗い思いに引きずり込まれる私を、目の前の彼は気付きもしないけど。



それから私達は結界術の核を潰して回った。潰すのは簡単だった。只、主を見付けるのが困難だった。

あるものは満月の夜にしか現れなくて1ヶ月待ったとか、あるものは規則性が無くて、いつ出没するか本当に分からなくて何十日も廃墟に寝泊まりしたりとか、其方に日を取られ、最後の核を潰す頃には3年も経ってしまっていた。


けれど、あれだけ私達が苦労して潰して来た核の最後の最後で誰かに破壊されていたのを見た時は、少し虚しくなった。


ジークと私があれだけ苦労して来たのに。


けど、これで魔王を潰す事が出来る。

魔王を潰す為だけに費やした13年。それがこれから身を結ぶのだ。もうジークと私のレベルでは自慢じゃないけど、きっと楽勝だと思う。『悪食スキル』で取り込んで来た様々な魔物の加護、スキル、レベル……。そして核の主を全て喰らい尽くした私達は、もうこれ以上無い程の域にいるのだ。



けれど、魔王を倒したらその先は……?


確かにお互いの復讐は果たされる。そうしたら、私達は二人でいる必要も無くなってしまう……。このまま彼は一人で過去を吹っ切って、私とは別の誰かと生きて行くのだろうか。そんなの、そんなのは辛過ぎる。私だけ17年も初恋を引き摺って……。


だから魔王の元へ転移魔法で飛ぶ時、ジークの肩に手を掛けながら私はズルをした。だって、言わないまま魔王と相対なんて出来そうになかったから。



「ん。ねえ、ジーク?私……初恋の人の代わりになれないかなぁ?私じゃ駄目……? 」



それは空間の歪みによって、きっと彼には聞こえていない。けど、言いたくもなるじゃないか。だって初恋だったんだもの。私には彼しかいないのに……。





その後、ジークの空間魔法で言葉通り魔王を出来うる限り圧縮して、無事に魔王を倒した。

心配はして居なかったから、私は魔王討伐で倒れた人達の様子を見ていたけど。だってあの魔法は、ジークと二人で編み出した付与魔法は、魔王にだって解ける筈無い。


何度も魔力が反発しあい、お互い傷だらけになりながら創り上げた魔法なんだから。


ジークはあっという間に魔王を制御したかと思うと、倒れている人達を次々と転移魔法で飛ばして行った。あれは位置は合っていても高さが安定しないから、倒れた人達が着いた場所で頭を打っていなければ良いのだけど……。


それなのに、何事も無かったかの様に彼は自然に私を抱きしめるものだから、私は色んな思いがごちゃまぜになって、いつ振りだろうジークと抱き合い、一頻り泣いたのだった。





ーーーーーー





「結婚……ですか?」


それは、国を復興すると決めたジークに付き添い、近隣の有力者に援助や助力を求める行脚が終わり、本格的に城へ居を構える手筈を整える段階に来ての、突然な話しだった。


「うん。ぼちぼち王都の整備も整って来たし、ここらで民達を勢い付ける様なお祝い事を開催した方が、結束力も高まるし良いと思うんだ。それに、ジークフリードも良い年頃だろう? 丁度良いんじゃないかな? 」


そう言うのはジークの又従兄であるオルティック卿。彼は遠い異国に外遊していた時に魔王復活を経験した。壊滅状態の王国から影響を受けない程度の離れた地で、路頭に迷う民達を守り、大きな街を作り上げていた方だ。今ではジークの後ろ盾になってくれて、色々と助言を頂いている。


結婚……私は魔王を討伐してからもジークと離れる事が無かった事に安堵していて、そんな事まで頭が回っていなかった。

とにかく復興には人も時間も足りなくて、いくら私の魔法付与で物を軽くしたり、人を元気づけたりしても追いつかない程忙しかったし。

けど、そうか……ジークは一国の王になるのだ。妃を娶るのは当たり前の話だ。でも、彼は初恋の君を忘れられたのだろうか? 王ともなれば、そんな事を言ってはいられないのだろうけれど。


「……と思うんだ。君はそれで良い? ミリュシオン」


「え、ええ」


考えに浸っていて、話しを聞いていなかった私は、内容も分かっていない癖に返事をしてしまった。途端にジークの顔がパアッと明るくなって、最早殺人級とも取れる笑顔を向けて来た。その顔に、私は胸がどきりと高鳴った。


復興が始まってからジークは国庫の宝飾品をある程度売り払って復興の足しにし、後は今まで稼いで来た莫大な資金も惜しげも無く充てて今迄事を進めて来た。

最初は民と同じく泥だらけになり、寝るのも惜しんで動いて来た彼だったけれど、少し落ち着いてからは、上に立つ者として身嗜みは大切だと、衣服を仕立ての良い物に揃え、整えたハニーブラウンの髪は昔の様に輝きを放ち、瞳も随分と柔らかくなった。

そんな彼は、私の一目惚れした頃の容姿にすっかりと戻り、あれだけ悪かった口調も今では見る影も無い。


そんな彼に微笑まれて何事か聞かれたら、内容が分からなくても思わず頷いてしまうじゃないか。


「良かった……。ミリーに断られたら俺は生きる意味が無くなる。これから更に忙しくなるけど、頑張ろう、ミリー」


「ま、任せて下さいませ。何年貴方様と共に居ると思ってらっしゃるの? ジークフリード様」


「そこはジーク、だろう? せっかく可愛い事を言ってくれたと思ったのに……」


「?! 」


か、可愛い言葉なんて私いつ言ったの??

最近ジークの様子がおかしいとは思っていたけれど……可愛いとか、愛らしいとか、俺から離れてはいけないとか……逐一言って来る。いや、最後の言葉は冒険者の頃もずっと言われて来たけど……王様になるから、脳内お花畑にでもなったの?! 何とも思って無い女にお世辞言えるぐらいに??


『おやおや、胸焼けしそうだ。御馳走さま』なんてオルティック卿に言われたのだけど、一体何の話しなの?! ちゃんと聞いておけば良かった!




そんな私が話しを理解した頃には、もう後には引けない所まで来ていた。

ドレスの採寸も、王のお付きの者が質素な服装ではいけないと配慮して新しく作ってくれるものだと勘違いし(その前から既に何着も仕立てて貰っていたけれど)、話しも聞かず私の頭の中はジークの結婚の事や、街の復興の事で一杯で、そのドレスが完成して試着する迄全く思ってもいなかったのだ。


鏡に映っている私は、何処をどう見ても花嫁姿だった。


私がジークの妃になる?!


通りでジークがちょいちょい花を送って来たり、また愛しいとか可愛いとか甘い言葉を囁くと思っていたら、まさかの私!

これは……何で? 気心が知れた仲だから? いや、嬉しい……勿論嬉しいけど……私は今だにジークの初恋の君が気になって、素直に喜べないでいた。


もう式の日取りは決まってしまっている。

気付くのが遅過ぎたのだ。けど、形だけの妃になるにしても、本当に私で良いのだろうか? でも、他の誰かがジークの隣に立つのも受け入れられない。絶対に嫌だ。それなら……多少辛くたって、形だけでも私が妃になろう。

どうせ、只一緒に居るだけなら今迄と何ら変わらないのだから。






式当日の日、わたしの目の前に立つ初恋の彼は、真っ白な生地に金の装飾が豪華な正装に身を包み、何処から見ても完璧な貴公子としていて、私は頬が赤くなるのを感じた。

形だけの花嫁なのに、また私は彼に惚れ直してしまったらしい。元々整った顔が、いつにも増して輝いて見えるのだから、私はもう重症かも知れない。


そんな彼が、


「ミリュシオン、今日は一段と綺麗だ」


何てお世辞を言うものだから、私は少しむっとしてしまった。だから、


「まあ。目が悪くなられてしまわれたのかしら? ジークフリード様は? 」


なんて可愛げの無い事を言ってしまう。綺麗なのは彼の方なんだもの。でも、こんなだから、彼は私を女扱いしてくれないのも当然だ。でも、彼はそんな私の様子も気にしないで、嬉しそうに破顔すると、


「そんな訳無いだろう?が好きな人はずっと変わらないよ、初恋の人。ずっとずっと魔王の呪縛から取り返したかった。他ならぬ君を。今更だけど、心も俺のものになってはくれないだろうか、ミリー」


……なんて言葉を口にしたのだ。


初恋の人が誰だと言って無かったし、もういない、会えないなんて言うから、てっきり亡くなったと思っていたのに、何でそれが私? ずっと一緒に生きて来たじゃない。お互い助け合って……けど、それじゃあ、彼の大事な人は……


「……初恋って……何よ。言ってよ。私、私だって、ずっとジークの事……」


そう言ってる間にも涙が溢れて、言葉にならない。何よ、もっと早く言ってよ! 今迄の私の悩みは何だったの?? そう思っている間に、彼は私の手を取りそっと口付けした。その途端、どきどきとしていた心臓はばくばくと波打ち、私は倒れそうだった。


「返事をして貰えないか、ミリー」


「もう全部ジークのものにしてよ……」


もう、ずっとずっと心どころか私の全ては彼のものだ。彼以外に渡す訳が無い。そう思って言った言葉だったのだけど、彼の瞳が一瞬獲物を狙う様な鋭さを放った気がした。勘違いかな?


ジークは手を繋いだまま、嬉しそうに民衆へ手を振る。私も涙を堪えつつ、皆に手を振った。これからやる事は沢山ある。けれど、今日だけはこの恋を噛み締めても良いよね。

長かった。ここまで来るのはとても長かったけれど、これから先共に歩むのが私なのが嬉しくて仕方がない。



昔誰かに聞いて初恋は実らないって知って、暗くなっていた過去の私に教えてあげたい。貴女の未来にも、隣にジークはちゃんと居てくれるって事。





ーーーーーー





その夜、野獣と化したジークは、何処のどんな魔物よりも怖くて、でも蕩ける程に優しくて、私は内心慌てている間に言葉通り全て彼のものになった。

……私の知らない面が彼にはまだまだ沢山あるらしい。


隣に眠る初恋の王子様の髪を撫でて、私はこっそりと微笑むのだった。





おしまい

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俺の初恋を返せ。(魔王は絶対ぶっ潰す!!) 芹澤©️ @serizawadayo

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