決ノ章

 自分が『倭国神奏戦華』内のキャラクターネーム『千景ちかげ』として、どこかの世界に、現実の人間のように存在していることは理解した。受け入れなければいけない、とりあえずの状況は理解した千景はすぐに、各種の忍術を確かめるように、前方の空間に放った。『雷遁らいとんの術』ピシッと白いイナズマが走る。『水遁すいとんの術』壁を水が打ち付けた。『火遁かとんの術』薄暗い廊下を炎が一瞬照らし消えた。


 全てゲーム内の時と同じように発動した、さっき『天稟千里眼てんぴんせんりがんの術』も発動したし、この調子ならば高位忍術も放つことは出来そうだ、ただ高威力な忍術を試し打ちするのにはここは狭すぎる、もし発動させたらこんな石の建物なんて吹っ飛んでしまうし、千景はともかく、エルタは確実に生き埋めになりそうだった。そういうことだったので、先にここでも試せる他のイベントリ内にあるアイテムと装備のチェックをしておくことにした。


 一振りすると特殊効果とくしゅこうかのある刀をイベントリから出し、刀を抜いて、軽く振ってみた、桜の花びらが舞い散り、つむじ風がそれを巻き上げながら前方の壁に斬撃が撃ち込まれた。持っている装備も、ゲーム内と同じ効果か。後はこれでも飲んどくかと、回復薬の『桃華丸薬とうかがんやく』を飲んだ、ノブナガとの戦闘から回復していなかった体力と気力がみるみるうちに回復した。拳を強く握りしめ力の入りを確認した。今のところはなにも問題なさそうだった。


 あと試しておきたいものはとプレイヤー操作キーを眺めて、これだこれだと配下NPCも呼んでおくかと思った矢先にエルタが「あ、あのお名前は?」と聞いてきたので「千景だ」と素っ気なく答えた。


「で、では千景様とお呼びします。私はこの国のアヴァルシス王国の王女です、ち、千景様は、千景様は一体何者なのですか?」


 困った、なんと返答すればいいのか思いつかない、エルタに俺は忍者ですと言ってもわかるわけないし……今自分は、ゲームと夢と現実との間に伸びた細い白線のようなものを歩いているような感覚であり、事実だと思えることを受け入れてはいるが、まだ何が起こっているのか正確に判断出来てないかったし、何かを決定するにしても判断するものが少なすぎた。押し黙って考え込んでる千景を、怪訝けげんそうな顔でエルタは見つめていた。


 出現したところも怪しければ、自分自身の見た目も、中世ファンタジー世界のエルタのドレスと比べたら違和感がある黒装束くろしょうぞくに身を包み、完全に異世界不審者然としているはず「ど、どうされました?」不安げな表情で訴えてくるエルタに千景は「俺は遠くの国で、魔物退治を生業なりわいとしているものだ」とゲーム内に作った千景というキャラクターが言いそうな言葉を選び、それっぽく言ってみた。出現したところから考えればエルタは何かしら、自分がこの世界に来た理由を知っていそうではあるが、エルタの事を信用してこちらのことを話すには、かなりの抵抗があった。もう少し様子を見たほうがいい。


 例え、自分が、ゲームの中のキャラで、この世界に召喚されて来ましたとエルタに本当の事を言っても、信じる信じないの前に、絶対理解されることもなさそうだった。


「……な、なるほど、そうでしたか、魔法陣から出てきたらすぐに邪神の亡骸なきがらを、破壊した方なので、悪い方ではないとは思ったのですが……邪神も恐れてましたし……」


「エルタが邪神の亡骸と言っている、あの変なミイラが俺がここにいる理由なのか?」


「そ、そうですね、そうです、たぶんそうです、あの魔法陣と邪神のせいですね、たぶん……千景様がここに現れたのは……ただあの邪神の亡骸は千景様によって……」


「ちょっとまだエルタの話が見えてこないんだ、俺の置かれている状況も含めてね、詳しくエルタが今、置かれている状況を教えてほしい、俺自身は気が付いたらここにいたというか、この体で存在していることも不思議というか、何一つわからないんだ、記憶喪失とかそういうのではなく、とりあえず俺が何で呼ばれたのか、エルタは今どういう状況にいるのか教えてくれ、出来るだけ簡潔かんけつに、あの兵士達はまだ襲ってくるんだろ?」矢継やつぎばやに千景はエルタに言った。


「わ、わかりました、私はこの国の宰相さいしょうつとめているゴルビスに、今日無理やり結婚されそうになったのです。宰相のゴルビスは隣国の力を借りて、我が父である国王に反旗はんきひるがえしたのが先日の事で、その時に父は殺され、私共々兄弟達は捕らえられ、私以外の兄弟たちの消息しょうそくはわかりません、私はゴルビスの妃になることを強要され、婚姻こんいんの儀が行われる今日、仲の良かった侍女じじょが隙を見て私を逃がしてくれたのです。ここに来ることは固く禁じられていましたが、それと共に、王族にしか入ることが出来ないということは聞いていたので、行くあてのない私はここに逃げ込むしかなかったのです。そうしたらこのようなことが……」その話を聞いていた千景は、どこのゲームの世界の話だよと、ゲームにありがちな導入部分を聞かされているようで、簡単に会話のまとめをみることが出来る、会話あらすじ機能をプレイヤー操作キーから探したが、見つかるわけもなく、溜息をついた。そんなことを千景が考えているとは、エルタにはわかるわけもなく、エルタは話を続けた。


「千景様が現れたあの部屋の扉に描かれた模様を、千景様も見た筈ですがあれは、ラフィーエの血族しか開けることは出来ないということも書かれていました。私自身あの部屋に入ることは初めてのことでした。あんな……あんな邪神の亡骸があるなんて私知らなかったんです!」


「エルタは見た目通りの王女で、宰相のゴルビスから逃げてきたら、邪神の亡骸とあの部屋で対面したと」


「そうです、あの部屋に入った瞬間、私の精神は、邪神によって汚染されました。そして邪神に、体を操られ、あの魔法陣が書きあがった瞬間に千景様が現れたのです、精神が汚染された時に邪神が考えていることが、私の中で重なりあったのですが、私の中に眠っているラフィーエの力を使って、邪神の加護を受けた自分の眷属たる魔王を召喚して自分の力を取り戻す手伝いをしてもらおうとしていたようです、ただそこに召喚されたのが千景様だったのは想定外のようでした。その姿を見た時に、邪神は戸惑い、すぐさま殺さなければならないと考えているように感じましたから、しかしすぐに千景様が破壊してくださったおかげで、その目論もくろみは徒労とろうに終わったようです、私の精神の中にあったものは消え去りましたから」


「邪神が関係しているのがわかったが、俺が召喚されたのも謎だし、邪神の眷属の魔王……」いくら考えても、まったく心当たりがなかった。なにせ、現実世界には邪神なんてものはいないのだから、ゲーム内のノブナガが邪神の加護を受けていたっていのうはあくまでそれはゲームの中の設定であって、ここの邪神が加護を与えたと考えるのはおかしな話だ、もし本当に設定したのが邪神なら運営が、邪神を使ってゲームを作成してるってことになる、阿保らしい、そんなことはあるわけない。


 千景が色々考えていると、また兵士達の足音が聞こえてきた。兵士達の姿を視界に捉えると、躊躇ちゅうちょなく刀を振り下ろした。 


 この世界の情報が、なにもない現状では、迅速じんそくに行動し、徹底的てっていてきつぶしていくしかない、躊躇ためらったらまず間違いなく、こっちが殺される。相手がどんな能力を持っているのかわからないし、大抵の事は、この『神単衣かみひとえの黒装束』を着ていれば大丈夫だが、とりあえず入り口のほうから兵士達が向かってきているので、それまでは罠はなさそうだし、姿を消すか……「ちょっとエルタこっちによってほしい」千景はイベントリから透明化アイテム『天狗の隠れみの』を出し、二人で一つの雨がっぱを共有するように頭から被った。


「これを被ると兵士達から見えず、俺達は見つからない」と説明しながらエルタを見ると、近い、大分近い、顔の距離も近い、心臓が早鐘はやがねのように鳴る。二人で隠れ蓑を被っているので体を密着させなければならなかった。エルタも顔を下にせて何か気まずそうに「ハイ……」と地面に向けて消え入りそうな声で答えた。そりゃそうだよな……ここはもう自然に無言のまま押し切る『倭国神奏戦華』最強の忍者『神滅忍者』の称号をゲーム内でただ一人所有している千景として。


 気まずい雰囲気ふんいきの無言のまま、忍者と王女のぎこちない二人三脚が始まった。壁に沿うように歩き、その横を兵士達は、奥の方へと駆け抜けていく、そして絶叫ぜっきょうがこだまする。


 横を通り過ぎて行った兵士達は、刀で切り伏せた兵士達の死体を見たのであの様な声を発したのであろう、そちらの方で騒がしい音がする、そして少しすると、こちらに戻ってくる足音が近づいてくる。奥の死体を見た兵士達が、青ざめた顔でこちらに、足をもつらせながら、走ってきて、千景達の横を駆け抜け、入口の方へと我先に走っていった。 


 その様子を見た千景は「失礼」と一言エルタに声を掛け、ぐいっとエルタのか細い腰に手を回し、千景は脇の下に米袋でも抱えるように、小声で

「ななななな」と声にならない声を発しているエルタを抱え、入り口のほうに向かう兵士達の後ろをついていった。死体を見た兵士達の形相ぎょうそうが、新しくこの建物に入ってきた兵士達にも伝わり、何事か内部で起こっていることを察さっし、新しく入ってきた兵士達も奥から戻ってきた兵士達と一緒に、出口の方に向かうようきびすを返し、廊下を走り出した。角を数回曲がったところで、やっと突き当りに、外の光が差し込んでいる廊下まで行き着いた。そして、そのまま出口付近まで走る兵士たちの後をつけ、千景は、光の中に出る前に足を止めた。

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