第3話 五月田先生

「どうして動画を消したんですか」

 朝一番の誰もいない保健室で詰め寄ると、五月田先生は視線をぐるぐる彷徨わせて「何の話だかわからない」とぼそぼそ答えた。しらばっくれるつもりか、いまさら。

「戻してください。じゃなきゃ正体をバラします」

「どうせ誰も知りません。チャンネル登録者数だってたった三百人ですし」

「そうですかね?」

 私はスマホでLINEの画面を開いて先生の前に突き出す。話題はもちろんよつばちゃんのことだ。

 テニス部内では今、主に愛美のせいで、バーチャルユーチューバーの発掘が流行っている。評価軸は主にみっつ。可愛い、面白い、あとは部員の誰も知らないこと。可愛くてマイナー。面白くてマイナー。

 たぶん、半分くらいは私を元気づけるためにやってくれている。自意識過剰かも知れないけれど。先生は赤くなったり青くなったりして画面を眺め、絶句した。

「動画を戻してくれれば誰にも言いません。よつばちゃんを消さないでください」

「なんで、そんなに」

「自分で言ったんじゃないですか、動画見て元気出せって。一日で反故にするんですか」

「……それは、……常套句というか……そもそも、あんな動画で、元気なんか……、」

 先生はぶつぶつ言いながらよろよろと自席の方へ戻り、私に背を向けたまま机に突っ伏して「わかりました、戻します」と小さい声で答えた。

 五月田先生の耳がどんどん赤くなっていくのを見て、あれ? 今もしかして恥ずかしいこと言った? ってちょっと思ったんだけど口から出てしまった言葉は吸って戻ってくれるものでもないので私はそそくさと保健室を逃げ出す。昼休みには動画も元通り公開状態になっていた。過程はどうあれ、またよつばちゃんの動画を見ることができるのは嬉しい。

 可愛いよつばちゃんの中身が五月田先生っていうのはある意味ショックではあるけどどう考えても男性の声なのは最初からわかってたことだし、いまさら気にするほどのことでもない。もっと可愛い声の人が代わりによつばちゃんをやってくれればいいのにと思わないではないけど、贅沢は言わない。


 怪我も治ったし部活にも復帰したしこれでもう五月田先生と話す用事も無いかなと思っていたら一週間くらい経ってから保健室に呼び出された。

「折り入って相談があります」

「相談ですか」

 わざわざ校内放送で呼び出されて保健室に行ってみると、先生は足首の様子がどうだとか麦茶が何だとかしばらくぶつぶつ言った後でそんなことを切り出した。室内には他に誰もいないようだった。

 先生は神妙な顔でカバンの横においてあった紙袋からクッキー缶くらいの大きさの箱を取り出した。それを机において、向かいに座った私に押し出す。何、この賄賂てきなやりとり。

「これを、引き取ってもらえませんか」

「何か危ないものですか?」

「大槻さんにとっては危なくないものです」

 って何? と思いながら箱を開く。

「……かわいい」

 中に入っていたのはアクセサリーだった。とはいえ品のいい高そうなものではなく、それこそよつばちゃんに似合うようなチープでポップでカラフルなもの。豪華なセボンスターみたいなそれらは、箱の中できらきら光っている。

「ほしいものリストを公開したら登録していないものまで送られてきて、困っていて」

 五月田先生はモゴモゴ言いながら頭を掻く。クローバーをモチーフにした緑色のブレスレット、ハートをモチーフにしたピンクのイヤリング、金の鎖にさくらんぼのトップが付いたペンダント。動画を見ていれば男性だってわかるだろうに、どうしてこんなものを送りつけてしまったのだろう。よつばちゃんに届けたいならもっとこう、なんか特殊なデータてきなものにしなくてはいけなかったのではないだろうか。

「捨てればよかったんじゃないですか?」

「集合住宅の男の一人暮らしで透明なゴミ袋にこの量のアクセサリーはちょっと」

 確かにその絵面はつらそうではある。燃えないゴミじゃビニールに包んで捨てるわけにもいかない。

「僕には、アクセサリーの価値とかそういうのはわからないので、高校生が気にいるようなものなのかもわからないのですけど」

 先生が何かもごもご言っているのを聞きながら、私はつい箱の中のアクセサリーに手を伸ばしかけてそれを引っ込めた。

「ごめんなさい、引き取れません」

 箱を押し返すと、先生はそれを手元に引き寄せながら「やっぱり高校生には少し子供っぽいのでしょうか」とうなだれた。確かに高校生でも派手な子たちはシルバーのアクセサリーとかブランド物の財布とかを持っているので子供っぽくはあるんだろう。

「可愛いとは思うんですけど、……私には、可愛いものは似合わないので。ごめんなさい」

「誰が、そんなことを言ったんですか」

 椅子を立って部屋を出ようとすると思ったよりも鋭い声が追いかけてきて思わず振り向く。先生は私をぴったりと睨みつけている。

「……とにかく、ごめんなさい。自分でどうにかしてください。メルカリとかに出せばいいんじゃないですか」

 いちおう代替案らしきものを差し出しながら保健室を後にする。先生は追いかけてこなかったし、何も言わなかった。


 昔から可愛いものが好きだった。

 けれど私は可愛くはなかった。

 小学生のころから身長が高かったし、キュアブラックを真似したショートカットで、体型だってずっと痩せっぽっちで女の子らしくはならなかった。気が強かったので男子とも平気で喧嘩したし、女の子の誰かが泣いていればそれを助けようとした。そのせいもあって、私は「可愛い女の子」ではなく「男女おとこおんな」だったのだ。

 可愛いとかっこいいは矛盾しないはずだったのに。

 事あるごとに「かっこいい」とか可愛いものを持っていれば「意外」とか「似合わない」とか言われてなお可愛いものを好きでいられるほど私は強くはなれなかった。シールやペン、消しゴム、メモ帳、キーホルダーにぬいぐるみは少しずつ私の手元から減っていった。


 気分の良くない夢から覚めて携帯を見るとYoutubeからプッシュ通知が来ていて、よつばちゃんねるに新しい動画が上がっていた。タイトルに番号もついていないし、再生リストにも入れられていない。タイトルには「私信です。ごめんなさい」とある。私信? と思いながらわたしはその動画を開く。


「こんばんは。急に変な動画をあげちゃってごめんなさい――」

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