第5話 飯塚副部長の場合

「……以上が私たち美術部の部費の予算計上です。イーゼルを二つとアクリル絵の具を三セット、それにジェッソとフキサチーフを追加したのが主な変更点になります。掃除用具関係は変更前と変わりません」


「はい、確かに承りました。飯塚さんはいつも丁寧にテキパキとしてくれて助かるわ~。次の文化部の予算会議もよろしくね~」


「……いえ。こちらこそよろしくお願いします」


「飯塚さんっていつもキリッとしててカッコいいわよね~……」


「ホント! 仕事は出来るし、成績も、この前学年上位だったわよね?」


「あ~、憧れる~。クールなキャラとあのほっぺのかわいい赤みのギャップがまた惹かれる~……いっそウチの文芸部に引き抜きに誘おうかな~」


 ――――

 ――――――――

 ――――――――――――


「あ、予算まとめ会議、終わり? おかえり~曜子ちゃん」


「おおい、二人ともこっち来て休もうや。美味い茶菓子を貰うたぞ~」


「……ふう~っ……」


「……曜子ちゃん?」


「……部長。部活に来ていたのならちゃんと部費の予算会議にも出席してください。私、いつも代理なんですよ……私が部長だと勘違いしている人もいるし」


「ええ~……いいじゃん、僕ああいうの苦手だし。曜子ちゃんああいうの得意じゃん」


「……得意なのと、計画的に準備するのはまた別問題です。こう見えても独りでやっていると結構手間がかかっているんですよ……それから、せめて私が居ない間、暇があるなら部室の掃除と整理をちゃんとしてください」


「え~。でも僕が出てもかえって印象悪くなるんじゃあない? 僕制服汚し放題だし」


「ならクリーニングに出すなりしてください。日頃の節制が雑ですよ……」


「まあまあまあまあ、三人で菓子でも……」


「鈴木先生も、予算ぐらい少しはご自分で見積もってください。ちゃんと報告してくれないと、美術部とサークルの必要な物とか把握するの大変なんですよ、あと、掃除も」


「お、おう……すまんすまん」


「……はあ~っ…………」


(もう、副部長とはいえどうして私がここまで独りでやらなきゃいけないのよ……この二人はいつも何度言っても勝手ばかりだし。一度ガツンと言うべきかしら…………)


「でーもさ~、曜子ちゃんが率先してやってくれる方が、何ていうか、美術部の顔が立つよね!」


「……顔が立つ……?」


「曜子ちゃん、成績優秀だし、頭良いし……何より美人じゃん」



「……!?」



「このまま順当に部長になってくれれば、間違いなく美術部も人気出るよね。そのかわいい頬のチークも手伝って!」



「!!」



「……曜子ちゃん? どしたの? 震えて……風邪でもひいた?」




「……部長」




「……なんだい?」




「私以前から何度も言いましたよね? この赤ら顔、コンプレックスにしているって……話題にもして欲しくはないって……」


「え? うん……でも、気にしなくてもいいって。みんな悪い印象なんか持ってないし。むしろ曜子ちゃんのチャームポイントとして――――」





「申し訳ないですが、今日限りで私は私の持ち味を十分に活かせる所に移らせてもらいます! ちょうど文芸部からも勧誘されているし……部活の事務も掃除も管理も、私が抜けてご自分で身につければいいんです!!」




「え……ええ? ちょっと、曜子ちゃん、落ち着いて……」


「私の居ない美術部で、存分に勝手に振る舞ってください…………もう疲れました……退部届けは後ほど提出しに参ります…………それじゃ!」




(もう頭来た! 我ながら今までこんな所で勝手なやり方に従っていた自分が恥ずかしいわ……私なんて居なくていい、もっと困ればいいんだわ!)


「こんにちはー……うわっ!?」

「あっ…………」

「飯塚先輩、どうかしたんですか……?」


「顔が恐いですよ~……? 何か嫌なこと、あったんですか?」


「真人くん…………宝くん…………」



「……いや、のお……ちょいと喧嘩になってもうて。すまんのお、曜子ちゃん。ワシらが、勝手過ぎるのが悪いんじゃよな…………」


「……曜子ちゃんがそこまでイラついてたなんて今まで気付きもしなかった。ごめんね。部長失格だなあ……はは……」



「…………」



「飯塚、先輩?」


「どうしたんですか~? 曜子先輩?」





(……私、何を考えていたんだろう。目の前に後輩たちが居るのに……まだ活動の場を与えられて間もない一年生を置いて他の部へ逃げちゃおうなんて……)


「曜子ちゃん。今まで勝手してて本当にごめんよ。ほら、僕も先生も無神経だからさ……曜子ちゃん、普段顔色ひとつ変えず淡々としてるし……ホント、悪かった! もっとちゃんとするように頑張るから……だから辞めないで。な?」


「部長………………」


(部長も先生も、悪気があったわけじゃあない。こんなちゃらんぽらんな二人でも、美術部の部長と顧問なんだ……部長は三年生だし、鈴木先生も結構な御年。間を繋ぐべき立場の私が、独りだけ好きなように過ごそうなんて…………ついカッとなっちゃった。今、私が抜けたらこの子たちや、もっと先の後輩たちはどうなるの? それに――)




「冗談です」


「へ?」


「冗談ですよ。美術部を辞めて文芸部なんて。ちょっと拗ねたふりしたくなっただけです」


「あ……そ、そう? なら安心なんだけど……」


「ただし、ちゃんとして欲しいのは本気です」


「あ……あはは……」


「真人くん、宝くん。悪いけど見ての通りちょっと部室、散らかっててね、活動するには掃除とか整理とかしなきゃならないのよ。作品作りは後回しになっちゃうけど、いいかしら?」


「あ、はい……」


「わかりました……」


「……掃除の仕方とか、整理整頓の仕方とか、ちゃんと教えるから、ね? ふふ……お願いね」



(……自分を高みに置いてしまうような環境より、いつでも頼りない先輩と、かわいい後輩が居る。そっちの方がずっとマシだわ。だって……皆の為に苦労出来る、ここが好きだもの! 私の居場所、私が私らしくいられるのはここ!)

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