第19話


 目の前には木製ながら重量感のある両面開きの扉がある。

 気付けば走っていたせいか、あるいは学院長との謁見というだけあってか心臓が波打つ。

 呼吸を整え、金属の取っ手で二度扉を叩く。


「クロヤ・シラヌイです」

「入れ」


 学院長は女らしい。凛々しい声が扉の向こうから聞こえたので扉を開く。


「君が噂の弥国人だな」


 外の明かりから差し込むガラス張りの壁を背に、眼鏡の奥から鋭い視線が飛ばされる。


 整然と後ろでまとめられた髪型は女性らしさもあるが、溢れ出るオーラの圧は凄まじく、この人間が相当の実力者だという事を窺えた。


「噂になっているかは知りませんが、確かに弥国人です」

「だろうな。わざわざ黒髪にする物好きは西洋にはいないだろう」

「でしょうね」


 答え、武器召喚アスラ=テドアで不如帰を顕現させる。同時にヒイラギの能力も解放した。


「やはり君に……」


 学院長が何やら呟くが気にしない。俺はこの女に問い詰めなくてはならない事がある。


「学院長、これに見覚えあるんじゃないですか?」


 間合いを詰め、ポケットに常に潜ませていた学院の紋章が刻まれているプレートを見せる。


 返答によってはこの手でこの女は始末する。復讐、それが俺の一番の目的だったから。勿論、ヒイラギ自身に危害を加えたあの女も復讐対象だが。


「まぁそう怖い顔をするなクロヤ・シラヌイ」

「知ってるんですか? これについて」

「ああ」


 俺の質問に肯定すると、学院長は目を閉じると話し始める。


「君が不敬にもこの場で剣を抜くのも無理は無いだろう。何せそのプレートはルミエルとは別のもう一つの私の組織、【シャドウ】の証だからな」


 この女があれの親玉か。

 不如帰を突きつけようとすると、不意に凄まじい圧が俺の全身を包み込む。


「まぁ待て」


 学院長の眼差しが俺を射すくめたのだ。

 鋭利なそれと声は、俺に一切の動きを制限する。それ程までに凄まじい威圧だった。


「まずは一つ、守徒家当主である君に謝罪させてもらいたい。弥国の神子みこについての件だ」


 神子とは未来を見通す力を持つ者の事……ヒイラギの事だ。その力が故に天皇の相談役として天皇とほとんど変わらない地位を神子家は持っている。

 やはりこの女はヒイラギについて知っていたのか。


「……謝罪だと? まさか殺してごめんなさいと言うんじゃないだろうな?」

「半分正解だ」

「なんだと?」


 問うと、学院長は話し始める。


「まず【シャドウ】について説明せねばなるまい。【シャドウ】とは裏の仕事を遂行する組織、いわゆる国のために動く隠密部隊だ」


「隠密部隊……」


「【ルミエル】は他国へのけん制と共に平和の象徴的存在で、簡単に言えばお飾りだ。無論、お飾りとは言え実力は国随一の集団だ。護衛やら紛争制圧やら、表立った仕事がある。そして【シャドウ】は端的に示すと実働部隊、主に暗殺や諜報活動、国に仇なす組織の破壊活動等を裏の任務を遂行する血の多い組織だ。それだけに実力はルミエルと同等。いや上と言ってもいいかもしれない。何せルミエルよりは圧倒的に戦闘の機会が多いからな」

「要するに、あんたが組織にヒイラギを殺させたって事でいいんだな」


 ルミエルだとかシャドウだとかそんな事はどうでもいい。大事なのは誰が殺し、殺させたのかだ。


 圧を押しのけ、刃を突きつけるが、学院長は特に動じた様子もなく口を開く。


「確かに私が【シャドウ】を管轄しているのには違いないが、それ以外は違う。神子に手を下したのは私の判断ではなく、【シャドウ】を裏切った人間だ」


「どういう事だ?」

「我々【シャドウ】の仕事は神子の保護だった。だが、裏切り者の手によりそれを阻まれ、挙句には神子を喪失する結果になってしまった。そしてそのプレート……シャドウの証は裏切り者の持っていた物だ」


 放たれた事実に愕然とする。頭が真っ白になりそうになったが、なんとか押しとどまり思考を回転させ言葉を絞り出す。


「保護、とはどういう事だ?」

「詳しくは話せないが、神子は保護する必要があった。それ以上でも以下でもない」

「そんなので納得いくわけがないだろ?」

「君の言い分ももっともだが、私にも立場がある。とにかく保護する必要があった。としか言えない」


 学院長の眼には何を聞いても答えないという意志のようなものが見て取れた。恐らくこれ以上聞いてもその部分が明かされる事は無いだろう。

 とは言え、それだけでも十分な矛盾が孕む。


「保護する目的、なのだとすれば、あの時お前たちは街への移動中襲ってきたじゃないか。それが保護だと?」

「君たちの国は神子の事に関してのみで言えばどうしても頑固だ。話を持ち掛けても聞く耳は持たれなかった。だからやむを得ず強制敢行するに至ったわけだ」

「だからって……」


 確かに、弥国は神子の事に関しては何よりも慎重だ。現状、西洋とは不利な交易を未だに行っている弥国だが、それは神子の事について介入をさせないという条件の下成り立っている。国に損益が生じようとも神子を守る島国、それが弥国の顔の一つだ。


「それに、君たちの誰も私は殺していないだろう? 敵意が無い何よりの証拠だと思わないか?」

「それは……」


 確かにあの場にいた護衛は全員生きていたのは弥国を去る前に確認していた。


 しかしそれ以外にもよく考えれば妙だった。ヒイラギが俺の心の一部になった後もしばらく俺は動けないでいた。だからこちらを襲うつもりがあるのならば俺は生きていないはず。


 この世界には魔法具という機械マキナの一種も存在するが、その中に人の位置を探知できるものが確かにあったはずだ。国の隠密部隊というのならばそれくらい持っていてもおかしくはない。


 それに、ヒイラギを斬った女が逃げ去ったのは別の所からの声が聞こえてからだ。よく思い出せばその声はどうにも俺と言葉を交わした襲撃者の声に似ていた気がする。


 ともすればあの時、あの声が言っていた「奴」とはヒイラギの事では無くあの女という事だ。それは暗に裏切り者が現れ、その追跡をしていたことを示していると言える。


 ヒイラギの保護が目的だが、そのヒイラギが裏切り者によって殺されたとあれば、その裏切り者を捕えにかかるのは自然な流れだろう。


 思考の末、虚無感のようなものが心臓を覆う。同時にヒイラギの能力も自然に鎮まりゆくのを感じた。


「一つ質問をさせてもらってもいいかシラヌイ」

「……はい」

「君のその眼はもしかして神子の先見の能力なのではないか?」

「随分とお詳しいですね」


 守徒家についても知っているようだったし、何より弥国は神子の存在についての多くを伏せていた。先見の能力も例外ではない。


「私がこれまでどれだけ世界を歩き回ってきたと思っている?」


 なるほど、確かに情報なんて言うのは封鎖しきれるものではない。ましてや国交を開いている現在なら神子の事について噂程度かもしれないが情報は散らばっているだろう。実際、寮生会議の後に絡んできたフォートも噂とは言っていたがヒイラギの年齢を把握していた。世界を飛び回っているというのなら把握していも納得だ。


「ええ、これは神子の能力です」


 肯定し、あの時、ヒイラギと俺に何があったのかを伝えると、学院長は興味深そうに顎をさする。


「なるほど……。つまり神子は生きていると」

「心に縛られ離れられず、好きな時に誰かと話す事も出来ない。これが生きているかと言われれば答えかねますけどね」

「ああ、すまない。だが神子の能力は存在するんだな?」

「まぁ、そうですね」


 学院長は「そうか」と呟くと、何か思案しているのか視線が俺から下の方へ向く。一瞬口角が上がったような気がしたのも角度の問題かもしれない。


「俺からも少しいいですか?」


 俺には聞いておかなければならない事がある。


「ああ」

「その裏切り者は今どこに?」

「今は私が仕切る王国の監獄島の奥深くに幽閉されている事だろう。我々も裏切りを野放しにするほど甘くはない」


 なるほど、俺が手を下すまでも無かったっていうわけだ……。


「教えてくれてありがとうございます」

「待て」


 礼を言い部屋を出ようとすると、学院長の声に引き留められるので立ち止まる。


「真実を知った今、君はどうするつもりだ?」


 おおよそ俺の目的も理解しての発言だろう。

 目的を喪失した今、この学院にいる意味はなくなった。


「私は君の実力を買っている。先ほどの試合は見事なものだった。入学選抜上位のフラミィ・エネルケイアを能力も無しに体術で打ち負かすなんていうのは前代未聞だ」


 あの戦いは学院長に見られていたらしい。

 にしてもフラミィは上位だったのか。どういう基準で順位がつけられているのかは知らないが、道理であれだけ強かったわけだ。


「知っての通り、ここは実力のある者は誰であろうと歓迎する。是非とも、君には学院に残ってもらいたい」


 学院長は言うがそれは建前だろう。ヒイラギを保護しなくてはならないのであれば、それは間接的に俺を保護しなければならないという事になる。


「さて、どうしましょうかね」


 もし叶うのならまた一から流浪の旅に出て己を鍛錬するのもありかもしれない。弥国に戻って罪を受け入れるのもありか。あるいは……。


「一応言っておくが、監獄島に忍び込むつもりならよせ? 先見の能力があったとしても君に攻略できるような場所ではない」

「……忠告ありがとうございます。流石の俺もそこまで馬鹿じゃありませんよ」


 それだけ言うと、今度こそ俺は学院長室扉に手をかける。

 俺が今すべきことは、何なのか。

 そんな事を考え廊下に出ると、ふと人影に当たりかける。


「おっと失礼。話している最中のようだったからね」


 教頭だった。恐らく学院長に話でもあったのだろう。

 俺は一言断りを入れると、自分の部屋に戻った。

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