騒乱終劇ノ章

 人込みを掻き分け、ゴルビスを放り投げたところに、虎徹が近寄っていく、そして、ゴルビスが居るところに辿り着いたらすぐに、虎徹はこちらにサインを出してきた。すでに死んでいると。


「天音、俺達も兵士に変装して、エルタとミレアの護衛にあたるぞ、すぐにだ」


「かしこまりました、御館様」


 未だに、エルタとミレアに対する、喝采かっさいがなりやまない。千景は貴賓席をチラリと見ると、エンデラの国王も、もうどこかに行ってしまっていた。まあいい、エルタとミレアを守り切れれば、ひとまずここはそれでいい。虎徹がさりげなく、ミレアとエルタの横についた。


 これでひとまず安心だ、虎徹は、護衛対象のダメージを引き受ける身代わり能力を持っている。今エルタとミレアに攻撃したとしてもダメージを受けるのは、虎徹だ。この状態になったらむしろ、エルタとミレアを攻撃してほしいとさえ思った。そのほうが、反逆する意図があるものを事前に見つけることが出来る。


 忍術『変装七法へんそうしっぽうの術』を使い、そこら辺の兵士とかわらない姿になった。エルタとミレア、忍者の三点で囲むように、護衛する。千景はエルタに「もう十分だろう」と声を掛ける。


「そうですね、城に戻りましょう」と返事をする。エルタは民衆に手を振り続けながら、少しずつ歩みを進めた。


「元々人気があったのだろうけどすごい熱気だったな」


「まだ自信が全然持てませんけど、私自身なにも力がありませんし」


「弱い王でも、それを民が支えようとする国は強いさ」


「そういうものでしょうか」


「そういうものさ、俺達の事はエルタの身を守る私兵ということにしといてくれ、兵士の格好をしているが、身元を勘繰かんぐられるとやばいからな、なにか身分を証明するものがあるのなら後でそれを見せてほしい、偽造ぎぞうできるし、後特に騎士団長へは、しっかり説明しておいてくれ邪渇宮の時にもゴルビスの側にいたからなあいつは」


「わ、わかりました、では、千景様たちは、東方に出ているアルザック男爵の元から来たことにしましょうか、彼が貴族反乱の鎮圧のために集めた傭兵の中にいた異国の者を、私が借り受けたとそうしましょうか」


「とりあえずはそれでいい、身分をどこかできっちりとしたものに、変えたいというところはあるが、ちょっと疲れて来たな」


「私も大分疲れました」


「俺なんてずっと寝てないんだよ、もう三十時間は起きてるぞ、こっちの世界に来た時が、もう寝る時間だったからそこから色々働かされて」


「お察しします、御館様」


「天音ねえさんは、御館にアマいねえ、あまあまだよ、2,3日寝なくても俺は平気だよ」虎徹は言った。


「虎徹は状態異常に強いからだ、限界が来たらパタッと寝るよそのうち、あまり自分の力を過信するなよ虎徹、あと御館様のへ冒涜ぼうとくはこの天音が許さないからな」


「はいよー、天音ねえさんはきついな」


「二人共、警戒は怠るなよ、ゴルビスが居なくなってそのままエルタに実権を握られるのを良しとしないやつらは大勢いるだろうさ、他にも甘い汁を吸ってたやつはいるはずだ」


「相手になるやつは見当たりませんでしたけどね」


「ここにいないだけかもしれない、俺達が知っているのはあくまで、一つの国の一つの都市の事情だけだからな」


「ここなんていうんです御館? 俺は呼び出されてから、飯食わされて、ゴルビスのやつをぶん投げただけで、まだ何にも知らないし、いつもと勝手が違うんですよね……表示されないっていうか」


「ここはアヴァルシス王国の……あれっ俺も国名は知っているが、ここがどこか知らない」


「ここはアヴァルシス王国の首都アルスミラですよ」千景と虎徹の間に挟まっていたミレアが、補完してくれた。


「ありがとうミレア、とりあえず、落ち着けるところはどこだろうか、玉座の間も、ゴルビスの執務室も大きすぎるし……」


「そうですね、一回では私の自室に行きましょうか、私を逃がしてくれた信用できる侍女もいますし」そう言った、エルタの後をついていくことにした。


 通り過ぎる兵士達が、エルタとミレアに笑顔で敬礼をする。不審な人物は今のところ見当たらない。天井が高い廊下を抜け、二階の奥へと向かい「ここです」と言うエルタの言葉を聞いた千景は天音に、扉を開けさせ、先行させた。部屋の中の確認を一通り終わると、天音がこちらに向かって「どうぞ入って来て下さい」と言ったので、確認作業を待っていた四人はエルタの部屋に入った。


 部屋には多くの花が生けられ、ベランダの近くには丸形の机と椅子が置かれ、部屋自体は小さかったが手入れが行き届き、落ち着いた雰囲気をしている。


 千景は、みんなに小麦の倉庫の時と同様に「こっちを向いてくれ」と言った。今度はすぐに、エルタの半身が黄色の目と水色の髪のルルカのそれになった。


「ここからが問題だ、ここまでは力技でどうにかなったが、ある程度想定内に収まっている。ただそれはこの街だけで済む問題であったこと、こちらから襲撃をかけることが出来たからだ、相手にこちらの動きがバレず、こちらは敵を把握出来ていたから、うまくいって当然だったと言ってもいいが、ここからはエルタとミレアは姿を晒していかなければいけない、エルタに至っては女王だ、危険度は大分増す、ずっと見張ってるわけないしどうするか……ゴルビス派の貴族は、誰か見当はつくか?」


「今、アルザック男爵が貴族の反乱を抑えに行っていますが、そこのノーゼス公は確定でしょうね、教会は中立だと思います、後はどうなんでしょう……ごめんなさい、私にも正直よくわかりません……そういう話には疎くて」エルタがそう言うとそれに合わせて、ミレアも同調する様に首を縦に振った。


「それはしょうがない、あと目についたゴルビスに協力していたのは、騎士団長とエンデラの国王か、今後どう出てくるか、あれくらいの戦力なら、楽なんだが、この国に隣接しているエンデラ以外にこの国にちょっかいをかけてきそうな国はないのか?」


「そうですね……教会の総本山があるコルト教和国が西にありますが、それが、侵攻してくるとは思えません、北は山脈を越えて、ワーウルフの国がありますが、そこはちょっと距離が遠いですね」


「じゃあ当面は、エンデラとこの国の内部だけか問題になりそうな火種があるのは、それだけだったならば、この国が安定するのも早そうだな、ルルカ様、どうやらすぐに片付きそうだ『黒渦の杖』の場所を教えてくれ、世界の果てとかどうとか言っていたが、どこにある? さっさと俺はそれを壊して元の世界に戻る」


「ようかろう、教えてやろう、そこに行くにはじゃな、まず境界線を突破しなければならない、そしてその境界線を突破するために必要な、この世界に魔力の元となるものを創造した聖杯があるのだが、どこかに匿われているらしくそのありかがわからんのじゃ!」


「ちょっと待て……どういうことだ、それ、そんな、なにか特殊なアイテムを探し出してからとかどこのゲームだよ、世界の果てとか言っていたが、距離が遠いって意味じゃないのか、しかも問題の品がわからないって……」


「距離もあるが、そんな簡単にいけるところに、世界を滅ぼすようなものを封印するわけがなかろう? お前はあほうか」


「ルルカ様、あまり御館様を愚弄しないで頂きたい」


「すまぬすまぬ、言い方が悪かった、天音に免じて訂正する」


「じゃあなにか、そのどこにあるかわからない聖杯を捜索して見つけ出してからじゃないと、ラスボスに会える権利がないってことか」


「そういうことじゃな、はようしてもらわないと、封印が解けてしまうので、いそいでな」


「むしろ、封印が解けてから倒せば探す手間が省けて楽なんじゃ……」


「たわけが! そうするとわらわの半身とアヴァルシスが死ぬということだ、そうしたら『黒渦の杖』を倒しても元の世界に戻れんぞ」


明らかにルルカの態度は、助けて貰う態度ではなかったが、そこを突っ込むと、また何を言われるのかわからないので千景は口をつぐんだ。


「なにか、手掛かりみたいなのはないのか? どこら辺にあるのかくらいわかるだろ」


「わからんのお、こちらの世界に出てこれたのは、あの『黒渦の杖』のレプリカの邪気を食ったからであったそれまでのこちらの世界のことはわらわにはまったくわからん」


「エルタとミレアはどうだ?」


 二人は黙って首を横に振った。千景はそれを見て、内臓まで出るんじゃないかと思えるくらいの大きな溜息をついた。そのおかげで、押し殺していた眠気まで頭の奥から押し寄せてきて、千景のまぶたを重くさせた。


「時間がない、されどどこにあるのかもわからずか……片っ端から情報を集めていくしかないか、それだけ効果の高い物ならどっかに情報は転がっているだろ」


「前向きじゃのお、千景のそういうところは認めてやらんでもないぞお」


「わかった、わかった、俺はもう眠い、ちょっと寝かせてほしい、天音と虎徹でミレアとエルタを護衛してくれ」


「かしこまりました、御館様、しかしここで眠るのですか?」


「少しだけ仮眠するだけだ、エルタ、本当すまない、ちょっとだけベッドを貸してくれ」


「わ、わかりました、こちらの部屋です」と言って、天蓋てんがいの付いたベッドがある部屋に通された。千景は、大分疲れていたらしくそこに倒れるように眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る