ねぇ、母さん
黒崎エノ
少年の道
「ねぇ、母さん。どこにいるの?」
少年はポツリと呟いた。
辺りは暗く、目の前には細い道がずっと奥まで続いている。
「さっきまで母さんと手を繋いでいたはずなのに……どこに行ってしまったのかな」
不意に後ろを振り向いてみる。
だがそこに母の姿はなく、道も少年の足元で途切れていた。
「きっと先に行ってしまったんだ。道の向こうで待ってくれているはず」
そう言って少年は歩き出した。
まっすぐ前を見て、細く暗い道をゆっくりと歩き出した。
不思議と怖さは無かった。足元をぼんやりと柔らかな光が照らしてくれていた。
奥に進むにつれて少しずつ声が聞こえてきた。
「あと少し、あと少しだ!」
「頑張って……!」
母さんだけじゃない。男の人の声や女の人の声、色々な声が周りから聞こえてくる。
「この声は父さんだ。きっと母さんも一緒にいるはず」
少年は走り出した。
細く明るい道を。
時々つまづいたり転けたりした。
それでも何度も何度も起き上がって、まだ見ぬ母と父に会うために。
あと少し。あと少しという時に目の前が急に真っ暗になった。
足元の光もだんだんと小さくなっていく。
さっきまで聞こえていた声が悲鳴へと変わり、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
ただでさえ狭い道はさらに狭くなりどす黒い雲が少年ごと道を押しつぶそうとしているようだった。
「母さん? ねぇ、母さん。どこにいるの?
父さん、一体どうなっているの?」
意味も分からず少年は足を止めた。
濁流のように赤い液体がどこからか流れ込んで少年を飲み込もうとする。
少年は悟った。
この道を進んでも母はもういない。
母はいなくなってしまった。
未だ雲は道を押しつぶそうとしている。
さっきまで歩いてきた道はもうない。
それでも少年は歩き続けた。這い続けた。
まだ見ぬ世界を見るために。
もうその世界に母はいない。
それでも少年は歩き続けた。
「母さん、父さん、待っててね。僕、もう少しで会えるからね……」
ここで諦めることも出来る。
たが少年は歩き続けた。
あと少しとなった狭い道を。
少しずつ、けれど確実に。
ふと、うしろから声がした。
「生まれてきてくれてありがとう」
と。
優しくて暖かい声。
けれども後ろは振り向かなかった。
自然と涙が溢れてくる。
きっと外に出ると少年は忘れてしまうだろう。母と共にいた最後の5分間のことを。
それでも少年は歩き続ける。
母が遺してくれた少年だけの道を。
少年は歩き続ける。
ねぇ、母さん 黒崎エノ @eno_9696
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