1-14 それはアリキタリな勇者のこと
メイダリア王国の勇者フレアストーーー
フレアスト・フェルミスタスは生まれながらの勇者である。彼が望んだ訳では無い。
唯々そういう星の下に生まれたのだ。
言うなれば神に選ばれたのだ。会ったこともないお節介な神様に。
この世界にも沢山の冒険譚の書が存在している。実在した勇者の話だ。様々な時代、様々な場所に存在した彼らはみな果敢に悪に立ち向かい国や人を救っていた。
彼らの勇者としての始まりは決まって剣を引き抜くことだった。名もない勇者の剣。持っていると勇者の証となるそれは時に突然何処かに現れる。ある時は街の公園に、ある時は村のはずれの丘に、花畑の真ん中に、山に、海に、川原に、城に、庭に、草原に。そしていつの時代も勇者として選ばれた者がその剣を引き抜き、扱うことが出来たのだ。
しかしフレアストは彼らとは少し違った。残された数々の逸話のように自ら剣を抜きに行かずとも、生まれた次の瞬間には剣は彼の元へと訪れていた。剣自らその場所へと。彼の小さな手の中へと。その話は瞬く間に国中に知れ渡り、祝福された。彼自身がそれを祝福と思うかは置いておき。彼は生まれてから今まで周りからそういう扱いを受けて育つことになった。
これを授かったのはきっと自分の力を必要とする者が、国が、近くにあるからなのだと少年は思った。皆が望む勇者になろうと努力した、そうすることが当たり前だとそう思っていたからだ。
フレアストはメイダリア城の幹部が住む本城の居住区域に住んでいた。
フレアストの祖父はメイダリア城の誇り高き執事長であるバルメディア・フェルミスタスだ。祖父の功績と彼の才能があって国王が住むことを認めたのだ。しかし彼の両親は住むことを許されておらず会うことも1年に1度程しかできなかった。祖父にも忙しくて構ってもらえず、王族程ではないが城の使いの者達に丁重に扱われる日々。それこそ腫れ物を扱うように。孤独感を感じながらも1人剣を振る毎日。寂しくても、辛くても弱音を吐かずに周りの期待に応えるように頑張ってきたーーーーーーー
「・・・その結果がこれなのか」
暗く冷たい石造りの牢の中。悔しそうにつぶやく1人の青年の声が小さく響いた。
「え?勇者様、何か言いましたです?アンヌは何か聞こえた気がしますです!」
近くにいた幼い見た目の少女、戦士アンヌが声に反応して顔をあげた。その声に、呟きが聞こえていなかった他の3人もせまい牢の中それぞれの方向から壁際の青年を見る。
注目を浴びた青年はここぞとばかりにこの場にいる全員に向け言葉を放った。
「みんな本当にすまない。オレのせいでこんなことになって・・・これはオレの判断ミスと、力不足の結果だ。」
青年は拳に力を込め強く握りこみ唇を噛み締め下を向く。
「そんなそんな!勇者様は悪くないよぅ!」
「そうッスよ!おいらもぜーんぜん役にたてなかったし。むしろ勇者様1人に頼りきって申し訳なかったっス・・・」
「勇者様が悪いっていうならあたし達全員ダメなのです!アンヌはそう思いますです!」
牢の中に散らばっていた仲間達は青年ー勇者フレアストに近づくとそれぞれが首を横に振り、力強く反論する。
「フレアスト!悪い癖よ、そうやってすぐ暗くなんの。あんたの士気が全員のやる気に関わるんだから。」
フレアストとは反対側に座っていた強気な少女は、勢いよく立ち上がるとビシッと人差し指を勇者に指し、言い放つ。
「ミラウィス・・・でも」
「でももへったくれもないってば。とりあえずここから脱出する方法を考えようよ。」
「無理だ、何してもビクともしない。オレも剣なしじゃどうにも出来ないし・・・」
牢に入れられるときあらかた武器は取り上げられた。武器で戦っていた者はもちろん腕力だけでは牢をどうにかすることは出来ず。体ひとつで戦っていた武闘家も壁や鉄格子に傷一つつけることも叶わなかった。
魔法攻撃も発動しようとすると四方に結界魔法の魔法陣が浮かび上がり無効化される。
「リガステルさんならもしかしたらこの結界も解いてどうにか出来ましたですかね?アンヌはそう思いますです。」
リガステルは1部の界隈で有名な大魔法使いだ。今回の魔王討伐に際し特別なルートでメイダリア王国の国王が旅への同行を依頼したらしい。実力はもちろん本物で、持ちうる魔力は魔王にも匹敵する。その力をもってしても巧妙な魔王側の罠に悪戦苦闘したのだが。全員が捕まる直前になんとか1人変身魔法で鳥となり逃げ出した。
「っスね〜。とりあえず捕まる前に抜け出せたリガステルが応援連れてくるのを待つしかないっスかね。」
「でもでも。そこまで私達無事だと思えないよぅ?」
強気な少女と勇者以外の3人がそう会話してため息をつく。
「もう!なんで皆そんな雰囲気にすんのよ!」
皆の落ち込む様子にミラウィスが怒り全員でそれを宥めた。この一連の流れを何度か繰り返している。
実際フレアストや他の面々が落ち込み不安になるのも仕方ない事だった。今生かされてるのが不思議なことなのだ。その場で殺されてもおかしくなかったのだが、人質としての価値を見出されたのだろう。
しかし勇者達が捕まったことで事態はすこぶる絶望的だった。
彼らはメイダリア王国の持ちうる最高の戦力の全て。魔王や手下達よりも勇者達の実力は明らかに上だったのだ。一人一人の戦力にしても格が違う。本来なら絶対に負けるはずがないと言いきれるほどに。しかし負けた。魔王にお目通り叶うこともなく。数々の巧みな罠と手下たちのタイミングの良い攻撃によって。言葉は悪いが雑魚に負けた。
「なんかなんか。おかしいよぅ。魔王達なんて魔法でゴリ押しタイプだったのになんで今更あんなに頭使うのよぅ。」
「しかもおいら達の攻撃や行動のパターンを読んでいたかのような絶妙な罠だったっス。」
確かに予告状を出したからにはそれ相応の準備はしていたはずだ。何もおかしいことではない。しかしこちらもまた同様に相手の性質や攻撃パターンを予測して計画を立てて来ていた。向こうの方が予測の立て方がうまかったからといって一挙一動把握することは不可能だ。自分たちの実力を過信してはいないが全く歯が立たないというのは可笑しなはなしだ。
「こういう時リル様なら、『悩んでたって仕方が無いわ!』って色々頑張ったり元気づけたりしてくれたんだろうけど。あたしには無理よ。」
「そのミラウィスの大好きなリル様が今1番危ないんだから頑張ろうですよ!アンヌも頑張りますですから。」
「そうだ。向こうにも戦力は残してあるとはいえ今の状態ではリル・・・様が危険だ。オレがしっかりしていれば・・・」
城の守備は対魔族にも対人間にも優れているがこの様子だとそちらも充分に破る準備は出来ていそうだ。リル姫の安全も時間の問題だろう。
「リル様が城から離れて安全な場所に逃げてくれているのを祈るしかないっスね。外に逃げるのもまた賭けっスけど・・・」
全員がため息をつきどうしたらいいかを思い悩む。その中でハッとした顔をしたものがひとり。
占い師のマーフィだ。
「あのあの。根本的な・・・根本的な問題なのだけどねぇ、そもそも姫様の存在って城と王族に関わる1部の人しか知らないんじゃないのよぅ?」
「おいら全然気づかなかったっスけど。それって・・・大問題じゃないスかあああ!おいら達こっちに来てる場合じゃないじゃないスかあ!!城に裏切り者がいるってことっスよ?!」
武闘家のレベトールが青ざめた顔で大袈裟に声を上げてマーフィの発言に反応する。
「はぁ・・・貴方達ほんとに話聞いてなかったのね。だからこそ内部で少人数で動いたり大々的に私達がこちらに先手を打って向かったりしたんじゃない。それに城には優秀な私のお姉ちゃん、ラーチェお姉ちゃんがいるんだから大丈夫に決まってんでしょ。」
ミラウィスが呆れた様子でそれに反応しつつも最後にはへへんと腕を組んで得意気に話す。
そう、別棟メイド長兼教育係のラーチェはミラウィスの姉で、さらに守備の戦略や魔法に長けた王国の騎士でもある。むしろ本業は騎士だ。王国騎士団の1人だが永らく平和が続いていたため城の雑用や王族の世話に回っていたのだ。
王国騎士団は戦力に関してはそれほど強くはないが守りに関してはピカイチだ。
だからこそ勇者達は安心して特攻を仕掛けることが出来た。今はその守りに縋るしかない。
「そうだな。情けないが今は、城の騎士団を信じるしかない。オレ達はここから出る方法を引き続き考えようか。」
「そうそう。きっと突破口はあるはずよぅ。」
「あ!おいら、いい事思いついたんっスけど・・・」
「それ何回も聞きましたです。アンヌは覚えてますです。」
「とりあえず聞いてみようよ!」
魔王城の牢の中で勇者フレアスト、騎士ミラウィス、武闘家レベトール、占い師マーフィ、戦士アンヌの勇者率いるパーティはこの状況を打破するため、また頭を捻らせるのだった。
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