ある美術部兼創作サークルの人たち

mk-2

第1話 安本さんの場合

「ううう~……頭……痛あ~」


「安本先輩、具合悪いんですか?」


「ん、宝ちゃん。いや~、二徹してネーム描いてんだけどね~? まるで浮かばんのよ、ネタが。今度のイベント、間に合うかなあ~」


「ネタって?」


「決まってんでしょ。BLよ、びーえる! アタシが描くのは基本、未来永劫ホモかレズだけだっての。ババアになろうが描いてやるわよ!」


「あはは……精が出ますね……でも、その、BLって何が面白いんですか?」


「何がって。そりゃナニよ。ナニがどうなるかに全てがかかってるに決まってんじゃない!」


「え、ええ……? よく、わかんないです……」


「あたしみたいな女にはね、野郎が大事にぶらさげてるモノよりも、もっと、何て言うの……心の中にオッ勃つ一物があるものなのよ! それこそあたしらみたいな……こういう、漫画とか小説とか、形にせずにはいられない本能的なもんがあんのよ。世の中の男女の営みだけじゃない、野郎と野郎の絡み合い、女と女の絡み合いにだけ反応する性感帯が心の中に在って、それがあたしのテッペンから爪先まで支配して、形にするよう強烈に命令すんのよ。 『フジョシ』なんて言って蔑む奴らは世の中いっぱいいるけどさ……そんな馬鹿にされるような安いモンじゃあないの。全生命力よ。全生命力をフル稼働させて、魂が命じるままに描かざるを得ないの。もしもカミサマがいるんだとしたらね、あたしみたいな奴はそれが生きがいであり、ひとつの存在意義である、と、そう遺伝子に刻み込んでくださったのよ! 誰がなんと言おうと、どう蔑もうと、あたしは妄想をやめない。やめられないし、やめようとも思わないわ! 野郎と野郎の絡みを見て心のナニがびんっ、と勃ったならば、あたしは妄想し、そして形にするわ。あたしの中の全身全霊、そう! 宇宙に通じるナニかを熱く燃やすのよ!!」


「はあ……どっちにしろ、よくわかんないです……ごめんなさい」


「……あんた自身がよくわかんなくても、あたしにはヒッジョーに重要なことなのよ……どう? あんたも男の割りには……いや、オトコだからこそ、か? かわいいルックスしてるんだから、あたしの妄想を奮い立たせるモノがあるはずだわ! どう? どうなのよ? なんか浮いた話無いの? オトコにかわいがられたり、逆にかわいがってやったり、深く濃い絡み方をしたことは無いの!?」


「え、ええ~……そんな、急に言われても~……はは……」


「んん~……さてはまだ恋を恋と認識出来ない年頃ね? だったらさあ~……そうねえ、『これぞオトコの友情だ!』って感じた瞬間ってある? 『考えた』ことよりもなるべく『感じた』ことよ?」


「え……う~ん……それなら…………」


「マジで!? あんの!? 教えて教えて!!」


「……この前、校外学習の時、僕たち土砂崩れに巻き込まれて大変だったんですよ」


「ふぬふぬ」


「僕は割りと軽い怪我で済みましたけど、真人くんが意識不明になっちゃって…………」


「あ~……そーだったねえ…………で?」


「いつも意識してることだ、と思ってたんだけど、真人くんと意思疎通出来ない状態が続いて……話がしたい、一緒に学校に通いたいって気持ちで胸がいっぱいになって……それで、気付いちゃったんです。僕、真人くんが大好きだって…………真人くんと精神的に離れ離れになったままの状態に耐えられないぐらい、真人くんに依存してるんだってことに」


「!!」


「真人くんの意識が戻らない間、ずっと泣いてばかりで……でも、ある時、夜中に抜け出してこっそり真人くんの病室に忍び込んで、真人くんの手を握って、ずーっと意識が戻るように祈ってたんです…………そしたらそのまま寝ちゃって、夢を見てたんですけど……何だか真人くんの心の中に溶けて流れて行くような……不思議な感覚があって。朝になって気がついたら真人くんが目を醒まして…………あの時は心の底からあったかい気持ちになって、涙が出ました…………」


「それよ、それッ!!」


「えっ?」


「それこそ究極よ! 単なる身体の繋がりや肌の触れ合いなんかより……いや、それも本能的に避けがたいけど……でも、友情や愛情の最高のカタチ! 心の触れ合い、魂と魂の繋がりッ!! スバラシイわっ!!」


「……ええ?」


「何よ宝ちゃん、あんたホンモノじゃあないの! 素敵じゃあないの! 言葉で交流出来なかったのに、心で想いが伝わったことがあるなんてっ! 愛よ! LOVEよ!! いいわあ~……」


「え、ええ……そうなの、かな……?」


「宝、どうかしたか? あ、安本先輩、こんにちは」


「あっ、真人くん……う~ん、何が何だかよくわかんないんだ……」


「はあ……?」


「ぬっふっふ~……ちょうどいいところへ…………ちょっと二人、こっち来なさい。あたしのネタ出しに貢献してもらうわよ……」

 ――――

 ――――――――

 ――――――――――――


「お、おい……何なんだよこれ……」


「さあ……僕にもさっぱり……安本先輩に訊いてみれば……?」


「まずはカメラで……きらり~ん、と。さあ、今度はもっと二人寄って! 今度は指の絡め方変えて! 恋人繋ぎっぽく!! ぬふふふぇ」


「こ、恋人、つなぎ? そ、それってどうやるんですかあ~?」


「宝……大事なのそこじゃあないだろ。なんで僕ら先輩の、趣味? ……に、利用されてるんだよ……」


「なに、恋人繋ぎも知んないの!? そんなんじゃあ人生損の連続よ! ほら手貸して! 恋人繋ぎってのは、こういう形で……こうやってこう……こう絡めるのよ……ふはは」


「な、なんか恥ずかしいよ、真人くん……」


「僕に言うなよ……なんで部活来ていきなりこんな真似させられてるんだ……」


「ごちゃごちゃうるさいっ! ほら、もっとピッタリくっついて、目と目で見つめ合って……そして魂と魂で想いを伝え合うのよッ! 奇跡のようにッ!!」


「伝え合うって、何をだよ……魂? なにそれ」


「僕、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいよお…………」


「もう一枚、パシャリッ……と。よおし! 今度はさっき言ってたように横になって抱きついて想いを伝え合って――――」


「す、ストーップ! 安本さん、それ以上はさすがにいじめです。勘弁してあげてください」


「なんだ、立花くんかよ~……ちっ」


「舌打ちもやめてください。地味に傷付くんで……さあ、真人くんと宝くん。もう離れていいからね~」


「……はーっ! 恥ずかしかったあ~……」


「何やらされてるんだか、男同士で……」


「何言ってんの、それがいいんじゃあないの!」


「強制するのは色々と違反です……マナーとかプライバシーとか人権とか。一年生二人が泣いちゃいますよ」


「泣きじゃくってスキンシップする二人……ふっふっふっふ…………」


「妄想する前に話聴いてください……せっかくの一年が安本さんへの恐怖心で部活来なくなったらどうしてくれるつもりですか、廃部になっちゃいますよ……」


「スキンシップは大事だっての! ……いーい? 宝ちゃんに真人ちゃん。あたしは確かにBLが描きたくてあんたたちをくっつけようとしたけれど、人と人が物理的に繋がることって大事なのよ」


「え? そうなんですか?」


「え~……ホントかよ」


「……別に恋愛感情とか、まあ、あんたたちにはまだわからないかもだけど……人はちっちゃい頃はもちろん、ジジイやババアになってもね、愛情を込めたスキンシップって必要なの。愛の無い触れ合いなんて嬉しくないっしょ? 今二人でピッタリくっついて、手を繋いだ時、体温とか、握った感触とか……強くハグした時にエネルギーが通ったような感覚、あったでしょ?」


「あっ……」


「あー……それはあるかも」


「これはマジな話よ。理屈抜きに、人間って触れ合いを求めるもんなの。愛情の籠もったスキンシップを。言葉を重ねることも大事っちゃあ大事だけどさ、スキンシップをすることでボロボロだった心があったまって回復することがあるの! 人……というか、生き物の体温って不思議よ。不安な気持ちも、愛おしい気持ちもしっかり念じれば熱エネルギーをもってバシバシ伝わる。それがその人その人の精神を形作るの。馬鹿にしたもんでもないのよ」


「へえ~……」


「ふーん……」


「そう、愛は力なのッ!! それは本能に刻まれてる。自然の摂理なの! BLがどうとか散々言ったけどさ、本当は万人共通、性別も年代も関係なく必要なこと。『愛し、愛されている』という実感が人を安心させたり前向きな気持ちを、エネルギーを与えたりするの。何度も言うわよ。 愛 は 力 ッ ! !」


「…………」

「…………」


「あんたたちはこの前の大変な目に遭った時、全身全霊を込めて祈り、手を握りあったんでしょ? そして気持ちが伝わったような感覚があった。それって人がスキンシップで得られる愛情で究極のカタチだとあたしは思うわ! その時の気持ち、忘れんじゃあないわよ!」


「そうなんだ……」

「ふーん……」


「……だから、あたしにもっと仲睦まじくしてる様を見せなさい。さあ!! そこに!! もっと!! 愛をッ!! 上質なBLを寄越せーッッッ!!」


「安本さん、だから勘弁してあげてください……自分の都合で強制は駄目ですってば……」

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