その日に向けて

「よお、ルーチェ」


「ん?よっ、どしたリアナ」


 たしか、打ち合わせは夜だったよね?まだ夕方なんだけど、何の用だろ。リアナが唇の両端を上げて、カップ麺をズゾゾッてすすりながらこっちに来てる。食いながら歩いて喋るのか、面白い奴だわ…近距離戦闘専門の殺し屋リアナと、中距離戦闘専門の自分だと戦い方の違いくらいしか殺しについての面白さの共有とかできないし、ゆーて自分も近距離で戦うことは少なくないんだよね。だからなのかリアナは、ドンのとこに行く頻度と、似た境遇で戦うことが多いっぽいこっちに来る頻度に差がないくらいには自分のとこによく来る。


「いやぁ、準備はどーよと思ってなー」


「まぁボチボチかな?そっちは?」


 準備ね、そうさなぁ…身内の動きとか使い慣れた武器とかに関しては今のところ問題ないかな?この時点で問題あったら流石にヤバいんしゃないかと思うけど。


「こっちも大体いいなー」


 愛用のマイ拳銃を掃除しながら答えたら、リアナはまた麺をすすって隣に座った。いや、なにも文句はないんだけど、何なのこの人、何がしたい…ってワケじゃないんだろうな多分。まぁ、戦争を仕掛ける日が近くなって最近よけいに空気がピリピリしてるから、こういう時間も必要なのかもなーって、いま不意に思った。リアナと自分とは今まで全く接触が無かったワケでも、顔を知らなかったワケでもなかったけど、いざドンがここの縄張り争いを終わらせるって真剣に言ってるのを見て、それに付いてこーって思うと急に自分の仲間意識が目覚めたみないなところがある。


 守りたいものが出来るのって、悪くないかも。銃を装備して夕陽が沈んでくのをふと見たら、昔リアナに[青いほうも綺麗だけど、金色に見えそうな右眼も綺麗だな]って目を褒められたことを思い出した、あの時の自分は固まっちゃって悪態をつくとかすら出来なかったけど、今なら何か言い返せるのかね…そんな事を考えつつ、隣から聞こえるカップ麺の汁をすする音を聞いてた。


 ※※※


 この私の手にかかれば、揃えられない武器などないっ!この都市外に工場を持っておいたのは大きいな、あの工場がこっちにあったら敵が流れ込んできたとき真っ先に持ってかれてるトコだった、良かった良かった、工場作る前に相談しといて。それにしても武器商人をまとめ上げろとか正気の沙汰じゃないだろなんて始めは思ったけど、やってみれば出来ないことは無かった、さすが私だ。


 なんとか崩壊せずに今夜まで来ることができて、作戦会議でも報告することが出来そうで嬉しい、ドン・リューヴォにはこれからのこの街の繁栄とか、儲けの黒字上昇の面でも期待してる、今回の戦争に勝てば街のネームバリューも自然と上がるだろう。そうなれば売上も高くなる、私たちにとっては後払いになるけど、やる事やってれば勝ち…となったら返ってくる分が多くなる可能性はかなり高い、なら今回はこの街の人間として手を組んでやれば良い─そんな考えの奴が多いから、武器商人ばっかりが集まってて一つになんなきゃいけないこんな今もまとまっていられるんだろうな、たぶん。


(ん…?なんだアレなにしてんの…リアナとルーチェか、あの二人、仲良いなホント)


 ここからそんなに遠くない場所で、二人が黄昏てるのが見えた。金髪で男装をしてる長身のほうがルーチェで、長い赤毛がリアナなワケだけど、ルーチェは基本銃の使い手なのに飛び道具なら大体なんでも使える器用なやつで、武器が無いってなった時には近距離戦闘をするスタミナまで持ち合わせてる。今度の戦争では私たちがアシストにつくから武器がなくなるなんてコトは無いと思うけど、マガジンとか他の武器の補充も随時進行しながら戦う予定だし。上手いこと情報屋と連携できれば、さらに戦いを有利に運べるはず、打ち合わせまではまだ時間があるからって地図見ながらのんびりしてたら、背後から慣れた気配が近づいてきた。


「ねぇねぇエマ聞いてよ~」


「なぁにさメリッサ」


 情報屋のトップにえられたメリッサ、私たち幹部の中でもこの子が一番若い、つぎに若いのが私。私たちにとってメリッサの正確な情報提供はいつでもかなめとなるって言っても良いくらい重要なもの、生かせなけりゃ意味はないけど、それでも情報は命だ。今回の戦争に関わらず、いつだって情報屋たちの存在には感謝してるから、ご褒美に普段からグチを言って来ようが甘えて来ようが許したりする。この子はたいていの場合グチらないから楽で、甘えて来ることのほうが多くて可愛い妹に見えるぐらいだ、栗色の長い天然パーマで大きな栗色の眼、その幼い顔が地図をのぞき込んできた。隣に座ったから見せてやったら、嬉しそうな表情になったのが個人的にグッときた。


「で、どうしたのさ」


「えっとねぇ、遠隔起爆装置付きの爆弾て、基本どこにあってもイイー?たとえばこんなトコとか」


 いきなり爆弾設置場所についての相談か、確実にメアからの質問に対応するために来た話だなコレは。あのちょっと冷そうな目付きが脳裏をよぎった、薄茶色の目に薄い青眼で、いっつもテディベアを持ってるのは可愛いし似合ってるんだけど…あの顔で爆弾魔って…世間は容赦ないなって思う。いま、[たとえばこんなトコとか]で指さされた場所を見てドン引きしてしまった、マジでそこに仕掛けるつもりなのか、あの爆弾魔。


「近くにいたら、爆発までのカウントしてくれるよな?」


「あったりまえじゃんっ!メリッサそんなヒドい人じゃないよ!?」


「いや、それは分かってる」


 酷いのはメアの頭から抜けてるネジの本数の多さのほうだよ、こんな場所で暮らしてれば、誰だって頭のネジが何百本かぐらいは抜けてて当然だけど、にしてもだ、あの人はホント酷いんだから…どんなに考える時間が与えられてても、[辿り着くのはソコなのか]って突っ込みを入れたくて仕方なくなる、しないけど。とりあえず私は漏れ出た溜息を殺しながら、着ているツナギの胸ポケットを探って鉛筆を取り出すと、メリッサが指を乗せてる場所にマルを付けて[メア]と書き込んだ。


 ※※※


 何となく変な気配みたいのを感じて、パッと顔を上げてから上下左右を見渡したんだけど、朝から今までたぶん誰もいなかったハズ。


(気のせいか…さて、起爆装置はこれで良いかな?)


 頷きながら、お手製の起爆装置を眺めて目を細め、出来の良さに微笑んだ。ココはわたしの巣だ、縄張りだ。ずっとこの場所にこだわってきた、食べ物も住む場所も着る物も与えてくれたココっていう場所に恩を返したくて、幹部として選んでくれたドンには、お礼をしたくてもしきれない。今はまだできてないけど、生き残ってこの先へ行けたとしたら、その時はドンの利益に繋がる人間になりたい。思わずボーッとしてたら、通信機から機械音がした。


『こちらメリッサだよー、設置してもイイってエマが言ってたよー』


「分かった、ありがと」


『はーいっ!あ、いまエマが地図にしるししたよー』


「オッケー」


 普段はあまり接触がないけど、今回は綿密なやり取りが必要だっていうのは分かってる、だからメリッサに頼んで確認しに行ってもらった。白髪赤眼はくはつあかめの、わたしより三つ下のほんの小さな女の子、何故かいつもツナギを着てるエマは頭が切れる。あの子とメリッサの連携が上手くいくことは、わたしの仕掛ける爆弾が効率よく働くために必要不可欠なことだから、こうやって今の内に本番の訓練をしておいたほうが良いだろうって考えてみた、それでメリッサをエマのところへやってみたんだけどいい感じだ。


 通信機を切って、爆弾片手に暗くて長い地下通路を進んで行くと、昼過ぎに仕掛けた爆弾の場所にたどり着いた。この街の特性上なのかなと考えたりしてみてるけど、地下全体にこんな風な地下道が張り巡らされてることには、今回初めて知ってめちゃくちゃビックリした、まだ全部は回れてないから覚えなきゃ。ついでに言うと、メリッサは普段からずっと地下に引きこもって暮らしてるらしい。


「さて、こっちも…」


 長い道沿いにズラッと並べた爆弾を一繋がりにまとめて、独り言なんかもポロッと出てきてしまうくらい暇でも、精度を上げて威力とかの調整をできるものに仕上げるのがわたしの一番大事な役目だ。これが出来れば、爆弾の知識が少ししかなくても、ある程度ちゃんとした仕掛け方ができるし時間の計算もできると思うから、量としてはココ以外にも沢山の場所に蓄えとして置いてある。ポチポチとキーを触って、タイマー設定が可能な状態にセットし終わったところで独り思いっきり頷いてしまった。


「よし、オッケー」


 呟いた次の瞬間に、わたしの頭の上からゴゴゴッて重そうな金属を引きずる音が響いて聞こえてきて、そっちを見上げたらドンがいた。そうそう、ココに爆弾を設置するように提案したのはドンだ、わたしじゃない断じて。いくらよくバカな事しでかすからとか、当日の様子によるとはいってもこんな場所を爆破でぶっ飛ばそうだなんて、さすがのわたしでも考えたりしない。

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