罠ノ章

 この状況で隣国りんこくのエンデラから借りる戦力というのなら、そこそここちらの世界でも腕の立つ者が来るということか、それは見ておきたい、この世界で王と一緒に来て、使える人材というのがどれほどのものか見ておく必要がある。自分との戦力差を確認するために。そんなことを考えていると不意に「ち、千景様」とエルタが苦しそうな声を出してきた。外の様子に注意が行き過ぎて、エルタの腰に回していた手に力がこもり、お腹を押されて、苦しでいるようであった。千景は、慌てて手を引っ込め「ごめん」と謝り「いえ」というエルタが落ち着くのを待ってから「この世界には亜人がいるって聞こえたが、人間以外にも知性をもった種族がいるのか?」と会話の中で疑問に思ったことをたずねた。


「い、いますよ」


「強いのか?」


「個体としては人間よりも強いですけど、人間の数が多いのでそれで、人間と亜人の国同士のバランスが取れています、亜人種同士も仲が悪いところはありますし」


「なるほど、落ち着いたらその辺りのことも教えてほしい、あと魔導士のことも」


「わかりました」


「今ゴルビス達は城に戻って行ったようだけど、ゴルビスに雇われた者が、ここにエルタを始末しにくるらしい、そいつを罠にはめる」


 罠スキル『虚宮虚実きょきゅうきょじつ』そこに足を踏み入れると、目の前が真っ暗になり、少しの間だけ見えない箱の中に閉じ込められる。高位の罠スキルで、三m四方が発動範囲となる、実装当初じっそうとうしょは初心者狩りに使われ、その効果の極悪さ故、一時期使用不可スキルになり、その後、初心者ゾーンでこの罠が設置出来ないパッチが当てられ、ある程度の感知スキルや解除スキルで対応出来るように弱体化された曰いわくつきの罠スキルである。


 罠が発動したならそれでよし、感知されて避けられたり、効果が消し去られるようなら、今後はそれに対して対応すればいい。通常のマップで使うと、意外に範囲はんいが狭く、狙ったターゲットを自然にそこに足を踏み入れさせるのは難しいが、こんな一本道の建物は罠を仕込んで下さいと言わんばかりの構造こうぞうだった。


「これで準備は出来た、エルタをどこか無事なところに運んでから護衛ごえいをつける、とりあえずはそれでいいか?」


「はい、ただ初めてお会いした時に千景様に私の事を逃がして下さいと頼みましたが、この国にいれば王女である私はどこにいてもばれますし、無事でいられるところなど、どこにもないような気もします……そして王女として宰相のゴルビスに好き勝手させるのも許せません、父も殺されていますし……」


 エルタの言っていることも、もっともであった。王女であるエルタの外見を変化させて、ここから、どこか遠くへ連れて行くこと自体は、簡単な作業であったが、どこまでも逃げる回るということは、リスクを連れて歩き回ることに他ならなかったし、元の世界に戻ることから遠ざかるような気がした。


 ゴルビスのあの会話の感じからすると、もしエルタが生きていることや、異世界から来た人間がいることが知られたのなら、国を挙げて追ってきそうであるし、知る限りの情報もばらかれる可能性だってある。


 とにかく今は、この世界に関しての情報だ、情報がほしい、あと安全に活動出来る拠点、この世界に来るきっかけとなったエルタや邪神の亡骸から距離を取るのも得策ではないような気もするし、ゴルビスをどうにかするしかないか……


「エルタ、一端いったんここから離れる、もう少しだけ我慢してくれ」


「わ、わかりました」エルタの腰を抱えるのも大分慣れてきた。


「どこか隠れるところに適したところはないか?」


「隠れる……婚姻の儀で、城やその周辺は、他の国の王族や要人がいますので、警護が大分厚くなっておりますので、隠れる場所はありません、今日は国民のお披露目のための、演説する舞台も組まれていまして、街の大通りが露店などで賑わっていますので、裏通りの奥にある倉庫地区は、人が出払ってますのでその辺りならば……」


「倉庫地区か……わかった適当なところを探してみる」


 建物を見張っている兵士達の間を、一陣いちじんの風が吹き抜ける、建物の周りは遺跡のようになっていて、崩れ落ちた壁の残骸ざんがいや、大昔は何かを支えていたであろう、太い柱が規則正しく立っていた。


 更に森を抜けると、緑の絨毯じゅうたんのような草原が広がり、建物があった一帯は小高い丘の上にあったようで、そこからは都市を一望でき、城から城下町が広がり、その奥には、大小多くの船が停泊ていはくしている港も見える。そして、その周りを堅牢けんろうな城壁が包み込んでいた。


 千景は、その風景を見て、たまに自分の部屋の、郵便ポストに刺さっている、旅行会社のパンフレットの表紙のことを思い出した。機会があれば行ってみたいと思っていたが、こんな形でこんな風景を目にすることになるとは少し体が浮くような不思議な感覚がした。


 見下ろす景色の中の、街は活気にあふれ、中央に長く伸びるこの都市のメインストリートと思われる道には、多くの露店と、大勢の人達で賑わっているのが見えた。


「倉庫地区は、どの辺りだ?」


「あのあたりです……」と港と街の境目辺りを指差した。


「あ、あの目が回ります千景様、ちょっちょっちょっちょと」とエルタが言っているが、千景は気にすることなく、また似たような速度で、指を指した方向に走りだした。


草原から、路地裏を抜けて、倉庫地区に風が吹き抜ける。


 左右には、ところどころが、びたり、壁に開いている穴を無造作むぞうさふさいである、みすぼらしい家が建ち並ぶ地域を抜けると、ぽつぽつと人影らしきものは捉とらえることは出来たが、それでも倉庫地区は広く、奥の方に行くと、無人の倉庫が建ち並んでいた。


 その中の一つを選び出し、赤い三角形の形をした屋根をもった倉庫の小窓から中に滑る様に潜り込む、中は外よりもひんやりとしていて、穀物特有の匂いと少しカビのような匂いが混ざり合い、吸い込む空気の中に粉っぽさが感じられる、小麦の倉庫であった。


 倉庫付近とここにも人の気配は感じられないが、細心の注意を払い、倉庫内をくまなくチェックして、危険がないこと確認し終えた千景は、すぐに、倉庫の入り口に施錠結界しじょうけっかいを張った。

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