放置しているかぎり小説は進むよ

ちびまるフォイ

シュレディンガーの小説

「放置しているだけで小説を書いてくれる!?

 そんな便利なものがあるのかい!?」


サザエさんのマスオさんチックな声を出して驚いた。

最近のパソコン事情はよくわからないが恐ろしい発展を遂げているらしい。


さっそく全自動卵わり機を売ったお金でソフトを取り寄せた。


「よし、さっそく小説を書いてもらおうかな」


最初に自分の書き筋や特徴を理解するために過去作をスキャンする。

やがてPCはぶぅぅんと重々しい機械音のうねりを上げ始めた。


「あなた、なにしてるの?」


「小説自動執筆ソフトを試してるんだよ」


「また意味のわからないものを……。

 子供生まれても夫っていうのはいつまでも子供ね」


「いつまでも冒険心を手放さない若々しさと言ってくれ」


しばらく待っていると、どうにも気になってPCを開いた。

画面にはメッセージが表示されていた。



『 執筆が中断されました 』



「え? えっ? まだなにもしてないよ!? ただ確認しただけじゃないか!」


見てみると小説は途中まで書かれているだけだった。

もう一度起動させてみても、続きを書かずに新しいものを作成した。


「おっかしいなぁ、壊れたのかな?」


「説明書読んだら?」

「それだ!」


説明書を確かめてみると、ちゃんと書かれていた。

挿絵に書かれている美人の英語教師ばかり見ていた。


『本ソフトは一度見てしまうと、その時点で執筆が終了します』


けして不具合ではなかった。

放置小説というだけあって、放置している時間=執筆時間というわけだ。


「よし、今度は見ないようにしないとな」


意思を固めてからソフトを再開する。

今度は絶対に見ない。


見ない……。


見ない……。



……。



「……どんな内容になってるんだろう」


放置しているとどうにも気になってしまう。


名作を書いてくれていればいいけれど、駄作を作成していたら時間の無駄だ。

それにどれほどの長編になるのか、はたまた短編で終わるのか。

実はもう執筆が終わってたりするのか。


「なんとか中断せずに確かめなくては!」


妻のPCを借りて、感知されないのぞき見ソフトを手に入れた。

これならきっと中段されずに、執筆状況を確かめることができるはず。


パソコンを接続すると、すぐにメッセージが出た。



『 執筆が中断されました 』



「だめかぁぁぁ!!」


のぞき見ソフトよりも、放置小説のほうが優秀だった。

せっかく執筆されていた小説が中断された悔しさでのたうち回る。


「はぁ……はぁ……いったいどうすればいいんだ……」


放置を開始すると、そこから妙に意識し始めてしまう。

やがて好奇心の波にのまれて確認してしまう。


これではいつまでたっても完成された小説を拝める日は来ない。


日……?


「そうだ! 期間を決めよう! それなら我慢できそうだ!」


カレンダーに走り寄ると、「放置小説開放日」をマークした。


今までは「ずっと見ちゃダメ」という状態だったが、

今度は「○○日までは見ちゃダメ」という状態なので我慢しやすい。


さっそく放置を始めるともう全然気にならなくなった。


ゴールが決まるとこうも人間の心理は変わるものなのか。


放置小説を意識してしまうとまた覗いてしまう危険があるので

PCはできるだけ目の届かない押入れの奥の壁を抜けた先にある異世界の墓に埋めておいた。


これならふとした拍子に目に入って「ちょっと見てみるか」などという魔が差すこともない。


 ・

 ・

 ・


いつしか放置小説の存在すら忘れていたころ。


スマホに通知が届いたことで思い出された。


「あ、そういえば今日だったっけ」


カレンダーにマークはしていたけれど、放置小説のことなど忘れていた。

念のため入れておいたスマホの通知がなければ開放日を過ぎていただろう。


まるでタイムカプセルを掘り起こすようにPCを取り出した。

画面にはメッセージが表示されている。



『 執筆が完成しました 』



初めて見る放置小説完成の瞬間。


中を見てみると、自分が書いたようでありながら、自分以上の面白さがあった。

これは間違いなく生涯で1つ書けるかどうかの名作になるだろう。

書いてないけど。


機嫌よく部屋に戻ると妻と会った。


「ずいぶんと機嫌いいわね。なにかあったの?」


「放置小説がいい仕上がりだったんだよ。いやぁ本当に良かった」


「そう、前はあんなに覗いてたけど今度はうまくいったのね」


「うん。自分が見ていないところでちゃんと成長するんだと思ったよ。

 変に意識しすぎたり、気になるからって見すぎるのはよくないんだね。

 それじゃ、そろそろ行ってくるよ」


「行くってどこに?」


妻は目を丸くしていた。


「決まってるじゃないか。娘を迎えにいくんだよ」


「迎えに行くって……まだ下校時間の4時間前よ?」


能天気な妻の言葉に驚いたのはこっちだった。



「悪い子に絡まれたり、変な人に連れ去られたらどうするんだ!

 こういうのはちゃんと親が見ていないとダメなんだよ!

 子供の成長には親のサポートが不可欠なんだから!!」



その後、校門前で娘を出待ちしていたところ

不審者に間違えられて捕まったことがきっかけで娘はグレた。

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