魔本少女ブックマウンテンらの

@dekai3

第1話 魔本は突然に

『今だ!読書玉リードボールを投げるんだ!らのちゃん!!』

「え、えーい!」


 腰帯に付いている狐のお面の声に従って、右手に出来た虹色に輝く球を太っちょのおじさんに向かって投げる私。


ヒュー ズゴーン バチバチバチィ


「ぐ、ぐぁー!あの作者はヘイトスピーチを…差別発言をぉ……」


シュゥゥゥ ポンッ


 初めての読書玉リードボールはちゃんと機能したみたいで、全身が黒く染まった太っちょのおじさんは軽快な音を立て、元のランニングシャツにステテコパンツの姿に戻った。


『やった!アンチ獣の退治成功だ!後は拡散した読書熱量リーディングカロリーを魔本に回収するんだ』

「え?ど、どうやって?」

『本に意識を集中して集まれって念じれば大丈夫!』


 言われた通りに左手に持った魔本を掲げて広げ、心の中で(集まって)と念じる。

 すると、おじさんから飛び散った空気のような物が魔本に吸収されて行くのを感じる。

 私はそれを(あのおじさんの体臭や汗だったら嫌だなぁ)って思いながら見ていた。






 私がこんな90年代学園系異能バトルライトノベルの主人公みたいな事になったのは、ほんの数十分前の事。






「わわ、遅刻しちゃう〜」


 私はライトノベルが大好きな中学生の本山らの。

 この読書好きが集まる本の都、本都の中央中学校に通う二年生。

 昨日は遅くまでラノベの新刊を読んでいたせいで、起きたらいつもの登校時間を大幅に過ぎて遅刻ギリギリ。

 この間も生活指導の先生に怒られたばっかだし、今日はなんとしても時間内に校門をくぐらなきゃ。


バァン!!


「きゃっ!?」


 通学路の途中の公園に差し掛かった所で、公園内から大きな音が聞こえた。


ガランガラン ビー!ビー!ビー!


「え、え?何?何?」


 驚いてズレかけたメガネを直しつつ大きな音のした方向を見ると、公園のトイレの横にある自販機が大きくへこんでいて、中の缶ジュースを撒き散らしながら警告音を鳴らしている。

 そして自販機の前にはぐったりとしている白いモコモコした生物。もしかしてあれが自販機に当たったのかな?

 駆け寄ってみると白いモコモコは狐だった。こんな都会に狐?何処かのペットなのかな?素手で触っちゃったけどエキノコックスは大丈夫?ええと、狐を触った手で食べ物に触らなければいいんだっけ…


「ぐえっふぇっへっへ。あの作者はなぁ、異世界で奴隷開放の感動作を出しているけどなぁ、過去にブログでの女の子に乱暴したいって言っていたんだよおぉぉ!!」


ガァン ガァン


 私がラノベで得たエキノコックスの対処法を思い出していると、トイレの中から男性の叫び声が聞こえてきた。

 どうやら叫びながら壁を叩いてるのか、コンクリートの壁が大きく揺れている。

 私はその音と男性の叫び声に恐怖を感じて、狐をぎゅっと抱きしめた。


『う、ううん…はっ!どうして女の子がここに!?』

「しゃ、喋った!!!」


 強く抱きしめた時に目が覚めたのか、狐が急に喋りだして、私はびっくりして大きな声を挙げてしまう。


「んん!!?誰か居るのか!!!?」

『しまった!気付かれた!君、早く逃げるんだ!!』

「え、に、逃げるって、どこに?」


 急にそんな事を言われても…

 状況が良く分からない私は狐を抱えたまま首をきょろきょろするだけで、咄嗟に動く事が出来ない。


「そ~こ~か~」


 そうしてまごまごしていると、トイレの入口から ヌッ とランニングシャツにステテコパンツでメガネをかけたふとっちょのおじさんが現れた。

 おじさんは白目を剥きながら口の端から泡をぶくぶく出していて、とてもまともには見えない。

 

「きゃぁぁぁぁ!!変態!変態!!」

「儂じゃない!あの作者が変態なのだ!!!」

「え、えぇ!?」

『彼は読書熱量リーディングカロリーが暴走している!君は早くここから離れて!!』

「リーディング何?え?ちょっと待って!待って待って!!」

「奴隷制を廃止してからだから奴隷とえっちな事はしてないって詭弁だろうがああぁぁ!!!」

「お願い待って!!一旦落ち着こ?ね?落ち着こ!?」


 色々と情報が多すぎて整理できない。

 なんでこのおじさんは下着姿なの?なんで狐が喋るの?おじさんが狐を虐待したの?じゃあおじさんのペットなの?おじさんは狐に人間の言葉を教えるブリーダー?でも作者って何?奴隷?リーなんちゃらって何?


「儂は冷静じゃああ!!!」


 おじさんは何かのワードがひっかかったのか、激高しながら手を振り上げてこっちに駆け寄ってくる。

 私はせめて狐だけは守ろうと、狐を強く抱いて目をぎゅっと瞑って来るだろう衝撃に備える。


『危ない!!』


ガシィィン!!


 だけどその衝撃は訪れず、薄い鉄板に何かが当たったような音がした。


「な、なんじゃ!?」

読書壁リードウォール!!?そうか、君は読書家なんだね!!だから結界が張ってあったのに入って来れたんだ!!』


 目を開けると、そこには驚いて後ずさりしているおじさん。

 そして、腕の中の狐が何かを言っている。


『君、名前は?』

「え、わ、私?」

『そう、君の名前は?』

「らの…本山らの」


 私は狐に聞かれるままに自分の名前を応える。


『らのちゃん、手短に言うよ。君にあのおじさんと戦って貰う』

「どういう事?私、体育の成績は悪いよ?」

『大丈夫!読書家はみんなそう言うんだ!君にでも出来る!いや、君なら出来る!!』

「待って!説明、説明して!!」


 もうこの短時間で何度驚いたのか分からない。

 なんでこんなに急展開なの…もうちょっと落ち着いて話し合あおうよ…


「ぐおぉぉ!!貴様も儂をバカにするのかぁ!!事務のめぐちゃんみたいに!!事務のめぐちゃんみたいにぃぃ!!!」


シュゥゥゥ ギャーン!!


 お、おじさんが黒くなった!!


『アンチ獣だ!こうなったらもう逃げる事は出来ない!!』


 また新しい単語出てきた!本当にいっぱいいっぱいだから止めて!


『ワシガ!!ワシガアアア!!!』


 私の混乱はなんのその、黒いおじさんはさっきみたいに腕を振りかぶって、その拳を私の目の前の空間に振り下ろす。


パリーーン!!


 さっきはガシィィン!!ってなったのが、今度はパリーーン!!ってなる。

 黒くなった事でおじさんの力が上がったらしい。


読書壁リードウォールが破られた!!もう後が無い!覚悟を決めて!!』

「わ、分かった!どうしたらいいの?教えて!!」


 読書壁リードウォールっていうのがどういう物かは分からないけど、これ以上は本当に危険だという事は分かる。

 というかパリーンって割れるんだ。ガラス製?


『まずはこの補助メガネをかけて!』


オェェ グチャァ


 え?


『そして叫ぶんだ!「メガネは本好きの証」と!!』


 狐が口からメガネを吐き出して、何か言う。

 え、ちょっと待って。汚い。


『ク~ラ~エ~!!』

『らのちゃん!早く!!』


 黒いおじさんが再度腕を振り上げてこっちへ向かう。

 分かってる。流れからしてこのメガネとさっきのキーワードで助かることになるって分かるんだけど、狐の胃液だか唾液だかでぬとぬとしてるメガネをかけるのは正直つらい物がある。


『ウオオオオ!!』

『らのちゃん!!』

「分かった!分かったから!急かさないで!!」


 眼前に迫る暴力とぬとぬとのメガネを天秤にかけ、勢い良く競り上がったメガネを選択して手に取る。

 手から伝わるぬちゃっとした感触を我慢しながら、左手で今かけているメガネを外し、右手でぬとぬとのメガネをかける。


ボウッ


『グウッ!?』


ッダン!


 すると、私を取り囲むように暴風が発生し、黒いおじさんをトイレの壁まで吹き飛ばした。


『変身前の読書熱量リーディングカロリーでこれだけの出力があるなんて…やはり君は才能がある……さあ、叫ぶんだ!「メガネは本好きの証」と!!』


 こめかみや鼻頭にぬとぬとの不快感を覚えながら、もう色々と諦めた私は力強く叫ぶ。


「メガネは!本好きの!証!!」


 ピカーッ!! ビカビカビカー!! メガネー!! メーガーネー!!!


 謎の光と謎の効果音と共に、謎の空間をくるくる回りながら裸のシルエットになる私。


「え、ちょっと!服は!?」

『大丈夫!全年齢版だからシルエットしか映らないよ!』


 そうじゃない。

 そういう事じゃないけど、一度諦めたのだから我慢してこの謎のカットが終わるのを待つ。


ピーン! パシューン! プリリリーン!! ッテテー!!


 まずはレオタード、そして着物みたいな服と袖とブーツ、最後に狐耳や腰の後ろの鈴なんかが現れて、軽快な音と共に変身バンクが終わる。

 え、これ背中パックリ空いてるし、下は無いの?露出度高くない?


『ウオオオオ!!オノレメグチャンンン!!!』

『らのちゃん!読書玉リードボールだ!!』


 なにそれ。

 色々起こり過ぎて逆に冷静になってるけど、それでも知らない単語を急に言われると困る。


『らのちゃんの本が好きだって気持ちを手に集めるんだ!!』

「って、うわぁ!なんでそこに!!?」


 変身中に姿の消えていた狐が、いつの間にか小さな白い狐のお面となって腰帯に付いていた。ちょっとその位置は恥ずかしい…


『本が無いと難しいのなら、こいつを使うんだ!」


グパァ ポンッ!


 狐のお面の口が急に膨れ上がり、黒い表紙に赤い十字の帯の付いたおどろおどろしい本が空中に現れる。

 メガネと同じくぬちゃぬちゃしているのを覚悟して左手で本を掴むと、本は全く濡れていなかった。


『この本は魔本!読書熱量リーディングカロリーの操作にうってつけだ!』


 メガネもぬとぬとじゃない状態で出せないのかな?


『さあ!君が今まで読んだ本の楽しかった事、悲しかった事、面白かった事!色んな感動した部分を思い出して集めるんだ!!』


 とりあえず、言われた通りに今まで読んだライトノベルを思い出しながら、なんとなく右手に力を込める様に集中する。

 そういえば昨晩読んだラノベは主人公が薬剤師のおじさんで、こうやって急に変な事件に巻き込まれていたのを思い出す。


「ワシガタダシイノダァァァァ!!!」


 ラノベの感動した部分を思い出すのが上手く行ったのか、黒いおじさんが私に近付くころには、私の右手には虹色に輝く球が出来上がっていた。







 こうして、冒頭の出来事に繋がる。

 読書熱量リーディングカロリー?という物が集め終わったのか、しばらくすると魔本は勝手に閉じて、私の変身も解けた。

 そして白い狐は私に『これからもよろしくね』と言って姿を消した。

 後に残されたのはランニングシャツにステテコパンツ姿のふとっちょのおじさんと、学校に遅刻確定の私。


 これが、魔本に私が係わった最初の出来事だったのだ。

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