第32話


 ヒイラギの魔力が消えたことにより収納されなくなった不如帰を取りに部屋へ戻ると、ついてきたフラミィが困惑気味にたずねてくる。


「おま、本気かよ?」

「当たり前だ」


 今からヒイラギを助けに行く。どうして見えたのかは分からないが、恐らくヒイラギが俺を呼んだに違いない。神子の呼び出しに馳せ参じるのは守徒として当然の事。


「でもよ、あそこって魔力の力場で魔の森って言われるくらい魔物がうじゃうじゃいんだぜ?」

「魔力の力場?」


 聞き慣れない単語だったので聞き返すと、エクレが説明してくれる。


「魔力が異常に多く漂っている場所。だから魔物が強い。現代魔法学でも言ってた」


 そういえばそんな話をしていたようなしていなかったような。あの時は睡魔に襲われたからな。 


「まぁでも、魔物が多少強くても俺には関係ない」


 これまで修行のために多くの魔物を相手取った。まさか全員が全員弱い魔物だったって事は無いだろう。

 しかしフラミィはなおも引き留めようとする。


「そうだ、学院長だってこちらで何とかするからくれぐれも動くなって釘刺されてたろ?」

「覚えてないな」


 実は言われていたが、そんな悠長な事も言ってられない。今にもヒイラギが何をされるかなんて分からないからだ。

 部屋を出ようとすると、今度はエクレに呼び止められる。


「待ってクロヤ」

「なんだ?」

「私も行く」


 短く放たれた言葉をフラミィが制す。


「おいおい何言ってんだよエクレまで」

「フラミィの言う通りだ。関係ない、とまでは言わないけど当事者は俺だ。わざわざリスクは冒さない方がいい」


 確かにエクレは強い。でも結界が無い以上魔物とやりあうのは危険もはらむし、教頭もあの様子だと本気で殺しに来るだろう。そんなところにエクレを連れて行くわけにはいかない。

 しかしエクレは聞く耳を持たずただ一言俺の隣に並んでくる。


「行く」

「いやでもな……」


 だがエクレは頑として行くつもりらしい。こちらに向けられた顔はどこか強情さを連想させる。

 どうしたものかと思案していると、フラミィがやけくそ交じりな声を上げる。


「ああもうわーったよ俺も行く」

「おいフラミィまで何言ってるんだ」

「んな事言ったってエクレがこうなったら絶対についてくるぜ? ダチ二人に行かせて俺だけぬくぬくと留守番できるかよ」


 エクレを唯一止められそうなフラミィまでそう言ってしまってはもはや俺に手立てはない。


「危なかったらすぐ撤退してくれ」


 諦めそれだけ伝えると、寮を飛び出した。



 森の位置はフラミィに聞いていた。

 ちょうど王都の裏側あたりに位置する、第五演習場の裏山を抜ければそれほど距離は離れていないらしい。

 裏山を奔走しつつ、ふと気になった事があるので質問してみる。


「そういえば教頭って何者なんだ? よく知らないけど魔法は一つの属性しか使えないんじゃないのか?」


 エクレなら雷、フラミィなら炎と人によって魔力の性質があるはずだ。にも拘わらず教頭は炎の魔法、氷の魔法、二属性使っていたように思う。


「弥国ではそうでもないかもしれないが、あいつはこっちではかなり名の知れた魔法研究者でな」

「確か魔法学の教科書を多く塗り替えてきたんだっけか」

「ああ。その研究の産物のうちの一つが魔力の性質にとらわれない魔法の行使だ。ただ、あまりにも難解すぎてあいつにしかそれが使えない事から、人はあいつを多元素魔法の使い手モアエレメンタル・ソルシエとか呼んでる」


 なるほど、相手にとって不足はないという事か。いや、過不足すぎるか。


「今もまだ教鞭をとりつつも色々と研究しているらしい。まさに研究に余念がない狂人……いや、天才だな」


 どうやら思った以上に強敵らしい。ただでさえ手に余る魔法を極めた人間とはまた相性は最悪だ。ヒイラギの力にも頼れない今、完全に己の力のみで対峙することになる。


 一抹の不安が脳裏をよぎるが、振り払う。一度魔法に敗北してから、俺だって何もしてこなかったわけじゃない。ヒイラギと共に弥国へ出てから俺は体力と剣術を極めてきた。自分を信じろ。


 裏山を超えてからもしばらくひた走っていると、前方に霧の立ち込めた高木林が姿を現した。同時に懐かしい気配も察知した。ヒイラギのものかもしれない。


「クロヤ、教頭の場所分かってる?」

「たぶん分かる。ここを進めばそのうちたどり着くはずだ」


 懐かしい気配は俺の方へと一直線に迫っている。

 不如帰を抜刀すると、エクレとフラミィも虚空から各々の部位を取り出す。


「こっからは魔物だらけだ。気をつけろよ」


 フラミィが念を押すと、全員同時に魔の森へと身を投じた。

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