食ノ章

 倉庫の中から、何かが焼けるいい匂いがする。いい匂い? これはパンが焼けているだけの香ばしい匂いだけじゃない、何を作ったんだ天音は一体……醤油が焼けた時にでる匂いもする、それだけじゃない、複雑に絡み合っている、眠さも出来てきたが、そこに小腹も刺激される。天井近くの小窓から滑り込むように中に入った。


 透明化を解くと、エルタに変化していた天音あまねが「御館様おやかたさま!」と迎え入れた。その目の前には、宴会でもするのかと思えるほどの、豪華な料理が、これでもかと行列をなしている、サラダや子豚を丸ごと焼いてある料理、見事な頭かしらのついた魚が、こちらを見ている、その横にはパンの山、天音の料理スキルがフル活用されている、短時間でよくもこれだけのものを作ったものだと少し感心したが、材料はどこから持ってきたんだという疑念が、頭の中を駆け巡る。他の倉庫から拝借はいしゃくしてきたのか、それとも魚なんて、これ釣ってきたばかりじゃないのか、そういえば釣りスキルなんてものもあったな、天音には、覚えられるスキルは、めいっぱいぶち込んであるから、何を覚えているのか把握できていない。


「ね、姉さま! よくぞご無事で……侍女じじょから、逃げたと聞いておりましたが、こんなところにいらっしゃったとは……」と言いながら、エルタに変化している天音の方に駆け出して行った。その後ろから、本当のエルタが、ミレアを抱きしめた。


 変装したり、変化したり、新しい少女が来たりで、見ているこちらの方もややこしい。


「違う、えーそう、今抱きついてるのがエルタで、あっちはエルタに変装している天音だ」


「ね、姉さま? ど、どういうことです? 顔まで変わっているじゃないですか、そしてあちらの方はまごうことなき姉さまじゃないですか、でも……これは姉さまが好きだった匂い、いつも感じられる、エルタ姉さまからの匂い……本当にそうなのですね……? にわかに信じられませんが」


「そうよ、私がエルタよ、よかった本当に本当によかった」そういうとミレアのか細い体を思いっきり抱きしめ、見ているこちらの方が苦しそうになってくる。


「ちょ、ちょっちょっと姉さま苦しいです」


「本当によかった……」


「ああエルタそれとこれ、黙って借りて悪かったけど使わせてもらった」


「これは、ティアラ、いつのまに……まったく気づきませんでした」


「エルタ姉さま、この方々は? そしてその、格好と、あちらの方は本当にエルタ姉さまそっくりですね」


 姿形を変えても、匂いでミレアはエルタを識別したか……変化の術や変装ではそこまで、変えられないということか、今後は、鼻が利くやつらには、注意しないといけないか、透明化もそういうところからバレる危険性はあるな、そこらへんの所は少し工夫の余地がある。


「そうなのです、話せば長くなりますが、とりあえず紹介しておきますね、こちらがゴルビスの元から、私をここまで導いてくれた千景様と言います、あとあちらの女性が天音様と言います」


「そうなのですね、魔導士かなにかなのですか?」


「こんな魔導士は私も見たことはないのですけれど」


「忍者だ忍者」


「忍者……? そのようなものがいるのですね、千景様の世界には」


「うん、まあそうだな、エルタの体の中にルルカがいて、俺達の事情を知っている以上、隠してもしょうがないことだから言うけど、戦闘と隠密行動のプロだと思ってくれればいい」


「な、なるほど」


「もうちょっとエルタとミレアで話していてくれないか、俺は天音に話がある、天音! この料理作り過ぎだろ! というか材料はどこから持ってきた!」


改めて見ると、物凄い量がある、ぱっと見で、二十人前はある。


「あ、天音は、御館様もお腹を空かせているだろうと考えて……す、すみません……材料は、そこ辺の倉庫からと、天気も良く、とても気持ちのよい海があったので、そこまで行ってつい……」


「そ、そうか……しかし、これは……」


「天音様のお料理はすごいんですよ、城で出される料理よりも、おいしかったです」


「おいしかったです? お前たちはもう食べたのか?」


「ええ頂きました、天音様もすごい勢いで食べていましたよ」


「二人は食べ終わってこれか……周りの倉庫は、もしかして空になってるんじゃないのかこれ」


「こんな、のどかな街に来たのなんて初めてだったものですからつい……いつもは敵に囲まれてばかりだったので、バカンス気分になってしまいましたすいません!」


 のどかな街か、ゲーム内で天音が呼ばれる時は、大量の敵がいたり、対人戦で多くのプレイヤーを相手にしたりが、ほとんどだったな、そう言われれば、のどかといえばここは、のどかかもしれない、天音が苦戦する相手などいないのだから。なんか、配下NPCにしろ、眷属の妖狐にしろ、どこかしら、普通の人とは感覚がずれているのかもしれない。


 千景は、パンを無造作むぞうさに一つ取って食べてみると、やばうまい、なにこれ、外の皮はパリッとしていて、中はもっちり、ベーコンはカリカリ、薄味だが後に引くうまさがあり、手が止まらなくなった。


 食べ始めると食欲がどんどん湧いてくる料理、天音の作る料理はそういうものだった。千景が無我夢中で食べているのを、天音は幸せそうに見ている。ミレアもエルタに促されて、食べ始め「これはおいしいです!」と一声上げた。

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