転ノ章
「あれおかしい、なんだこれ……」
いきなり画面が切り替わったと思ったら、
辺りを見回しても、ほんの一瞬前まで千景を囲んで話をしていた
称号を付ける前までは、
窓が一つもない石造りの部屋、その中で千景は
そのミイラの顔つきは、目は
見た目はどうみても人間のミイラではなく、善か悪かと問われれば間違いなく悪に分類されるであろうその容姿。悪魔か邪神かそういう
それが今にも
そのミイラの前にある黄金の
そしてもう一度、扉の方を見ると、女の子が木の扉の横に立っているのがわかってビクっとなった。あまりに存在が薄かったため初め見た時にはその存在に気づかなかった。
木の扉には、何やら見慣れない文字列と
――これも作り物か何かか
とそんなことを考えながら前に進もうとしたときに、ギギッギギリギッという鈍い音がした。
ただこれは、目の前にいる少女が発した音ではない、すぐさま千景は後ろを振り返ると、悪魔のような姿をしたミイラが動き出し、八本ある腕を大きく振りかぶり千景に切りつけようとしていた。その目の部分は、初め見た時はただの
「やっぱそうなるよな、わかりやすいんだよ」と千景は、すぐさま刀を抜き、八本の腕からそれぞれ力一杯振り下ろされる剣や
その爆風でミイラが握っていた剣やら杖が飛んできたが、ハエでも叩き落すように、ガキンバチンと千景は軽く叩き落としていった。そして、千景によって叩き落された武器は、ミイラの後を追う様に、
異形のミイラが消え去ると、扉の横に立っていた少女が「あ、貴方は? 何者……」と声を震わせながら床にへたりこんだ。千景は少女に視線を戻し観察する。
髪は金髪で、目は
「中世金髪王女風美少女NPCか……」千景はそう呟くと同時に深く溜息をつく。
少女はそんな千景に対して「どうか……どうか……私に力を貸してください……どうか」と喉の奥から絞り出すような震える声で訴えてくる。
なんだこの状況……千景は思った。
――なんなんだこれは、何故ボスを攻略をした直後に、新規クエストを発生させたのか、運営の
――せっかく今日、ギルドメンバー三十五人全員の時間調整が出来て、みんなで時間合わせて、やっと、ネノクニマップの最奥ボスの第六天魔王ノブナガ討伐出来たのに、これじゃあ気持ちよくログアウト出来ないじゃないか、しかもこのマップとNPCの世界観って、中世ファンタジー世界だよなあ、これじゃあ……最近このゲームも大分変わった、まじでゲームとしては面白いんだから自信を持って小細工しないでやってくれればいいのに。ネットで出してる広告の
ブツブツと最近の運営に対する
――あれ戻れない……拠点の城に戻るための帰還アイテムが無常にも使用不可能を
――面倒臭い、さっさと終わらせて分配やらないとだし、俺だけ遅いと、ギルドメンバーのみんなにも迷惑がかかる、ラストアタックが俺だったから結構いろんなもの貰えてるんだよな。
中世金髪王女風美少女NPCがまだ床に伏して泣いている。さっさと話しかけてクエスト終わらせないと「何すればいいんですか?」と千景は王女風NPCに声を掛けた。
「あ、あの私を逃がしてください……」涙でぐしゃにぐしゃになった顔面を拭いながら王女風NPCは、悲痛そうに言った。
――護衛クエストか、初期の頃よくあるやつだけどレベルカンスト帯になると討伐系クエストで素材集めて武器作成やスキル、上位職業習得や所持NPCの強化とか延々ループするからなんか懐かしいなこういうの。
「ついてきて」こう言うと、この手のクエストのNPCは自動でプレイヤーの後ろをついてくる。しかし、千景がドアを押したり引いても木で出来た扉は開かなかった。ぶっ壊すのかこれと思った瞬間、王女風NPCが「その扉は、王族にしか開けられないのです」と言って、千景の代わりにドアノブを回すと
石が積み上げられて出来た建物の廊下は、暗く、埃とカビの匂いが充満していた。廊下の奥の方から、
――敵か? 忍術『
ただ新マップを最速で攻略したレベルカンストプレイヤーがやるクエストにしては難易度が釣り合っていない。そう思うとこのクエスト報酬も期待出来ないなと、千景の気分はどんどん重くなっていく。
「いたぞ王女だ!」兵士が視界に入る前に放つ準備をしていた忍術『水遁の術』を放ち、手のひらから出てきた水流が兵士達に襲い掛かり次々と倒れて行く。
「クエストを受けた部屋が一番奥の部屋か」千景はいつもの調子でそのまま走り出したが、王女風NPCとの距離が前に進むたびに開いていく、王女風NPCはというと、千景の後を懸命についていこうとしているが、のろのろと歩いているようにしか見えなかった。見かねた千景は加速忍術『
すると王女風NPCは、早送りされた動画のように、歩くスピードが格段に上がった。がしかし、王女風NPCは、あまりにも早くなった速度をコントロールすることが出来ず、千景を一気に抜き去り、奥の壁にぶつかりそうになった。
「まてまて」猛スピードで壁にぶち当たりそうになった王女風NPCを千景は、壁に当たるギリギリのところで
――こういう面倒臭い作業を増やすのが、難易度を上げるってことじゃないんだよ……
後ろの襟を掴んで動きを止めたことで、王女風NPCのドレスの背中部分が少し破れた。それを見て千景はやばいと思いすぐ手を離した。
服を少しばかり破かれた王女風NPCは「きゃあああああああ」と
――これは機械音じゃないけどそういものだろうなたぶん……新しく実装されたばっかりだし、このクエストの新仕様か……無駄知識だが後で犬犬さんに教えてあげるか
「面倒臭い作業を増やすのが、難易度上げるってことじゃないからな運営! そういうのプレイヤーは望んでないから!」と千景はさっき思ったことを、今度は口に出して叫び、苛立ちを吐き出してから、気をとりなおして先へ進んだ、王女風NPCは一歩、一歩、歩く動作を確認するように、そーっとそーっと歩いているが、これでは加速忍術使った意味がない、ずり落ちそうになるドレスを必死に抑えながらこっちに来た。
――これもし服が脱げて、胸とか見えたら俺、アカウント停止とかなるのかな……そうなったら理不尽すぎる、今までゲーム内でNPCがこんな風にならなかったのに、新しいクエストだからって、そういうところで変に力を入れたリアリティを出すのはやめて頂きたかった。
千景は少々うんざりした気分でそのまま、先をどんどん進んで行くと、さっきも出てきた、ゲーム初期のチュートリアルに出てくるような弱さの一般兵士達が多数押し寄せてきた。それを目にした千景は、今度は、右から左へ作業するかのように刀を振り、兵士たちを切り始めた、切って切って前へ進んで行った。途中、王女風NPCが「ヒッ」とか言いながら、背中の布を掴んできたが、かまわず前に進んだ。
最後の兵士の首筋を切ると
「生暖かい、え……なにこのエフェクト」と後ろを振り返ると、血まみれになった廊下、肉、骨、内臓が傷口から露出している死体が散乱していた。
「死体が賢石になって消えない……? なんだこのグロいエフェクトは、このゲーム、新しいクエストだからって力入れ過ぎだろ、ここまでリアルなグロいものを表現するようになったのか……? ありえないだろこんなグロい演出を使うとか18禁事項に抵触するとかのレベルではない。トラウマ製造機じゃないかここまでやったら。普通の人だってここまでリアルなものなんて見たくないはず、これはスプラッターゲームやホラーゲームじゃない。そういえば、この背中の布を掴んで、ガタガタ震えながら、目を瞑っているこの王女風NPCも登場からおかしかったな……」
――全てがリアルすぎる、仮想感覚を越えた感覚、そんなものはリアルにしか存在しない、その降って湧いた疑念を確かめるように、ガタガタと震えている王女風NPCの手首の辺りを少しだけ掴んでみる。柔らかい肉の感触、血液の流れを感じる脈もある。
これは本当にそうなのか? そういうことなのか?
ゲーム内のNPCは全身の肌を、硬質な透明の膜で
リアルな感覚があるが、ここに存在しているのは、現実の体ではなく、『倭国神奏戦華』のゲーム内キャラクターである千景というキャラクターが現実のものとして存在しているということ、それを裏付けるように『水遁の術』も『韋駄天足の術』も使用でき、効果もゲーム内と同じように発動した。
自分に起こっていることが、俄かには信じられなかったが、今はそれを受け入れて、前に進むしかない、死体が散乱していて目を開けることが出来ない少女にここで話を聞くことも出来ない、どうやらこの石造りの建物は、四角い
「プ、プレイヤーとはなんなのですか……」女の子はか細い声で、話す、白かったドレスには血痕がつき、血に染まり、汚れがひどくなっていた。
「ゲーム内に作られたキャラクターかってこと、名前は?」
「ゲ、ゲーム内に作られたキャラクター? ですか? そ、それはちょっと私にはわかりかねますが、私の名前はエルタ・テルミ・ラフィーエと申します……」
「エルタ、チュートリアルを出して俺にヒントをくれ」エルタが『倭国神奏戦華』内のクエスト関連のNPCならば、そのクエストに対応する、チュートリアルと
「さ、先程から何を聞かれているのかわかりません……申し訳がございません……」
エルタはプレイヤーキャラでも、クエスト関連のNPCでもない、さっきの兵士達の死体は『賢石』になって消えず、血飛沫を浴びた俺と、エルタには血痕が残っている。それが消える気配もない、これがゲーム内エフェクトでエルタがNPCとして考えるのは無理がある、千景はもう到底信じられないような現実を受け入れるしかなかった。
『倭国神奏戦華』内のキャラクター『千景』はどこか知らない世界で、現実の存在となって存在している。そういう現実を。
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