ガールズ・ミーツ!
豆崎豆太
第1話 バーチャル女子高生よつばちゃん
昔から可愛いものが好きだった。
ポケモン、ディズニー、サンリオ、ぬいぐるみにセボンスター、キラキラのペン。シールに消しゴム、メモ帳。中でも大好きなのはプリキュア。強くて可愛い、とびきりのヒーロー。
キュアブラックに憧れて中学校でラクロス部に入ることを夢見ていたけどもちろん地方の公立校にラクロス部なんてあるはずもなく、そのためだけに私学に行くほど運動神経も頭も家の経済状況も良くなかったので「パッと見なんとなく似てる」というだけの理由でずっとテニスをやってたらシングルスで地方大会に出られる程度には上手くなって来年の部長は私になるんじゃないかてきな内々定てきなものがまことしやかに囁かれていたりする。そんな高校二年の夏。平成最後の夏。ファッキンホット。
東北の暑さなんか知れたもんだからってエアコンもない教室で下敷きで顔を扇いでるのをいちいち注意されながらどうにかこうにか七時間乗り切ってやっと部活の時間になってもうすぐ大会だからって張り切って練習してたらあっという間に熱中症になったっぽくてクラッっと来た程度だったんだけどタイミング悪くボールに向かって踏み込んだ瞬間に転んだせいで思いっきり足をひねった。同級生に担がれてあんまり入ったこともない保健室に寝かされて色んなとこ冷やされながら足首をテーピングでぐるぐる巻きにされてこのまま病院に行けとか言われる。ファックザホット。
五月田智之は「保健室の亡霊」とかあだ名される猫背で暗くて眼鏡とマスクがデフォルトで頭がボサボサで声が小さくてキモい養護教諭で私は五月田先生とほとんど話したことがなかったけど勝手に超嫌いだったので睨む。睨まれても五月田先生は特に表情を変えない、というか前髪と眼鏡とマスクでほとんど表情なんか見えないけど特にリアクションしない。
「もうすぐ大会なんです、休んでなんかいられません」
五月田先生は面倒臭そうにため息をついて「じゃあ好きにすれば」とかなんとかボソボソ言っててそれを聞いた顧問が「先生」と声を尖らせる。うちの顧問の佐倉先生は身長が高くてショートカットですらっと痩せててでも筋肉質ですごく強そう(実際強い)なので五月田先生はうろうろ視線を逸したあとテーピングとかハサミとかを片付けに戸棚の方に行っちゃう。
「大槻さん、今はちゃんと休まないと、悪化したら大事な大会に出られなくなるよ。それでもいいの?」
佐倉先生がわたしの顔を覗き込んで言う。五月田先生は嫌いだけど佐倉先生は比較的好きだけど部活はやりたくて私は「でもぉ……」とか微妙に抵抗するんだけど佐倉先生の力(物理)には抗えなくて私はそのまま先生の車で病院まで運ばれて一週間運動禁止とか言われて迎えに来た両親の車で家まで運ばれてまだ五時でめちゃくちゃ暇だと思ってたら愛美からLINEが入っていた。
「あし」
「途中で送っちゃったごめん」
「大丈夫だった?」
「明日学校来れる?」
「(可愛いともキモいとも言い難いスタンプ)(ゆで卵みたいなフォルムにゴマみたいな目と妙にリアルな唇がついている)」
愛美は同じテニス部のゆるふわ系でLINEを一言ずつ連続送信するので愛美とのトーク画面は愛美9:私1くらいの発言比率になっているしテニス部のグループトークも十五人くらいいるのに二割くらい愛美の発言で埋まっちゃうしなんなら「可愛いスタンプ買った」とかどうでもいい理由でグループトークがスタンプまみれにされたりする。だいたいいつもあんまり可愛くない。
「部活無くて暇ならこれ見てるといいよ、最近の一押し。超面白い」
直後に送られてきていたのはYoutubeのURLで、バーチャルユーチューバーの動画だった。というかCGのゴリラが座ったままPerfumeを歌っているという動画だった。ひとつも意味がわからない。愛美のツボもわからない。わからないけど目がすごく怖い。他にもバーチャルその日暮らしお姉さん(なぜバーチャル世界にまで世知辛さを持ち込むんだろうか)とかバーチャル巨大幼女怪獣(火を吐く)(とてもつよい)とか、バーチャルユーチューバーの世界はなんだかすごいことになっているようだ。見て回るだけで体力を削られる程度には。
愛美から紹介された動画に対してどういう感想を言えばいいんだろうと思いながら別の動画を求めておすすめ欄を見ていたら可愛い女の子のサムネが目に入った。猫耳、メガネ、白衣、ブラウスにミニスカート、くるぶし丈の靴下、ローファー。そして背景がどう見ても保健室。あざといと感じるべきか悪趣味と思うべきか判断できず、私はベッドに寝転がったままぼうっとそれを見る。そんで喋りだしたら男声でビビる。女子高生のアバター(って言って正しいんだろうか、バーチャルユーチューバー界)に保健室のセットで喋る動画を配信する男性って、ちょっと狂気だ。
よつばちゃんというそのバーチャルチューバーは見た目からしてそんなキャラ付けなのか、リスナーから送られてきたメッセージに対してお悩み相談室みたいな芸風でやっているらしかった。実際は目の前にあるパソコンを見ているのだろうけど、虚空をじっと見つめてメッセージを読み上げる図はちょっと怖い。
『優しすぎて疲れちゃうんですね。そんな日は自分にご褒美を買って、たーっぷり甘やかしちゃいましょう』
『お酒はおいしいですけど、ちゃんとお水も飲んでくださいね。それから、寝る直前にお酒を飲んでしまうと眠りが浅くなるので気をつけてください』
『暑くて火炎放射はしたくないでしょうけど、生焼けのコンクリートは消化が悪いですから、できればちゃんと火を通して食べてくださいね』
わざわざ知らない誰かの悩み相談を聞くなんて病みそうだと思うのだけど、毒にも薬にもならないどこまで正気なのか狂気なのかもわからないコメントをしながら、画面の中のよつばちゃんは笑っている。私は何も考えずにそれを聞いている。ちょっと聞いているうちに「よつばちゃんの声」にも慣れてくる。コンクリートに火を通すって何。っていうか「お酒はおいしい」とかって言っちゃっていいんだろうか、バーチャル女子高生。
『最近暑いですから、水分の代謝だけで体が疲れきってしまいます。無理はせず、きちんと水分を取って休んでくださいね』
『暑くて眠れない日も増えてきました。湯船に浸からずシャワーだけで済ませている人も多いかと思いますが、温めのお湯に少し長く浸かると副交感神経が刺激されて睡眠の質が良くなります』
季節に合わせた健康豆知識まで披露している。特に面白いところはない。でもそこそこの人気はあるみたいで、可愛い〜とか癒やされる〜とか脳みそが溶けたようなコメントがちょいちょい付けられている。確かにかなり可愛いけど社会人ちょっと疲れ過ぎでは?
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